「勝者、ピューガァマ国翡翠!」
「有難う御座いました」

私は強い。それは自惚れではなく本当に
今日はそれを存分に証明できた
何せ、我が国の陛下が他国の王達を呼んで私に武芸を披露させているから
今戦ったのも他国の王の臣下である

陛下が見下ろす場所からは感歎の声と屈辱の音が聞こえる
これで陛下は喜んでくれるだろう
招待した5国のうち、3国を連戦で倒したのだから
倒された者の国は…まあ申し訳ないがコレで上下関係に区別がつくというもの

礼をしてその場は下がった
武芸の披露が終われば、武官の私にやることはない
後は侍女や文官達が必死に宴を盛り上げるだけだ

案の定すぐに宴の音は部屋まで聞こえてきた
そこに参加はせず、鎧を脱いで寝巻きに着替える
護衛は、また別の者がするのだ
私は戦で勝利を導くためにいる

「もう寝るか…」

独り言を呟いて床に就く
瞳を閉じたか閉じないか、轟音が宴の場から響いた
床から飛び降り剣を片手に疾走する

「陛下!!貴様何という無礼を…!」

陛下の傍には机や食器の破片が散乱していた
呆然と立ち竦む陛下の前に躍り出て、事を起こしたであろう者を射竦める
しかし、相手は飄々としていて脅えるどころか、笑った

「俺が無礼らしいぞ、マスルール!」
「はあ…今回のは、まあ、悪くないスね」
「ならばコレは一体なんだ!陛下に何をした!」
「少し俺が怒ったから、それに合わせてコイツがテーブルを引っくり返しただけさ」

自分は悪くないとあくまでも主張する
机を引っくり返したのは部下である赤髪の男のようだ
上司が上司なら、部下も部下だ
私なら仮に陛下が激怒されても合わせて机を引っくり返すような真似などするものか

「ふざけるのも大概にしろ!」

抜刀して地面を蹴る
当てはしない。だが陛下を竦ませた分は同じ目に遭ってもらう
足際に剣を振り下ろそうとした瞬間、硬質な音と共に弾き返された
遠く離れた他の机に背中から着地する

「こらマスルール、手加減はしなさい」
「…ああ、すみません」
「っ、げほ、…!」

大きく咳き込みながら立ち上がる
何が起こった?剣の先は壁に刺さり私は後方へ吹き飛ばされている
男の前に赤髪の男が立っている
背中以外に痛みはないということは、奴はただ剣を跳ね除けただけということになる
私が、それだけで軽く吹っ飛ばされたというのか

「ほら見ろ、折角の美人が料理に塗れて台無しじゃないか」
「この…っ!」
「やめなさい翡翠!手を出すんじゃない!」
「っ、しかし陛下…!」

今度こそ威嚇ではなく本当に当てようと折れた剣を握ったが、陛下に諌められてしまった
思わず反論してしまい陛下の瞳に呆れが見えた
感情に流されて陛下の言葉に逆らうなど、あってはならないことなのに

「…申し訳御座いません」

剣を収めて膝をつく
陛下は満足気に私を見て、先程の男に話しかけた

「どうですか。多少気は強いですが身形は申し分ないでしょう」
「…まあ確かに武芸披露の際は鎧で男女の区別すら付かなかったが…」
「シンドバッド王の良き妾となりますよ」

――何を、言っているんだろう
陛下、は私をこの者に売ろうとしているのか
いや…それが国のためになるならば、陛下が望んでいるならば致し方ないことだ
けれど、妾とは、要は夜伽の相手をしろということなんだろうか
それでは私が今まで磨いてきたこの武は、一体何の意味があったんだ

「陛下…恐れ多くも私、武以外存じ上げません。戦にて勝利を捧げること以外陛下にお仕えする意味を持ち合わせておりません…ですので、」
「何を言う。お前は女であろう。戦ならそこの者達がいくらでも代わりを務めようぞ」

壁際に並んだ武官が一斉に礼をした
…ああ、なんだ。私はもう用済みだったのか
陛下の為にと捧げた人生は、独りよがりだったのか

「…っ」

悔しさのあまり下唇を噛み締める
強く噛んだせいで鉄の味が口内に広がった

「はあ…貴殿の申し出はやはり断らせていただく」
「何故ですか!?ああ、この程度の美貌では駄目と申されるなら、他の者でも――」

何だ、それ。私は武官としても女としても必要とされないのか
ふらり、と立ち上がって彼らを見据える
強くあれと言ったのは陛下じゃないか
なのにあっさりとそれを切り捨て、あまつさえ人を売り、挙句の果てには駄目だなんて

「…だああああ―――っ!もう我慢できん!マスルール許す、やれ!」
「…了解っす」

刹那、全てが吹き飛んだ
残っていた料理も無傷だった机や椅子も私に纏わり付いていた王宮料理すら

たった、一蹴で遥か後方へ吹き飛んだ

私と陛下だけが吹き飛ばず、その場にただただ立ち竦んだ

「悪いが俺は自国に帰らせていただく!」

背中を向けて去って行く
扉が閉められてから数秒後、私は陛下のことすら忘れて追いかけた

このままでは腹の虫が納まらない
何としてでもあの男達と話をせねば

「待て!」
「シン…なんか追っかけてきましたけど…?」
「なんだ、一緒に国に来るか?言い方に腹が立って断ったが、その腕前や美貌なら俺は文句ないぞー」
「違う!負けたまま、我が祖国を下に見られたまま帰せるものか!私と1対1での勝負をしろ」

廊下に響き渡る声で言い放つ
しかし男は返答もせずに笑い始めた

「君はまだこの国の武官だと思っているのか?」
「当然だ。私は陛下のために、陛下が治めるこの国のために生きている。…陛下の御心に私が存在しなくとも、私は私が誓った主のために生きると決めている」

この答えは男達に告げるというよりも、私自身の心に言い聞かせているようだった
広間に戻ったところで私の存在価値はもう無いのだろう

自分の心は今大きく揺り動いている
あの陛下のお言葉を聞く前の私なら、追いかける前に陛下に一言でも怪我の確認をしていたはずだ
それを一切せず、陛下を振り返ることすらなく、私はこの場まで足を運んだ

だが、だからといって陛下への忠誠心が無くなったわけではない
私を育てあげてくれた御恩は、命を賭けてお返しせねばならぬ
現状で陛下のために最も良い行動とは何か

この者達の治める国よりも優位であることを、本人に見せつけ知らしめること

数歩下がって近くの花瓶を床に叩き付けた
先程折れた剣と同じ物を中から取り出す

「私自身を貶すならば構わない。だが陛下を貶すことは許さぬ」
「…見事な忠誠心だ。あれほど言われてもこの様子か…あの人の考えがよく分かった」
「あの人…?」

眉を顰めた一瞬の隙だった
奴が右手を何気なしに挙げたのを合図に、赤髪の男が目の前へ現れる
咄嗟に剣を滑らせたが大きな衝撃と共に思考は落ちていった






「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -