知ったような口振りに振り向くと、ジャーファルが先に子供に錘を突きつけていた
睨みあう両者の空気に耐え兼ねて口を挟む

「貴様何者だ、答えろ」
「ボス」
「茶化さずに答えないと苦痛を味わいますよ」

首元に突きつけられてもなお子供は笑う
瞳を閉じ右手を上げて、ぱちんっと指を鳴らした

途端にがらがらと足元の瓦礫が崩れ去る
これ以上下は無いはずなのに、まるで地獄のような暗闇に吸い込まれていく

飲み込まれる――そう思ったのと頬に痛みが走ったのは同時だった
はっと周りを見ると、暗闇はおろか瓦礫すら無い
平らな地面の上に立っていた

「俺はボス。この街を守る者。アンタらがよく使う言葉に置き換えるなら、魔法使いかな」

ということはなんだ、あの瓦礫は幻だったのか?
しかし横たわる兵士は実際に痛みに悶えているし、私の顔も砂埃で汚れた
どこからどこまでが事実なのか分からぬ

「大人達は全て貴方が作り出したものですね?」
「アタリ。子供は本物だけどな。ちゃんと防御魔法かけてきたから今頃おやすみタイムだろ」
「待て、私に分かるように話せ」

何故か見透かしているジャーファルに説明を求めた
曰く、街に入った時点で違和感はあったらしい

確信したのは夕飯を大人達は殆ど食べていなかったこと
子に多くといっても、此処にいる子供は総じて幼く、1杯あれば充分だ
にも関わらず大人は鍋に残ろうとも手出ししなかった

「あとは向こうで私が彼らと協力して戦っていた時ですね。初めに捕らえた時もそうですが、近くにいたり触れたりすると分かりやすいです」

…触れられたが一切気付けなかった私は何なんだ
悔しくなって八つ当たりに子供を睨んだ

「こいつらは想定外だったけど」

そう言って兵士達を指差す
子供は頭上にある月を見上げた
何かを決心したのか、私達に向き直る

「有難う御座いました」

感謝の言葉と頭を下げた
突然のことに無言でいると、子供が不服そうな表情で顔をあげる

「人が折角礼を言ってるのになんだよ」
「――成程、あの時のシャルルカンやピスティはこういう気持ちだったのか、理解した」
「驚きすぎですよ翡翠」
「お前もだろう」

軽く言い争っていると脇腹を突かれた
っ、この、まだ痛むんだぞ…!

「…はぁ。ルフがピイピイ騒ぐから警戒してたのにな」

呆れた顔で目を伏せ、子供がもう一度指を鳴らす
突かれた部分や右足の掠り傷、左腕の痛みが収束していく
流石に衣服までは戻らなかったがすっかり癒えてしまった

「でも闇の金属器使いなら俺1人じゃ無理だったろうし、王クラスじゃなくても眷属器使いと攻略候補者が来たのは本当に助かったんだ。その礼」

ぶっきらぼうに答えてそっぽを向いた
隣でジャーファルが小さく笑う
照れているのか。本当に子供だな

「貴女そっくりですよ」
「はっ?」
「あーもうごちゃごちゃ言ってないで戻って寝てさっさとどっか行けよ」

再度言い争い出せばしっしっと手で追い払われた
本当に防御魔法に守られて眠る子供達を室内に移動させてから、私は魔法使いだという子供のもとへ向かう

それはまだ月を見上げていた

近くに居た兵士達の傷が癒えている
意識を取り戻した数人に事の顛末を伝え、明日には帰るよう促した
何か長く暗く酷い夢を見ていたようだと数人が溢した

「おい」
「なんだよ」
「帰るぞ」

私の言葉に子供が振り向く
しばし経って、小声で「何処に」と呟いた

「ボスが居ないと寝ないなどとぐずつく輩も居るんだ。おかげで私が眠れん」
「…ばっかじゃねーの。さっきまで寝てたからだろ」
「だとしても五月蝿くて敵わん。行くぞ」

無理矢理腕を引っ張り歩き出す
暴れるかと思いきや、存外大人しくついてきた

「昔此処って魔法使いがいっぱい居たんだと」

途中思い出話を語るように口を開いた
少し速度を落として歩いていく

「最初は強かったけど色んな奴と結婚してったら血が薄まって、どんどん弱くなってって。でもたまに凄く強い奴が産まれるからそれを狙って奴隷狩りが起きるようになった」
「それでお前は狙われてるのか?よく今まで生き延びたな」
「あー…最初は俺駄目だったから」

駄目。小部屋でも同じ事を言っていた
顔を見ると深い藍のはずの瞳が、紅く妖しく輝いていた

「使えない子供だと思って此処に捨てられたけど、5歳の時に魔法使えるって分かってさ。使うとこうして紅色になる」

その言葉に心臓が高鳴った
同じ事を宮廷音楽家も言っていた
私は、ルフを使う時瞳が翠から紅になると

「大人って身勝手だよなー」
「ふん、子供は好き勝手だろうが」

いつしか手を繋いでいた
半歩下がって歩いていた子供が隣に来て、どこか寂しそうに笑う

「お前女っていうより父親みたい」
「決して褒めてはいないな」
「2人とも風邪を引きますよ。早く寝なさい」

建物の前でジャーファルが待っていた
腕にはまだ愚図る幼子を抱いたまま
それを見て私は小声で言った

「ならばさしずめアイツは母親だな」
「!っ、あははっ確かにぴったりだ!」

私から手を離しジャーファルに向かって駆けて行く
幼子を受け取りあやしながら、中へ入っていく手前、振り返って笑った
今度は嬉しそうに懐かしそうに

「おやすみ父さん、母さん」

片手をあげてそれに返すと、隣で首を傾げるのが見えた
理由を聞かれたが知らない素振りをして床に就く
遠くで雨の降る音を聞きながら意識を手放した







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