翌日は自室で目覚めた
あの後も宴会は続き、主役であるはずのジャーファルが姿を消しても続いていた
客室へと私が案内し自身も戻って休息を取った

何に疲れていたのかは知らぬが、ともかく疲れてはいたらしい
定刻よりも少し遅れて起床した
寝間着から鎧に身を包もうとベッドから降りた時、異変に気付く

「…甘ったるい」

そう表現するほか無い匂いが流れ込んでくる
嫌な予感しかしない
着替えもせずに部屋を飛び出て、匂いが強い方向へと走る

「おいっ、ジャーファル…!?」

最も匂いが強くなった部屋に飛び込むと、困惑しきったジャーファルと、数人の女が居た
女は皆揃って衣服を肌蹴させ、擦り寄っている
扉を開けたことで一層きつくなった匂いに顔を顰めた

「ち、違いますよ翡翠!私はシンとは違いますから!」
「何のことか知らんが…貴様ら何をしている」

弁解する内容に突っ込みをいれたくなったが、女達のほうが先だ
強めに聞けば1人が口を開いた

「文官殿をもてなせって言われたんですよぉ〜」
「そ、そ。いいことしません?5人ってのもなかなかないと思いますよ」
「結構です…」

ほぼ同時に私達は溜息を吐いた
机上の空論共はくだらん浅知恵しか回らんようだな
忌々しげに右腕で壁を叩くと他の者が身じろいだ

「ヤキモチ妬かれるならご一緒にいかがですか?」
「痴れ者が分を弁えろ。苦言してくる」
「私も行きます」

縋り付く女達を引き離してジャーファルがやってくる
無論奴も寝間着のままであったため、私の部屋で衣装を貸した

「腰にこう巻いてだな、歩く時は足を外に開け。でないと股に巻き込む」
「男女兼用ですか?これ」
「ああ。陛下からの頂き物だが、まあお前なら問題無いだろう」

鮮やかな青に紫と緑の刺繍が入ったのロンジーを着せた
クーフィーヤも官服も客室に置いてきてしまったので、その格好で向かう

「時に翡翠、貴女の左腕は…」
「ああ、完治はしていない。だが痛み止めを貰ったから触れられぬ限り、支障は無い」

背中から溜息が聞こえた
朝からよく吐くなと思いつつ政務室の扉を叩いた

「失礼する」

少々勤務の時間には早いが、シンドリアであれば誰かは居た
その考えは見事に吹き飛んだ
数人どころか誰も居ない

机の上には書簡すら無い
インクや羽ペンも驚くほど数少ない

「これは…流石に、何と言いますか」
「…よい。言葉は濁さずともよい。―――腕も立たぬというのに頭も使えんのか!!」
「あっ、翡翠!」

はしたないが叫び廊下を疾走する
我が国でもそれなりの官位を持つ者は、王宮内に部屋が当てられている
微かな記憶を頼りに馬鹿共の集まる階へ辿り着いた

「起きろ!」

鍵がかかっていたか定かではないが
無理に扉を開きベッドの上の者に詰め寄る
見知った顔のこいつは、長年国に仕える文官

襟元を掴み引き寄せ睨む
寝ぼけ眼だった相手はハッと目を見開いた

「これはこれは…如何様で「浅知恵を回す暇があるならば手を動かせ、手を」
「ん…どうしたの…?」

ごそりと隣が動いた
半裸の女が顔を覗かせる
途端、怒気が失せて手を離した

「…あと半刻で勤務時間だ。大切な文官殿から苦情があるから心して来い」

私の言葉を聞くなりサッと顔を青くした
権威ある者にしか靡かんのか、呆れすら通り越す
踵を返し執務室へ戻ればジャーファルが扉の前で待っていた

「困ります。居なくなられては」
「ああ、すまぬ。発破はかけておいたが時間はかかるだろう。朝食にするか」
「そうですね」

客が使う食事場へと案内する
昨夜の内にシンドリアからの来客の報は伝わっていたらしく、既に我が国にしては煌びやかな食膳が整っていた
とはいえ、シンドリアのそれとは差がある

基本は米や麦、野菜、そして近郊で獲れる動物の肉
朝は軽めであるため肉は出てこないことが多い
今回はジャーファルのために少量だが肉を炒めた物があった

朝食を取っている間私は傍らで待つ
此処は客専用のため、如何なる理由があろうとも陛下以外の国民は食事を取れない
もとより私は朝食を食べずとも平気ではあるが

「あまり見られると食べ辛いのですが」
「気にするな。考え事をしているだけだ」

粥を食べながらジャーファルが何かを見ている
其方に視線を向けると、先程の文官の姿があった

「謝罪の言葉を長々と聞きたいか?」
「いえ。11文字聞けば充分ですよ」

食事を終えたジャーファルが席を立つなり文官が平謝りを始めた
それに対し終始笑顔で返している
表裏の使い分けを出来る人間というものは、恐ろしいものだ

「どれがお気に召しませんでしたでしょうか…?」
「本当に構いませんから。お気遣いは結構ですよ」

見当外れにも程がある
ひたすら媚を売り続ける姿に私が情けなくなってきた
耐えかねて止めようとした時、とんでもない発言が響いた

「ああもしやアレが宜しかったでしょうか!?」

アレ、と指差されたのは私
驚き目を見開く此方には見向きもせず言葉は続く

「いやしかしアレは大層気が強く、顔はともかくとして身体も貧相極まりないですし、何より今までにっ」

文官の汚い声が突如として止まる
事が起こるより早く、私はジャーファルの肩を掴み此方に振り向かせた
予想通りとても文官とは思えぬ瞳をした奴の両頬を、少し強めに叩き包み込む

