「お目覚めかい?」

頬を一滴の涙が伝った
ぼやけた視界に見えたのは、望んでいた兄の姿ではなく道化の

「…っ!」

確かにベッドで寝たはずなのに、背には硬い木の感触がある
両腕は背の後ろに回されて縛られている

にこりと笑っている男性の笑顔には悪意しか見受けられない
大声を張り上げようにも噛まされた布が邪魔だ

「ボス、それ売れるの?」

ヒールの音と女性の声
聞き覚えがある声だ。確か王と話してたな
やられた…荷車の音がするということは連れ去られてる

「うちで働かすのを考えていたが、先の宴で変わった」
「アラ、あの踊りが私より良いって言うの?」
「違うさ。全てを魅了する美貌に踊り、変幻自在のその声、伝説は本当だったんだ!」

男の高笑いが響き渡る
こいつは知っているんだ
疎まれ、苛まれた、僕達ナーキスを

前髪を掴まれて上を向かされる
ちくしょう、涙が出るくらい痛いんだが
掴む手とは逆の手が左頬にかかる髪を退けた

「…っ!どういうことだ、ここに確かにあるはずなのに…畜生紛い物かよ!」
「っ、ぁ!」

逆上した男に腹を蹴られる
胃液やら血やらが這い上がってきて嘔吐した
布に嘔吐物がつっかえてだらしなくぼたぼたと溢していく

「片付けとけ!」
「あーらら、可哀想に……慰めてあげようか?」

男が荒々しく出て行くと女が僕の顎を掴んで持ち上げる
何種類もの香が交じり合って嫌な匂いだ
外見ばかり取り繕った美しさは、内面の醜さを掻き立てるな

まるで僕みたいだと皮肉に笑った

僕の腕は縛り上げたまま、仰向けに寝かされる
上に乗って艶やかに笑う女
衣服をはがし、自分の布も肌蹴させていく

何一つ興奮なんかしない
冷めた目で見ているのに気付かないのか
勝手に喘いでろよ

腰を覆う布に触れた時女が目を見開いた

「アンタもしかして…っ!」

女が叫んだのと荷車が大きく揺れたのは同時だった
けたたましい獣の声と人の悲鳴が耳を劈く
扉が開いて先程とは別の男が血相を変えてやってきた

「早くきてくれ!」
「なんだってのさ」

僕を放って外へ行ってしまった
ああもう気持ち悪いな
触れられたところも打ったところも全部剥ぎ取りたいぐらいだ

仰向けから反動をつけて起き上がる
足を縛り上げられてなかったのは助かった
尻を引きずる形で扉へと向かう

荷車だと思っていたらどうやら大きな移動車だったらしい
これじゃ出口がどこか分からない
壁に背を付けて立ち上がり、周囲の様子を探る

声はするが人影は見当たらない
今を逃したらチャンスはもうない
この際窓からでも構わないから逃げ出さないと

「ぅぇ、っ」

煙が巻き上がっている
焦げ臭くないから砂埃か何かだろうけどキツイな
走っていくと突き当たりの部屋に到着した
しまった、道を間違えたか!

「…ふぇ、ぁあ……」

微かに、でも確かに泣き声が聞こえた
子供の声だ。それも何人かいる
格子状の覗き窓から中を覗くと布着姿の子供達が居た

奴隷?――違う、あの衣装はこの国の子達だ
あいつら僕みたいに子供まで攫ってきてたのか…!

「っ!!」

力任せに扉にぶつかる
痛い。痛くて肩が外れそうだし骨も折れるかもしれない
でも構ってなんかいれるか

木で出来た扉が悲鳴をあげて壊れた
勢い良く中に飛び込む
子供達が脅えた様子で此方を見ている
頭を持ち上げて一番年上らしき男の子供に布を外してほしいと目で訴えた

「あ…っ、うん…!」

物分りの良い子だ
急いで布を外してくれた
手のロープは子供の力じゃ無理だ

「逃げなさい!僕が先頭を行くから走るんだ!」

子供に手を貸してもらって立ち上がる
今来た道と逆のルートを行けばとにかく外には出れるはずだ
泣きながらも皆必死に後をついてくる

早く、早く

「どこへ逃げるんだお嬢ちゃんよぉー?」

出口がそこにあるというのに
屈強な体の男が立ち塞がっている
僕じゃ、アレは倒せない
けど逃げる場所なんて他にあるものか

「退け!僕らに構っている暇があるなら外をどうにかするんだな!」
「ああっ?賊が1人来ただけで全員出るかよ。そろそろ終わってるだろうよぉーっ!」

棍棒が振り下ろされる
それをかわす。が、足先を掠め痛みが体中に走った

同時にぐらりと視界が揺れる
やっぱりアレじゃ魔力が足りなかったんだ
でも今意識を飛ばすわけにはいかない

「きゃぁ…っ!」

衝撃で床から破片が飛び散る
そのひとつが当たったのか子供が悲鳴を上げた
僕の後ろには子供が居る
次避けたらこの子達に当たってしまう…!

「もっかい寝んねしときな?」
「ねえちゃんっ!」

―― 逃げろ

子供達に叫ぶはずの言葉は掻き消された
人が殴られる嫌な音が響き渡る
床に倒れこむ音、光景がスローモーションで目に映る

殴られたのは僕じゃなく、僕の布を外した男の子だった







「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -