「俺の遊び相手に、なってください」

なんて汚らわしい醜い蛙
泉に落ちた鞠を拾う代わりに、愛して遊び相手になって傍に居させてほしいなんて
ああでもこの鞠はお父様からいただいた大切な物
構わないわ。すぐさま逃げれば問題ないもの



「本当に嫌になっちゃうわ」
「姉さん、その蛙はどうしたの?」
「置いてきたわよ!人間と蛙が仲良くなれるはずないでしょう?」

お気に入りの金の鞠を抱えながら姉さんは笑った
綺麗な姉さん。美しい姉さん
でも私にはその心根まで美しいとは言い切れない

生まれた時から見目麗しい姉さんはいつも輝いていた
同じ父母から生まれたのに、私は平々凡々で
男のような格好でいつも狩りに出て遊んでいた
あの金の鞠は父さんから美しい姉さんに渡されたプレゼント
私には無縁の代物

庭に出て指笛を鳴らすと鷹が飛んでくる
姉さんは分かってない
人間だって動物と心通わすことなんて、いくらでも出来るのに

「お前と私だって最初は仲が悪かったもんね」

腕に止まる相棒に笑いかけると首を傾げた
もう覚えていないの?それとも忘れたフリかな
姉さんが思っている以上に、動物っていうのは分かっているんだよ

ぺたり、ぺたり

庭の茂みから音がする
相棒の瞳が光ったのを制して、音のする場所へ覗き込む
赤い蛙だ。こんな奇抜な色は毒蛙しかしないのに

「どうしたんだい、お前。此処に水はないよ」

手に取り話しかけてみる
近くに泉があったから、そこから来たのかな
元居た場所に返してあげようと思いきや、蛙は突然喋りだした

「姫を…探している」
「わ…っ!驚いた、お前は喋れるんだ」

危うく手から落としかけた
心通わすことはできても喋れるなんて今までなかったから
とても知性ある動物や、魔女の使いは喋れると聞いていたけど

ふと、姉さんの話を思い出す
もしかしたらこの蛙は姉さんの鞠を拾ってくれた奴なのか

「鞠を拾ってくれた蛙かな?」
「ああ…そうだ」
「なら城に連れて帰るよ。ただし説明はお前がしてくれ。私じゃ父さんは信じてくれないから」

幼い頃に散々動物を城内に入れて暴れさしたからなあ
相棒を空へとかえして蛙と共に城へ戻る
ちょうど晩餐の準備が出来ていた

「扉の向こうで待っているんだ。声が止んでお祈りすんだらまた声がするから、そしたら話しかけてごらん」

蛙は素直に頷いて廊下の隅で待った
席に着いて食前の祈りを捧げ、皆楽しく喋り始めたその時扉の叩く音と声がした

「姫、どうか俺のためにこの扉を開けてくれませんか…?」

その声を聞くなり姉さんは真っ青になった
傍から見てもその様子は尋常じゃない
勿論父さんは姉さんに尋ねる
知らないと言い張る姉さんも、問い詰めに折れて経緯を話した

「約束は守らねばならない。セレーナ、開けておやりなさい」
「はい、父さん」

扉を開けると蛙と目が合った
良かったねと微笑んで姉さんの隣に席を作る
私と姉さんに挟まれて、蛙はごちそうをたらふく食べた

姉さんの表情は曇るどころか嫌悪感露わになっている
何をそんなに嫌がることがあるのだろうか
手が自由に使えないなら、私達だってああしてスープを皿から啜る他ないだろうに
それが嫌なら食べるのを手伝ってあげれば良いのだ

ていうか、虫は食べないんだなこの蛙
なんて暢気に考えながら食事をとる

「王…お願いがあるのですが」
「大切な娘の大切な物を拾ってもらったんだ。何だって言ってくれ」
「姫の部屋に、ベッドをこしらえ…一緒に寝たいんスけど」
「嫌よ!何で私が!」

とうとう姉さんは泣き出した
汚い物が大嫌いな姉さんにとって、蛙を見るのも触るのも嫌なのにあまつさえ一緒に寝るなんて、身の毛もよだつほどなんだろう
父さんも約束とはいえ大事な姉さんがこんなに嫌がるのを許すとは思えない

しかし、まあ約束は約束だし
姉さんは経緯を話す時、私に話したことを話していない
ナイフとフォークを置いて私は父さんに向かってこう切り出した

「父さん、姉さんは鞠を落とした時に『私の鞠を拾ってくれたなら、どんな願いも叶えてあげるのに』そう言ったと私は聞きました。だからこの蛙は拾ってあげたんです。叶えてあげないのは王族として民に示しがつきません」
「…そうだな」

泣けばどうにかなると思っていたのか
姉さんは私を魔女のような表情で睨んできた
いつも愛されてる姉さん
ちょっとぐらい、痛い目見ればいい

姉さんの部屋にベッドがこしらえられて、父さんに運んでおやりなさいと言われた
けれど父さんと母さんがどこかへ行けば姉さんは私に命令する

「アンタが招き入れたのね!罰として運びなさい!」
「…はあ。姉さんが約束したんじゃないか」

綺麗な者は綺麗な物しか持たないんだと姉さんは言い張った
可哀想な姉さん。姉さんが食べたラム肉は、姉さんが罵る羊飼いから買った羊だよ
きゃんきゃんと子犬のように吠える姉さんを尻目に蛙を抱き上げた

