「助かりました」

部屋を出るとジャーファルさんがそう言った
彼らは女達に合う綺麗な足飾りや腕輪を作ると約束し、彼女らもそれを許した
ひとまずは休戦といったところかな

「最近は調子が良さそうですね」
「まあ…他に手伝えることはありますか?」
「では銀蠍塔へ向かってもらえますか」

銀蠍塔。僕とは無縁の場所
あそこはシャルルカンさんに殺されかけた場所だから、気が乗らないんだけど、自分から申し出た手前断るわけにもいかずとぼとぼ向かう

キン!と金属音が響き渡ってくる
案の定シャルルカンさんが居て、前回同様多種多様な人々が武芸を競い合っている
行けば何をするか分かるって言われたけど、何をするんだろうか

「あ、どうもっこんにちは!」
「こんにちは」

知らない武官に挨拶された
それは宮中を出歩けばよくあることだから、いつも通り微笑み挨拶を返す

「よっアイオス」

シャルルカンさんが片手を上げて近寄ってくる
その後ろにはぐったりと倒れこんでいる武官数人が見えたけど、なかったことにしよう
彼にも微笑み返すとまじまじと見られた

「そういう格好してると際立つよな、お前の美貌」
「あ…先程少し踊っていまして。僕よりもシャルルカン様の方が見目麗しくお綺麗ですよ」
「そうか?ま、いいやちょっと来い」

ちょっと。という単語を彼が言うと良くないことしか起きないんだが
腕を取られて連れて行かれたのは、稽古場がよく見える高めの椅子
無理矢理座らされシャルルカンさんは笑顔になった

「お前景品なっ」
「はっ?」
「今日1番多く勝った奴はアイオスと明日デートできるぞ!」

ああ、そういうことですか
盛り上がる彼らと反対に呆れた僕は背凭れに身体を沈めた
彼らにとって僕が男とか女とか、どうでもいいらしい。そこは少し気が楽だ

…デートって何するんだろう
尋ねようと身体を起こすと、視界が一瞬くらっと回った
倒れはしなかったものの貧血のような作用が起きる

魔力、減ってきてるのかな
胸元にある匂い袋を見る
これのおかげで歌おうとも踊ろうとも、勝手にルフを吸収することはなくなった

だからアレ以来魔力は得ていない
性的接触による快楽、と言われてもなぁ…
自慰するわけにもいかないし、誰かに頼むわけにもいかないし

再び凭れかかって瞳を閉じる
ぐらぐらする意識の中、ルフが飛び交うのを感じる
目を閉じていてもそれで何となく人の位置とか分かるのは便利だ

ふわりと顔の前をルフが横切った気がして目を開ける
流れていった方向を何気なく見ると、大剣が映った

「―――……」

上へ上へと視線を動かす
腰に巻かれた白い布、金色の鎧、隆々とした筋肉、そして赤い髪
認識した瞬間身体が強張った

「…ど、どう、も」

がちがち過ぎて自分でも不自然だと思う
さっきまで滑らかに歌っていたとは、とてもじゃないけど思えないぐらい噛み噛みで
マスルールさんはちらりと僕を見てから隣の地べたに腰を下ろした

「悪かった」

間髪いれずに彼は謝罪の言葉を口にする
何が、とは聞かなくても分かる

「いえ、僕の方こそ本当に申し訳ございません」

今度は澱みなく言えた
ほっとするのも束の間、彼は僕をじっと見詰める
逸らしたら負けだという脅迫概念が纏わりつく

「男になったんだな」
「…はい」

やっぱり見られてたんだな、と肩を落とす
布の陰に隠れて誤魔化せていたとかなら良かったのに
慌てすぎて言ってしまった自分も馬鹿だったな

何事も無かったかのように振舞えば
もしかしたら、もしかすれば今頃
貴方のすぐ隣で微笑んでいたかもしれない

「…セレーナ」
「は、い」

僅かに下げていた顔を上げると彼はまだ僕を見ていた
赤い瞳に吸い寄せられるように、僕は身を乗り出す



男なんです、僕は
だから本当はこんな気持ち、持っちゃいけないんです

だけど今この一時だけ許してください
彼に憧れることを。彼の不器用な優しさに惹かれることを

口付ける、この一瞬だけ



ゆっくりと離れていく
マスルールさんがどんな顔をしているか、確かめる勇気は無かった
椅子の上で両足を抱え蹲る

隣で動く音がした
さよなら僕の初めての恋
これからも一生、忘れはしないだろう

「――、アイオスっ!」
「わっ、は、はい!」

シャルルカンさんに呼ばれて体勢を戻す
首を傾げながらも彼は稽古場を指差した

「決まったぜお前のデート相手」

気付けば日が暮れかかっている
そんなに長い間蹲ってたのか
もしかしたらあれは、夢だったのかな

「マスルールだけどな」

夢じゃなかった
珍しく剣を持った彼がそこに居た

「いやあのその、無効試合的なそんな何か、だってほらファナリスですし」
「やーでも約束は約束だしな。事実アイツが1番勝ち星取ったし」

何が何でこうなった
笑顔で現状を楽しむシャルルカンさんの鎖を、全力で引っ張りたくなった







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