「よく聞く負け犬の遠吠えだ。…貴様も文官であるならばあらん限りの知恵を振り絞り、今後の関係改善に努めるんだな」

一瞥してからジャーファルの手を引く
素直に、但し無言で歩くのが何とも言えず不気味だ
人気の少ない廊下で手を離すと、すぐに力を込める音がした
自身の錘に付いている紐を持ち逆方向に引っ張り合っている

「貴女も怒ってください」
「無茶な願いだな。顔の件は違うが、それ以外に関しては間違っておらぬ。故に怒鳴り散らすのは痴呆がやることだ。それにそこにしか弱味が無いというのは私にとっては有難い」
「…どうして貴女はそう、自分を道具のように思うのですか」

紐を引っ張る手を止め尋ねられた
その瞳はやや冷めていて、出会った頃のそれに似ていた

「それは、」

真っ直ぐに見据える目から逸らし伏せた
しばし考え、私は口を開く

「知らん」
「…え。え、ちょっと、翡翠、」
「頭を使うのは苦手なんだ。お前には道具のように感じるかもしれんが、私が決め、私が進んできた道だ。今更どうこう言っても仕方あるまい」

不幸に見舞われたからといって投げ出すことは愚かだ
陛下に捨てられたと嘆いたが、何が何でも真意を聞かねばと思い行動すれば、今のように帰国しその真意を承ることが出来た

人生とはそういうものだと私は思っている
まあ…人に諭せる尊い人間ではないから、言わないが

「だが、まあ…なんだ」
「?」

あの文官の言ったことは殆どが事実である
魅力の欠片も無い身体に、幼少から犯されまわった穢い身体
とても女と思えぬ肉の付き方や性格

どれだけ言われようとも仕方のないことだ
黙らせるほど強くなればいいと、思っていたから

「そうして怒りを露わにしたのは、お前が初めてだから、その…礼を言う。我が尊厳を守っていただけたこと、感謝致す」
「そ、それは…」

素直に礼を述べると、ジャーファルは顔ごと視線を背けた
此方へ向けさせようと肩に触れたが、脱兎の如く逃げ出された
あまりに速かったものだからしばし呆気に取られる

「…全くあの国の者は皆おかしいな」

くっくっと声を殺しながら笑った
一頻り笑い終えれば、足取りも軽やかにジャーファルの客室へ向かう
いい加減女共は居らぬだろうし、いつまでも私のロンジーを着させてはおけない

長く留まれば国への気持ちが強くなる
出来得るならば昼過ぎには出立したい

そう考えた私は足を速めた
が、途中で中庭に見かけた姿に足を止めざるを得なかった



「陛下!何をなさっているんですか!」
「…翡翠か。なに、鍛錬を少しな」
「いけません、既に陛下は充分な実力をお持ちです。不必要な、それもバンドーなど…」

バンドーは我が国に伝わる武術の一種
己が肉体のみを使う、初心者が取り組むものである
私の苦言に陛下は笑った

「シンドリアにどれくらい滞在した?」
「はっ、意識無き時の日取りは分かりませぬが、目覚めてからは凡そ2週間程でございます」
「そうか。…お前は変わったな、善き事だ」

陛下の手が跪く私の頭に置かれた
勿体無きお言葉と行動に、深く頭を下げる
声をかけられてから立ち上がり陛下を見た
その瞳は王宮より先、遥か彼方をご覧になっている

「私はお前を娘のように思っている」

ぽつりと陛下が洩らした言葉は、私を酷く驚かせた
尋ねるよりも先に滑らかに話されるため、口を挟むことは出来ない

「子を献上させるその制度を、お前は憎むか?」
「いえ。少なくとも私には女でありながら陛下にお仕え出来る機会をいただけた、最高の制度でございました」

どんな子であれ陛下のお眼鏡に適えば、王宮に入ることが出来る
親は子に一生会えぬ代わりに多額の金を貰う
そのため陛下の選定を待ち望む民は多い

「8つの時、錆びた剣と戯れるお前に武の才を見出し、女子と確かめず武官見習いをさせた私を憎むか?」
「いいえ。何を憎みましょうか。昔も今も変わらず私如き者の身を案じ、高めてくださる貴方様を」

一声かけてから前へと出でて、首飾りを取り差し出した
乳白色の翡翠が太陽に煌く

「…シンドリアは良き国であったか」
「はい。上下関係無く笑い合える国です」
「お前に伴侶も付かせてくれるとは、あやつもなかなかの者だ」

はっ?と一瞬動きが固まる
それを照れと受け止めたのか、陛下は豪快に笑われた

「ちっ違います!ええとあの者は…」
「口答えするのか?翡翠よ」
「滅相もな…!…っ、陛下!お戯れも程々にしてください!」

身を強張らせたのも束の間
意地悪く笑みを浮かべる陛下に叫ぶと、笑ったまま王宮内へと歩まれた
その半歩後ろを歩きついていく

「学びなさい。そして何があっても見届けよ」
「この国を、ですか」
「世界をだ」

凛と雄々しい声が届いた
私は自然に自国の礼を取り、「御意」と短く応えた

頭の悪い私には、やはり陛下のお言葉を全て理解することは出来ていなかった








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