男児の面倒をジャーファルが見ている間、窓辺から月を見上げる
壁沿いのベッドには既に数人の子が眠っていた

明朝シンドリアに向けて船が出る
私達はそれに乗り、あの国へと戻る
子供達は恐らく難民として受け入れられ、手厚く保護されるだろう
あくまでも私の立ち位置は他国の武官のまま、またあの騒々しい王宮で過ごす

陛下はそうしろと仰った
世界を見届けろ、と

ちりっと焼け付くような痛みと表現しきれない不快感が胸中に渦巻く

「ほら服を着てもう寝るように」
「はーい」

残りの者も洗い終えベッドへ潜り込んで行く
一声かける余裕は無く、私はこの感覚に眉を寄せた
ジャーファルに呼ばれ隣室へ向かう

「どうしました?」

此方を見てジャーファルが尋ねる
慣れた手付きで茶が淹れられる
促されて椅子に腰掛け、カップを手に取った

水面に映る私の顔は、怒っているというより泣きそうで
それを見た瞬間溜め込んでいた不安が押し寄せる

「陛下は世界を見届けろと私に仰った」
「はい」
「それ自体に不満は無い。ただ、」

見届けろ、その言葉を私は自国のことかと問い返した
しかし陛下は世界のことだと答えられた

「以前ならば確実に自国の行く末を案じ、それを私に命じた筈」

何故国だと言わなかったのか
世界の中に自国を含んでいると思えば良いのか
それでも納得がいかない

「これではまるで…」

言葉を区切るとカップの中の茶に波紋が広がった
驚いて目を見開くと、また滴が落ちる

自分自身が泣いている
気付いてしまえば涙は止め処なく溢れ返り、慌てて袖口で目元を拭った

「貴女は本当に国王陛下をお慕いしているんですね」
「…ああ、私の、最も敬愛する方だ」

向かいに座っていたジャーファルが席を立つ
そして荷から手紙を取り出した
宛名の書かれていないそれを、私に差し出す

「国王陛下から貴女へお預かりしている物です」
「陛下から…?」
「本当はシンドリアに戻ってから渡すよう頼まれていましたが、今の貴女なら構わないでしょう」

カップを置いて震える手で受け取る
折り畳まれた手紙を丁寧に広げていく
中の文字は確かに陛下の筆跡で、きちんと印まで押されていた


『この文を見る頃私はお前に直接語りかけることは出来なくなっているだろう。
 だが伝えねばならないことがある。
 お前はよく自己を犠牲に国を、私を守ろうとする。
 恐らくその為ならば死すら厭わないだろう。だが私にはそれが怖い。
 "死"は"美"ではない。醜くとも穢くとも生きていれば未来がある。
 だから―――』


「…お前の信じる道を"生きて"貫き通せ。私の、分まで…かなら、ず…」

手の上の文を握り締める
視界が滲みその先の文字は読めない
俯き肩を震わせ、必死にそれに耐える

隣で音がして屈み覗き込むジャーファルの姿が見えた
私の手からそっと文を取り、続きを読み上げて行く

「――『酷な話だが国は強大な力に飲まれ消える。
 その前にお前のような最後まで私を信じ、国を想い続けた者を逃がしてやりたかった。
 其方に身を寄せさせたのはその為だ。改めて感謝の意を告げておいてほしい。
 そして導きにより他の者に逢った時、この事を伝えてくれ。』」

言葉はそこで区切られ、私の手に文が戻る
ジャーファルが立ち上がりつられて見れば微笑んでいた

「『私はお前達いつまでも愛し、見守っている。』」

その微笑があまりにも綺麗で
齢21にもなって私は、子供のように大声を張り上げて泣いた
愚図る子供をあやすかの如くジャーファルに優しく抱き締められながら



「…忘れろ」
「はい」
「絶対にだぞ」

涙がようやく収まれば己が行動に恥を覚える
やや不機嫌な私とは真逆に奴はにこにこしながら茶を淹れなおす
差し出された茶を一口啜って私は溜息を吐いた

「茶は美味い」
「ふふ、それは良かったです」

視線を机に置いている文に向けた
暫く悩んでからそれを綺麗に折り畳む

「火はあるか」
「燃やすんですか?」
「ああ」

私の名前や役職、細かな国の名は一切書いていない
それは誰かに見られた時の対処法
持ち歩いても問題は無いが、区切りとして火を付けた

ゆっくりと白い紙が赤く染まる
煙が天井に向かって昇っていった

陛下にはもう逢えない
私の知らぬ間に息を引き取り、天国へと向かわれる
それもそう遠くない未来に

だが後を追うことは許されない
生きろと言われたのだ。苦しく、辛く、逃げ出したくとも

「――面倒な上司を持つと部下は大変だな」
「ええ…そうですね」

私達は顔を見合わせ小さく笑った
眠っている子供達を数人移し変え、1人ずつそのお守りとして部屋に就く

月光が優しく窓辺から降り注ぐ
いつぞやの平和は嫌いだと叫んだ日を思い出す
今でも、それに慣れ親しむことは性に合わない

だが子供達にはそんな世界で過ごしてほしい
奪ってしまったならば、出来る限りのことをしよう

武器を持たぬとも生きて行ける世界へ
シンドリアのように、皆が笑える場を増やすため

私は剣を取り胸を張って進んで行こう
最期に陛下に善き報告を出来るように

――私は、ピューガァマ国最高廷武臣、翡翠なのだから






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