「ほんっと、汚い奴には汚い物がお似合いだわ!」

足早に姉さんは去っていく
その後をのんびりと追う

「お前は綺麗な赤色をしているのにね」
「…自分では見えないな」
「ははっそうだね。今度鏡を持ってきてあげるよ。凄く綺麗な赤色だよ」

扉を開けて部屋に下ろしてあげる
姉さんはもうベッドに入ってしまっている
おやすみ、と蛙に告げて扉を閉めた



ああ、ああ、腹が立つ
どうして私がこんな蛙と一緒に寝なきゃいけないの
お父様もお母様も助けてくれないし
あまつさえセレーナなんか余計なことばかり言って

本当に汚い蛙を持つあの子の似合うこと!
背を向けた方からぺたり、ぺたりと音がする
おぞましい。見たくも聞きたくもない

「俺もベッドの中に入れてくれませんか…」
「ご自分で上がられたらどう?その短い手足をばたつかせて」
「…王に言いつけますよ」

なんていやらしい蛙なの!
カッとなって思わず掴んで壁に投げつけてしまった
ああ、汚い!あんなものを触ってしまって!



蛙を部屋に送って自室に戻る
明日見せてあげる鏡を探していたら、隣の姉さんの部屋から物音がした
びたーん!という嫌な音
そんな、もしかして姉さんは…

「何をしてるの姉さん!」
「ちょうど良かったわ。それ捨てといて。あと手を洗う水もすぐ持ってきてちょうだい」
「どうしてこんな…酷いこと。…いつもそうだ。姉さんは愛されてるのに人に愛を返そうとしない。貰ってばかりで自分から与えようとはしない。泥棒と同じじゃないか!」

塞き止めていた思いが溢れてぼろぼろと涙が零れる
今日だってそうだ
この蛙が姉さんを訪ねてきたと聞いて、羨ましかったんだ
私は人に愛されにくいから動物だけでも愛されたかったのに
それすらも姉さんは盗っていくのかと悔しかった

鞠で遊んで泉に落としたのが私だったら良かったのに
お前と遊ぶことが交換だなんて喜んで引き受けた
むしろこっちからお願いしたいぐらいだ

「みっともない顔。ふふ、まるでその蛙みたいよ」

抱き上げた蛙を見るとぴくりとも動かない
こんなところで死ぬためにお前は此処に来たんじゃないだろう
ぽたり、と涙が蛙に落ちる

途端ざあっと開いていないはずの窓から突風が吹き込んだ

「きゃあ!」
「っ、なに…!?」

木の葉が舞って目を開けるとそこには魔女がいた
黒い衣装に黒い帽子、不思議な杖
聞いていた通りの格好だったけど予想以上に若く綺麗だ

「まさか本当に貴方のために涙を流す子がいるとは思わなかったわ。賭けは私の負けね。約束通り呪いは解いてあげる」

魔女がそう言って杖を蛙に向けた
煙と一緒にまた突風が巻き起こる
薄く目を開くと魔女はもうどこかに消えていた
代わりにあの蛙と同じ赤い髪をした男が1人立っていた

「ああ…やっと戻った」

私も姉さんも声を出すことができなかった
魔女に呪いに今の状況
そういうものがある世界とはいえ、目の当たりにすることは殆どなかったから
先に声を出したのは姉さんのほうだった

「まあ…」

両手を胸の前で組んで頬を染めて
気持ちは私にだって分かる
それぐらい端整な顔立ちで体格もとても男らしい
頬が染まっているのは私だって同じだ

「お前、は…一体…」

けれど私が発したのは姉さんの可愛らしい声とは違って、途切れ途切れな問いかけの言葉だった
開いた口が塞がらない私を見て蛙は、ああいや、蛙だった男は答える

「俺はある国の王子で…まあ、魔女と遊んでたら呪いをかけられて、ああなってた」

なんて端折った説明なんだ
余計混乱してきた私を余所に、姉さんが男に近付く
それはもう見ているほうが目を覆いたくなるくらい露骨に

「そうでしたの、私存じ上げずにとんだ無礼を…」
「ああ、姫約束なんだが…」
「ええ喜んでお受け致しますわ!」

そうだった。この蛙は姉さんに惚れて此処まで来たんだった
寂しいけれどお前の願いが叶って良かった
おめでとうと笑いかけようとしたけど、上手く笑えない

「『どんな願いも叶えてあげる』なら、俺に妹姫をください」
「…え?」

言葉を発したのは姉さんだ
訳が分からないといった表情を…私もしている
男は屈んで私を軽々と抱き上げた

「汚い物同士お似合いらしいしな」
「お前は…」
「マスルールだ。…セレーナ」

涙でぐちゃぐちゃになった頬にキスが落とされる
マスルール。そう呟くとなんだ?と返された
覗き込んできた顔が綺麗過ぎて、私は手足をばたつかせて飛び降り逃げた

人に愛されるなんて慣れていないんだ
ああ、お願いだから魔女よもう一度来てほしい
彼を蛙にしてくれたら結婚だってしてやるさ



翌日、改めて父さんの前で求婚されて保留してくれと叫んだにも関わらず、私はやってきた馬車に乗せられた
真っ白いドレスに歩けないヒールに慣れない言葉
魔女が王子にかけた呪いより、こっちの方がきっと強力だ




The Flog Prince
(蛙を愛した少女の佳話)




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