ラプンツェル、ラプンツェル
お前の髪を垂らしておくれ

もうあの声にはうんざり
どうやったらこの塔から出て行けるのかな
長い長い髪は私の梯子にはならないし
高い塔から飛び降りたら死んでしまう

「鳥と遊ぶのもいいけど、もっと面白いものが見たいな」

小鳥の囀りに合わせて歌う毎日
窓から眺めても何も映りはしないのだから
ああ、退屈。仕方ないから歌うだけ

「ラプンツェル、ラプンツェル。お前の髪を垂らしておくれ」

今日もまたしわがれた声が聞こえる
大体ラプンツェルなんて可愛くない名前
意味を私が知らないとでも?野ぢしゃだなんて最低

「膨れっ面だと美人が台無しだよ、ラプンツェル」
「育ててもらった恩はあるけれど私がどんな顔をしようと、そこは私の勝手よ」

お代母さんは次々と色んな品物を取り出してくれる
綺麗なもの面白いもの楽しいもの
どれもこれも一瞬は目を惹かれるけど、すぐ飽きてしまう

「それじゃ私は帰るよ」
「はいはい、さよならー」

もうすぐね、なんて呟く
知ってるよ。私がどうして此処にいるかなんて
母はあの女の庭の野ぢしゃを盗んで食べたの
代わりに私は差し出されて、12になった時からずっとこの塔に閉じ込められてる

きっと今に私は売りに出される
そのために綺麗に美しく全てを与えられたのだから
長い髪は塔の梯子でもあるけれど、逃げられないようにするための枷でもあるの

あの女は、お代母さんは魔女ではないが
善からぬ企みが思いつくあたりはぴったしね

「ラプンツェル、ラプンツェル。お前の髪を垂らしておくれ…だってさ、あはは笑っちゃう!」
「…あの」

物真似をして遊んでいたら声が聞こえた
やだな、幻聴が聞こえるほど狂ったかな
頭を振って深呼吸する

「すんません…」

やっぱり、する
意を決して振り向くと窓枠に人が腰掛けている
私髪の毛垂らしてないのにどうやって此処まで来たの!?

「だっ、誰…!?」
「道に迷ったんで…」
「質問の答えになってない!どうやって来たの!」

傍にあった箒を向けて叫ぶ
すると至極当然のように「壁を蹴って」と言った
…人って壁を蹴って昇れるものなの?
何だかんだ言っても私は自分とお代母さん以外の人間を見たことがないから、世の中の常識がよく分からない

「…まあいいや。お生憎私は塔から出たことないから、道は分からないよ」
「はあ…じゃあまあいいか」

困った素振りなんてちっとも見せない
降りる気がないのか降りれないのか
ずっとそれは窓枠に座って外を眺めてる

「…あのさ、外ってどんなの?」

お代母さんは教えてくれないから
近寄って尋ねるとしばらく考え込まれた

「色々っす」
「たくさんあるものなの?」
「まあ…ずっと戦争してるとことか、狩りで生活してるとことか、バラバラなんで」
「へぇー…」

知らなかった。外は何処行っても王様が居て国民を従えているものだと思ってたから
1つ知るともっと知りたくなって
質問を沢山すると言葉少なだけど答えてくれた

「ねえ、明日も来ない?」
「此処にっすか」
「話をもっと聞きたいの。ええと、そうだな…今なら美味しいクッキーが付くよ」
「はあ…」

あまり食べ物には興味がないらしい
でもまた来ると約束してくれた
次は何を聞こう。今日聞いたことは忘れないうちに書いておこう



それからほぼ毎日マスルールはやってきてくれた
マスルールなんて変な名前ね。と思ったけど、私も人の事言えないか

私の知らない世界を知っていて
長く重たい髪を持っている私を軽々と抱えられる
人間ってこんなに素敵なものなんだろうか
それともこの人だから?私にはよく分からない

「帰るの?」
「…まあ。一応仕事あるんで」
「そう…またね」

手を振るとじっと顔を見られた
何か付いているかと尋ねたら、マスルールは自分の頬を指差した

「知ってますか…?此処に口付けるのが挨拶の国もあるんスよ」
「本当?素敵!じゃあ、またねマスルール」

近寄って頬に口付ければどこか嬉しそうに帰っていった
後姿を見送って、そのまま窓辺でうつらうつら寝てしまった
しばらくすると物音が聞こえて顔を上げる
声がしなかったから、ああ…なんだ

