「話あるんだろ文官様」

私は無いから席を外しても良いのだが
少し気になって2人の会話に耳を澄ます

「我が主が貴方達を国に受け入れたいと言っています」
「へー、あのシンドバッドがかぁ…」
「以前近辺に立ち寄った際に見受けられたそうで」

私を連れ帰ったあの日のことか
壁に寄りかかりながら思い返す
…負けたことまで思い出して苛立ってきた

「―――やだ」

子供は、子供らしい声ではっきりと言い放った
何故と問う声に一瞬にして無表情になる

「悠々と暢気に暮らしてるお前らには分からないだろうけど、俺らは必死なんだよ。お偉い方々の下でへらへら笑うなんて真っ平御免だね…っ!?」

奴の顔の横すれすれに剣が飛ぶ
投げたのは勿論私だ
切っ先が掠ったのか、数本髪が舞い落ちた

「傍若無人に振舞うお前には分からぬかも知れぬが、」

靴の音を鳴らし詰め寄る
壁に突き刺さった剣を引き抜き鞘に仕舞った

「昼夜問わず身を粉にして働く姿を、国民の表情に一切の翳りが無いことを、真相を知らずして貶める発言は我が身を滅ぼす最も愚か極まりない行為だ」

過去の私がそうであったように
子供を睨み告げると、その間にジャーファルが現れた

「貴女が怒ってどうします」
「お前が怒らぬからだなっ!」
「私よりかなり早かったので怒りは驚きに変わりましたよ」

痛いところを指摘されて黙る
仕方なかろう。勝手に口と手が動いたのだから
心中で言い訳をしつつ元の位置に戻りまた壁に凭れた

「私は強制致しません。嫌というのを無理に連れ帰るのは後々大変ですからね」

私を見るな、私を
だが確かに強制的に連れて行けば、それは奴隷狩りと大差ない
沈黙が暫く続いた後、子供は観念したかのように口を開いた

「俺以外の奴に聞いて。行きたいっていう奴はお願いします」

ジャーファルが頷いて先に大人に意向を聞きに行った
残った私は俯いたままの子供に近付き屈む

「お前は残るのか」
「…此処には次々と子供が来るんだ」

砂漠のどちらかと言えば端に位置するこの街は、寂れてはいるものの未だに人が多く通る
それは奴隷狩りに来た近隣諸国の兵だったり、各国を巡る旅人だったり
様々な者が行き交い、奪っていく

「多分だけど産ませて、駄目だった子供を此処に捨てにくるんだ」
「駄目…?」

眉間に皺を寄せると子供はじっと私を見た
その瞳に既視感を覚える

「すっごい真っ直ぐで綺麗だな。ちゃんと全部心で理解してそう」

ああ、そうだ。宮廷音楽家が私を見た時の瞳に似ているんだ
深海のような藍から目が逸らせない

「時々だけど――」

言葉を遮るような騒音に驚く
通りから聞こえたそれは、闇夜を切り裂く男の怒声
子供達が眠る部屋では飛び起きた子が隅で震えていた

「他の者…緑のクーフィーヤの男は!?」
「お、お外、ひぃっ!」

建物が崩れるほど大きな音
此処ではないが、近辺が崩壊したのか
子供の中から1番年上の者に向かって叫んだ

「裏手からまわって瓦礫を組み立て遮り待っていろ。緊急の場合はこれを使い声を張り上げろ!」

荷から短剣を取り出し手渡した
すぐに表より外へ飛び出る
月夜に反射した金属が、ただならぬ程輝いている

「…見覚えがあるな」
「おやおや翡翠じゃないか」

まだ煌帝国が力を持たぬ頃
幾度か剣を交えた者だ
我が国より遥か東に位置するというのに、何故此処に

「顔馴染みだ。大人しく見過ごしてくれないか?」
「出来ぬ願いだ。今すぐ彼らを返せ」

僅かばかりに残っていた女性が捕らえられている
剣を抜き、一歩踏み出せば槍が一斉に飛ぶ
それらを弾き返しながら周囲に視線を巡らす

ジャーファルや他の男の姿が無い
遠くよりまた爆音が聞こえる
向こうまで行っているのか

「いくらお前でもこの人数は無理だろう」

奴が片手を上げると100に近い兵が集う
たかが奴隷狩りに此処まで揃える必要があるというのか?
怪訝に思う私に声が投げ掛けられる

「伏せなぁ!!」

あの子供の声と共に闇夜から瓦礫が落ちてくる
見境無い攻撃と砂埃に眉を寄せながら、交わしていく
瓦礫の最上に立ち、声の方向を見上げた

「殺す気か」
「死んでないから平気だろ。それにお前強いって聞いたし」
「当然だ」

短く返すと笑い声が聞こえた
大半の兵が埋もれ呻いている

「居たぞ!アレを捕まえろ!」

子供が顔を出した途端奴らは血相を変えて走り出す
狙いは女だけではなかったのか
崩壊した建物から子供が私に向かって飛び降りる

「!っこの!」
「ナイスキャッチ」

剣を左に持ち右腕でどうにか抱え担ぎ上げる
暢気な言葉に落としてやろうかと考えた

「はぁ…ただ休みたいだけが何故こうなるのか」

愚痴を溢して子供を下ろした
背に庇いながら剣を構える







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