目覚めると、それは消えていた
幸せそうに眠る子供達と私達を残して
殺風景な部屋を一面黄色の花が多い尽くす

艶やかな緑の葉に、小さく美しい黄色の花が沢山付いた枝
少し踏み込めば花の香りが広がる

「あれも夢幻だったのか…?」
「さあ、どうでしょうか」

花を退けて座り込む
探してもいないが、此処にはいないのだと感じた
あの者は最後まで守ろうとしていたんだ

花の香りが強くなり顔を上げる
枝葉を持ったジャーファルが、それを私の髪に挿した

「似合いますよ」

目の前にある花に視線を向ける
これはピューガァマに咲く不思議な花
雨が降った後、たった一夜だけ咲き誇る

女は皆これが咲けば髪に飾った
私は今の今まで飾ったことなど無かったが

一夜花と呼ばれるそれを手に取る
自分の髪には足さずに、ジャーファルの髪に挿す

「私より似合うな」
「喜んでいいのか悩む発言はやめてください…」



雨は夜の間だけしか降らなかったようだ
晴天の空の下、私達は旅立つ
幼子十数人を抱えてというのはかなり厳しい

年長者ですら10歳
年少者にいたっては3歳だ
鎧の上に1枚布を纏い、疲れたら抱き上げる

それぞれの腰には紐を付けさせたまま進む
途中で迷子になられては困るからな

不思議と誰もあの子供のことは聞かなかった
いや、もしかしたら覚えていないのかもしれない
あれは決して夢幻ではなかったけれど、最初からこの世に居たわけでもないと思う

「次の街までもう少しですよ」

ジャーファルがそう言えば子供達は必死に足を動かした
水は雨のおかげでそれなりにあるが、何分食料が持ちそうに無い
それでも何とかバルバッドまでは持ちこたえることが出来た

「お前達は此処で一休みしていろ。部屋からは出るな」
「俺達も荷物運ぶよ!」
「重たい物ばかりですから。それより他の子の面倒をお願いします」

質の良い宿屋に部屋を2つとり、片方に子供を閉じ込めた
先王が亡くなってから治安が悪くなったと聞く
むやみやたらと外に出すのは気が引けた

「お前も休んで構わん」
「そういうわけにはいきません」

食料の調達、といえどもシンドリアまではもう目と鼻の先
私より動き回っているジャーファルを休ませようと試みたが、案の定断り買出しについてきた

市場はそれなりに栄えている
だが、所々に王政を非難する落書きがある
それが目に飛び込む度に私は溜息を吐いた

「行く末はどこも同じ、か」

陛下はとても頭が良く武芸にも通じ、我が国の守りを強固にされてきた
しかし、もう先は長くない
得体の知れぬ病が蝕んでいることを私は知っている

だからこそあんな一芝居を打たれたのだろう
ご子息は皆、良く言えば平和主義、悪く言えば長い物には巻かれろの精神であられる
部下の殆どもそうである今、私のような抗戦派は煙たがられている

あのまま留まれば毒殺か何かされていたかもしれぬ

「武官さんそれ買うのかい?」
「ああ…では5つ貰えるか」
「はいよ、3煌ね」

貨幣を出す手が止まる
もう一度問えば同じ答えが返ってきた

「…なんだそれは」
「こっちの通貨だよ。無いなら両替か何かしてもらって、」
「以前と違うではないか」

バルバッドには先王が生きていた頃来たことがある
その時は"煌"などという通貨ではなかった
私がそう言うと、店主は眉を顰め小声で呟く

「なんでも王様が煌帝国にいた人を雇ったらしくてね…」

今度は私が眉を顰める
此処まで来て煌帝国とは、頭が痛い
見るからに機嫌が悪くなった私に、店主は慌てて別通貨でも良いと提案してきた
それで怒っていたわけではないが言葉に甘える

いくつかの露店で買い物を行ったが、やはりどこも煌の通貨を求めてきた
南端の国にまで力が及んでいるとは

「終わったのか?」
「ええ。あとは宿まで運ぶだけですね」

多量に買い込みすぎた気もするが、まあいい
全体の半分以上を担ぎ上げ宿へと戻る
部屋では幼子達がすやすやと眠っていた

「持つ!」
「私もー」
「これはそっちにお願いします。それは隣へ」

起きていた子供がわらわらと集まり荷を運んでいく
褒美にいくつか果物を渡せば、美味しそうにそれに齧りついた

「…少し、寝る」
「はい」

椅子に座り凭れかかると瞳を閉じた
何だか酷く身体が重たく感じる



浅い眠りだった所為か、夢を見た
陛下が私に何か仰っている
しかしどれだけ神経を研ぎ澄ましても、その声は聞こえない

困惑する私を見て陛下が笑う
そして最後に哀しそうな瞳で呟かれた

『もう届かないのだな』

その言葉が胸に突き刺さり私は涙する
掴もうと伸ばした手は空を裂くだけで、何も触れることはできなかった



「―――――」

嫌な、夢だった
起きたばかりの私は眉間に皺を寄せていた
窓の外はもう日が落ちている
傍らでは夕食の準備が行われていた

「おはようっ」

目覚めた私に子供達が集まる
用意された食事をとり、就寝前に風呂に入る
自分1人でという贅沢は言ってられぬ

「ちゃんと洗え」
「おみずこわい」
「走ると転ぶぞ、座れ」

4,5歳の子供が1番面倒で厄介だ
8歳程の女児も一緒になって世話をするが手が足りん
洗った奴から外に居るジャーファルに渡す

「…せめて隠しましょうか」
「今更」

3人目を渡したところでジャーファルがぼやいた
女の裸如きで欲情する人間ではなかろうて
ようやく自分の身体が洗えるようになり、髪紐を解いて水で洗う

「おねえちゃん」

躊躇うような声が聞こえた
振り返ると何か怖いものを見る目で私の背を見つめている
ふと、背中の傷を思い出す

いや背中だけではないか
今まで鎧や衣服に隠れて見えなかった、あらゆる傷が露わになっている
髪を流して背の傷だけでも隠しておいた

「お前達はこうなるなよ」

そっと隣に女児が寄り添う
震えながらも私の腕を掴む姿に少しばかり哀しくなった
普通の、慎ましやかに生きる女であれば抱き締めてやれるのだが
私にはそれが出来ず、緩く頭を撫でるしか出来なかった

それすらも躊躇いがちに行う
この手は何百人と人を斬り、殺してきた

死ぬのは嫌だと幾度も聞いた
誰かの名を叫び息絶える姿も、絶望の表情も脳裏に焼きつくほど見てきた

日常的にそれが行われるこの世界に、時折嫌気が差す
親を失った幼子達を見ると己が行動の余波に苦しくなる

もしかしたら、この子供達の親や生活を奪ったのは私かもしれぬ
『こうなるな』という言葉は酷く脆く、滑稽に思えた
こうならざるを得ない世界にしたのは私かもしれないというのに







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