「あ…あぁ…っ」

その場に力なくへたり込む
男の子の体はぴくりとも動かない
なんで飛び込んできたんだ
僕と違ってお前には帰る家も家族もあるだろう

「なんだこのガキ。ま、いいや。ほらもういっちょ…!?」
「ふざけるな下衆野郎がぁ!!」

振り下ろされた棍棒は本人ごと吹き飛んだ
子供たちの泣く声もぴたりと止まる

低く唸るような僕の声
頭が割れるように痛いけど、膝を付いてにじり寄る

僕の中の微かなルフが
子供たちに纏う白いルフが
ざわめきながら変わっていく気がした

「反吐が出る…誰に?――僕自身にだよ……弱くて、脆くて、己の身1つすら守れない、滅びを呼ぶ下等生物が!!」

何かが逆流していく
男が喚きながらもう一度棍棒を振り翳す
此処で死ぬなんて真っ平御免だ

最期を迎える運命ならば、いっそ必要な―――


「セレーナ!」


ぱちん、と弾ける音がした
僕の身体から黒い何かが一斉に引いていく
その場に僕と男が雪崩れ落ちたのはほぼ同時だった

「マス…ルー、ルさん…?」

気絶している男の傍から離すみたいに抱き上げられた
時が再び動き出したかのように、子供達もまた泣き出す
手の自由を奪っていた縄は解かれた

彼が来たのを皮切りに次々と衛兵が入ってくる
泣きじゃくる子供達が運び出されていく

「…僕、さっきなんて、」
「今はいい。…休め」

瞳を掌で覆われてすぐ、僕は意識を手放した





痛みに顔を顰めながら瞳を開けた
背に当たる柔らかい感触に、自身の居場所を知る

「アイオス様…!ああっ、皆様…っ!」

ぼーっと天井を見上げる僕を見て侍女が喜びながら誰かを呼びに行った
しばらくしてやってきたのはヤムライハさんだった

「早いですね…まだあの子が行ってから5秒ぐらいしか経ってません」
「セレーナ…あのね、」
「落ち込んではいますが絶望はしてません」

よいしょ、と身体を起こす
腹の辺りには包帯が巻かれていた

「事の経緯を教えてください」
「――あの大道芸は前々から怪しいと王と話してたの」

各国を旅しているにしては軽装
連れている動物も希少種ばかり
真相を探るべく、王は此方に呼んだらしい

「そしたらマスルールが大道芸に出ている子供達から変なにおいがするって言ってね」

あの時顔を顰めていたのはそういうことだったのか
女から漂う香りの中に、幻覚作用の物も混ざっていた
子供達を攫ってそれで操ってたのだろう

「あなたを見るなり男が顔色変えたっていうのも聞いて、警戒はしていたのに…謝肉宴での隙をつかれて、……本当にごめんなさい」
「ご迷惑をおかけしたのは僕です」

頭を下げる彼女から視線を逸らし、瞳を伏せた
嫌な感覚はあったのに油断していた
深く眠りに就けたことが仇となっただなんて

堂々と部屋に入られても気付かず連れて行かれたのも
自力で脱出できず、助けが来なければどうなっていたか分からない状況に追い込まれたのも
全部、僕の非力が招いた結果

「あら、マスルール」

ヤムライハさんの言葉に肩を揺らす
そっと扉の方を見ると、確かに彼が立っていた
二言三言かわして入れ違いにヤムライハさんは去っていく

「…申し訳御座いません」

何かを言われるより早く頭を下げた
返答は無く、少し肩を押されてベッドに沈まされる
否が応でも彼の顔が目に入った

「っ、なんでそんな泣きそうな顔するんですか…っ」
「…していない」
「やめてください。…なんで、」

ぽたり、とシーツに滴が落ちた
マスルールさんは何も言わずに頭を撫でた

悲しかった。この人にそんな表情をさせてしまったことが
嬉しかった。僕みたいな人間にそんな感情を持ってくれたことが

僕が泣き止むまで彼はずっと撫でてくれた
1時間ぐらいして落ち着いてきた頃、彼が小さく謝罪の言葉を口にした
けれど僕は聞こえないフリをした

「男の子…僕を庇ったあの子は」
「意識は取り戻したらしい。怪我もそれほど酷くない」

少し安心したけど喜べない
僕がもっと強ければ怪我をせずに済んだのだから

表情が沈んでいく
ふと片手を取られた
手首には縄の跡がくっきりと残っていた

「何か、歌ってくれ」
「…嫌です」
「頼む」

何度断っても頼まれる
仕舞いには土下座までしようとしたので、慌てて僕は頷いた

こんな気持ちのまま歌うなんて
必然的に悲しい歌を紡ごうとした僕に、彼は言葉を付け足した

「奴隷への歌がいい」
「――奴隷ですか」
「ああ」

要求を聞かされしばらく考え込む
窓から差し込む夕陽が、取られた手を照らす
痛む腹を我慢しながら息を吸い込んだ



「われ恋いわびて、我が愛を なべてかち得しかの者よ
 よろずの美をば一身に 集めつくせるあだ姿。
 送る瞳は紅虎か、吐息に匂うは竜涎香
 身をふるさまは、湖ぞ、ゆれて歩けば細き枝、
 輝くさまはげに日輪。」



奴隷。そう言われて僕は自分ではなく彼を思い浮かべた
どうしてと聞かれたら答えれない
直感、ピスティさんの言葉を借りるなら女のカン。女じゃないけど

歌い終えてからピイイィィッとルフが鳴いているのに気付く
それは何故だか嬉しそうな声で
いつもは白いルフがほんの僅かに桃色に染まっていて、僕のものなのか、彼のものなのか分からなかった

ふわりふわりと飛び回るそれは、ゆっくりと僕の中へ入っていく
瞳を閉じると急速に眠気が襲ってくる
まどろむ意識の中、僕は取られた手を強く、握った

目覚めても彼がいてくれたらいい
そう思いながら意識は落ちていった






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