世界は蝕まれている

お兄ちゃんは外のことをそう言った
首を傾げる僕を哀れんだ瞳で見詰めながら

あのさお兄ちゃん
僕達はとても弱いのに、どうして生き残ってるの?

肉体的な力も無く、魔力を生み出すことも出来ず
強者の傍で未来に不安を感じながら
震え嘆き生きていく僕達を、何故神は創られた?

忘れ去られかけたナーキスが
どうしてあの時奴隷狩りに遭ったんだろう
文献の片隅にあるかすら分からない僕達が、何故



―――ピィ、ピィ、とルフが呼ぶ声がした



「………」

妙な温もりに目が覚めた
そちらを向けば、昨日と同じようにマスルールさんが傍で、器用にも座ったまま眠っていた
僕の小さい手がしっかりと彼の指を握っている

「…っ!」

認識した途端恥ずかしくなって手を急いで離した
顔に熱が集まるのが分かる
五月蝿い心臓を黙らせるように、布団を身体に巻きつけた

「起きたのか…?」

うつ伏せて悶えているとマスルールさんの声がした
小さく何度も頷いて答える
今声を出したら震えそうだ

扉を叩く音がして、僕の代わりに彼が答える
侍女の明るい声が聞こえた

「マスルール様此方にいらしたんですね。ジャーファル様がお探しでしたよ?」
「しまった遅刻するとこだった…」

多分もう遅刻してると思います
とは言えず、こっそり顔を出した
勘が良いのか気付いて彼は振り返る

「あ…っ、行ってらっしゃいませ」

寝転がったまま失礼だがそう告げた
彼は短く答えて、急いでなさそうな足取りで消える
見送った侍女が帰ってきて、シーツの交換を申し出た

「あっでも無理に起き上がられてはお身体に…」
「大丈夫です。朝食をとってきます」

痛まないと言えば嘘になるが
歩けないわけじゃないから、部屋を出た
途中鏡を見つけて覗き込む

顔色はいつもの白さに戻っていた

「よし」

朝食の場へ行くとまだ人が沢山いる
昼頃まで眠っていることの多い僕は少し面食らった
改めてシンドリアの国民の多さ、そして政治体制の良さに感心する

人より少なめの食事を食べている時だった
窓の外に見える、泣いている女の子を見つけたのは



どうしてだろうか
気になったからという理由では弱い気がする
ともかく僕は彼女の元へ走ったんだ

ぽろぽろと綺麗な瞳から涙を流す女の子は、僕の世話をする侍女と同じ格好をしていた
傍らには誰も居らず、それでも彼女は涙を流し続ける

「どうかされましたか、訶梨勒の方」

彼女は驚いた顔をして僕と、傍にあった木を交互に見た
高木の訶梨勒の下で泣くからそう名付けただけ
でも、それに咲く白い花のように彼女は綺麗だった

「…彼が旅立つのです」

誰でも良いから聞いてほしかったのだろう
初対面の僕に、彼女はとつとつと語りだす

「戦争ではないとは、聞きました。でも、とても危険な、そして遠い、遠い場所へ行くのです。私は…私には止めることも、一緒に向かうこともできません。彼がもし、もし帰ってこなかったら、私は、それを思うと辛くて………ですが、」
「涙を彼には見せまいと、気丈に振る舞い笑うのですね」

はっと彼女は目を見開いた
大きい瞳からまたすぐに涙が零れ落ちる
近寄って袖口でそれを拭った

「いつ向かうのですか?」
「今日の、午後に」

早急。それだけ何か起こっているのか空を見上げても此処には綺麗なルフしかなかった
思慮をめぐらし僕は彼女にとある物を用意させた



「何してるのセレーナたん」
「ピスティ様。ご一緒にいかがですか?」

侍女達を集めた一室は香の匂いが立ち込めていた
但しそれはあの旅芸人の女とは違って、混ざり合っても綺麗なもの
匂いか声か、引き寄せられたピスティさんが僕の隣に座る

「訶子、竜脳、沈香、白し、薫陸、かっ香、甲香、甘松香、大茴香、丁字、白檀、安息香、此度は星廻りのため茴香を加えた香り袋です」
「…うん?1個も分からないよ」
「貴重品が多いですからいくつか省いてはいます。それでも老若男女問わずお好きな香りかと」

出来上がった物を1つ差し出せば喜んでもらえた
件の侍女が恥ずかしそうに僕にそれを見せる

「いかがでしょうか…?」
「貴女と同じで綺麗ですよ。それは彼にお渡しください」
「で、でもっ」
「渡すタイミングなら僕が作りますから」

にこりと微笑むと彼女もピスティさんも首を傾げた
一声かけ失礼して、空き室で衣服を着替える







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