「マスルールどうしたの…忘れ物?」

目を擦りながら尋ねると、陰は大きく揺れた
近付いてきたと思ったら長い髪を鷲掴みにされる

「やっ、痛い…!」
「なんて子だお前は!こんな髪っこうして、こうして…!」
「やだ、やめて!」

そこに居たのはマスルールなんかじゃなかった
窓辺で寝ていた私の髪を使ったのかお代母さんがいて
私がマスルールの名前を口にした途端、鬼のような…ううん魔女のような形相で私の髪を切っていく
長くて鬱陶しい髪だったけど、無残にも切られていくのは涙が出る

「生娘じゃなくなったのなら売れないじゃないか!出ておいきっ!」

嫌だ嫌だと喚いても残った髪を掴まれて引き摺られる
あんなに出たかった塔から追い出されて、私は荒野に放り出された

辺り一面何もないの
ねえマスルール。あなたが持ってきた綺麗な花も、戯れていた可愛い動物も、語ってくれた人々の笑い声も何もないよ
眉を顰めるような火薬の匂いも耳を塞ぎたくなるような悲鳴だって

私これからどうしたらいいの
あんなに綺麗だった私が、今じゃとてつもなく惨めだ
こんな姿じゃマスルールに会えやしない

泣きながらも私は必死に頑張った
死んでしまったらそれこそ最期
簡素な小屋を作って、僅かばかりの植物を食べ
土を耕し種を植え、遠く歩いて水を手に入れ

「…今頃何してるのかな」

放り出された塔はもう見えない
マスルールは私が居ないと知ってどうしているんだろう
またどこかの塔に登って、同じように閉じ込められた人と話しているのかな

誰かと楽しそうに話すマスルールを想像したら涙が止まらなくなった
けれど私には何も出来ず、ただただ生き延びるために体を動かすだけだった



荒野の先には森がある
そこまで半日かけて私は歩く
獰猛な獣に脅えながら、木に登って果実を得る

ふと傍に小鳥がやってきた
塔に居た頃見た小鳥とよく似ている
優しい囀りに思わず口ずさむ

ああ、あの頃はこうなるなんて思わなかった
荒野に来てもう何ヶ月経つんだろう

世界を知らなかった愚かな私はもう居ない
生きる大変さも死ぬ怖さも、誰かを愛して泣く辛さも知っている
適当に切られた髪はぼさぼさなまま伸びてきた

「ラプンツェル、ね。野ぢしゃが食べたいなぁ…」

私の名前を思い出したらお腹が空いた
さあ、木から下りてまた歩いて、家に戻ってご飯を作ろう



「――ラプンツェル、ラプンツェル。お前の髪を垂らしておくれ」



驚きのあまり私は木から滑り落ちた
だってその言葉をもう一度聞くなんて思ってもいなかったし
何よりも落ちた私を受け止めた腕の持ち主に、もう一度会えるなんて希望とっくに捨ててたから

「…マスルール?」
「やっと、見つけれた」

夢じゃないかと思って恐る恐る頬に触れた
その手を握ってくれて、本当なんだと分かると涙が零れ落ちる

「どうして?それに今の言葉」
「塔に行ったら居なくなってて…今までずっと探してました。よく似た姿を見つけたからアレを言えば、振り向くかなと…」

ずっと、探してくれていた
その言葉が嬉しくてぎゅっと抱き付いた
髪も服も汚くなったのに、こうして見つけてくれるなんて!

「…1つ教えてくれませんか」

感極まって泣く私の涙を拭ってマスルールが聞く
不思議な話。私よりもあなたのほうが、色んなことを知っているのに
首を傾げると照れくさそうに呟いた

「名前、ちゃんと聞いてなかったんで…ラプンツェルじゃないとは思うんスけど」

どうしてだろう
名前を聞かれただけなのに、私は嬉しくて嬉しくて仕方ない
記憶の片隅に置いていた私の本当の名前を笑顔で告げた

「そうか…。…セレーナ、俺と色んな世界を見に行きませんか?」

答える声は掠れて上手く出せなかったけど
互いを抱きしめる温もりが優しくて、私は初めて自由になったと感じた




Rapunzel
(奇妙な名前の男女が織り成す土産話)




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