とても綺麗な女がいる
月の様に凛々しく、太陽のように輝く
透けた布越しに女は言葉を告げる

誰かの気持ちだったり
喧嘩の原因や結果だったり
財産の隠し場所だったり

鈴が転がるような通る声は人々を魅了した



「セレーナ様、また列が出来ていますが本日は如何様に?」
「―――8人までお受けしましょう。それ以上はお引取りを」
「かしこまりました」

付き人が外の者に告げに行く
この国に来て占い師として居を構えて早数ヶ月
毎日毎日私に相談者はやってくる

生まれた時から切らなかった髪には魔力が多く含まれた
それは私に少しだけ未来と過去を視せてくれる
月が決めた回数、満ち欠けを繰り返すまで私は此処に居る
あと、少し。そしたらまた別の地に赴く

「選定致しました。連れて来ても宜しいですか?」
「ええ、どうぞ」

―――セレーナ様
私を呼ぶ声がする
私はそれに微笑む

何も嘆き悲しむことなどないわ、なんて



「本日はこれで終わりです」
「そう…」
「ただ――」

付き人が紡いだ言葉に私は目を見開いた
当たると評判であれども、ただの占い師の下へ王直属の部下が来るなんて
さしずめ王が行く前の下調べといったところか

「お通しください。この国に留まっている以上、お逢いせねばなりません」
「しかし…それではっ」
「構いません。罰など最初からあるのですから」

それ以上付き人は反論せず呼びに行った
王直属の部下であるのなら、顔を合わせずお話しするのはとても失礼なことだろう
布を上げる。が、一瞬脳裏を過ぎった光景にまた布を戻した

「私がセレーナ・アイオスです。外気に触れることが苦手な為布越しのご挨拶で失礼致します」
「ああ…」

強い声。此処に来る者は皆迷い悩んでいるからとても弱々しい
耳に残るその声に酔いしれながら、用件を伺う
思っていた通り王が噂を聞き此方に来たい、もしくは王宮に出向いてほしい旨だった

「…有難きお誘いではありますが、私数日後にはこの国を去ります身分ゆえ」
「何かあったのか」

定住する人が多いのだろう
それだけこの国はとても良い所だ
私は静かに首を横に振り、布越しに相手を捉える

「以前より決めていたこと。この地で先を視れたこと心嬉しく思っております」

私の決心が固いことを汲み取ってくれたのか、それ以上干渉はされなかった
お帰りになった後私は窓から空を見上げる
付き人が食事を持ってきてくれた

「ありがとう、お前も…お前の未来も視れたらよかったのだけど」

その足には枷がある。その体には錘がある。その背には焼印がある
ルフはこのおかげで付き人に纏わりつけず私もこの子の未来は視れない

私達は捉えられた奴隷

主人の決めた場所決めた期間で、決められた額以上を稼ぎ去る
できるならばその場所の王や偉い人に取り入り後日商談を持ちかけたり、強盗に入る
逃げ出すことなんて出来やしない。私が逃げればこの子が殺される

「月が綺麗。とても、とても憎いわ。お前が満ち欠けしなければこんな辛い想いなどしないのに」
「セレーナ、様…」

歯を食いしばって月を睨む
こんな顔を見ても世の人間は私を綺麗と謳うのかしら



国を去る日の夜は簡単にやってくる
ありとあらゆる貢物や仕事用具は荷台に積まれ、私はベールを被り闇に紛れて歩かされる
付き人は遠く向こうで捕らえられているに違いない
耳を覆うような声に振り向いた

「ああ?今回の稼ぎは少ないな」

私達の主人であり盗賊でもある奴
金か女か酒にしか興味がなく、私は金を稼ぐがゆえに犯されないようなもの

「本当に全部受けたのか!?」
「…っ、」

髪を鷲掴みにされ汚い声で罵る
誰が、誰が全員受けるものか
私が視ればその者の過去と未来と、現在のことも分かる
それ故コイツは私に客を沢山とらせて後に本当に身形の良い者を聞き出し盗みに入るのだ

時には戦火の渦を起こして去り行く
幾度となく私達はその光景を目の当たりにさせられた
いや、起こさせた原因でもある私が被害者ぶるのは、お門違いか

「さてもう一仕事だな…吐きな。どいつが一番金持ちだ?」
「…」
「黙るってんなら――」
「止めて!っ、喋れば、喋ればいいんでしょう…」

なんて汚いんだろう。穢れた者なんだろう
見ず知らずの者を売り、自分は助かろうとするなんて
それでも私にはあの子がとても大切だった
唯一の話相手。出れぬ私に代わって色んな話や物を仕入れてきてくれて

「そういうこった。ほら」

顔を上げさせられて奴の背後から月光が降り注ぐ
ああ、憎い。お前なんて大嫌いだ
人を深淵に誘い頼りにしている者に対して隠れ嘲笑うお前なんて

ギリ、と歯を鳴らしてから薄く唇を開く
どこからか陽気な音楽が聞こえる
この国はとても良い国で。それを私は、私は

「セレーナ様駄目です!月を見ていた貴女はとても綺麗で、出来ることなら一生此処に居りたいと願っているようでした!だからどうかその心に嘘を…「うるせぇ!黙らせろ!」

――― やめて

振り下ろされる腕に向かって悲鳴をあげた
けどそれが声になるより早く、別の悲鳴があがった
私のものでも、あの子のものでもない野太い声

「…マスルールは本当に鼻が利くな」
「根城を抜け出されて焦りましたが…噂は伺ってますよ。女子供を使い盗み殺しを働く貴方達のことは」

吹き飛んだのはあの子を殴ろうとした男だった
月夜を背に凛々しい男性が3人
紫と白と赤い髪が、月光に照らされて妖しく見えた

「偵察に行かせたのは正解でしたね」
「しかし本当に来てほしかったんだがなぁ」
「はあ…」

暢気に談義を始める3人を大勢の者が囲む
主人が憎らしそうに、でも彼らの身につける貴金属の輝きに嬉しそうに笑った
合図と共に一斉に飛び掛る

逃げて、という言葉は空を切った
吹き荒ぶ風に押し戻されたと言ってもいい
赤い髪の男性が一蹴しただけで、それら全ては吹き飛んだ
私の長く重たい髪ですら宙を舞い、ベールは遥か彼方へと飛んでいった

「…ほぼ全部気絶したんスけど」
「手加減を覚えろマスルール。まあいい、ジャーファル頼んだ」
「はっ。全員縄で縛り上げてください」

白髪の男性の声に四方八方から兵士が現れる
次々と縛り上げられていく姿を、ただ呆然と眺めることしかできなかった

「なんだよっ、離せってば!」
「あ…っ違いますその子は…!」

あの子はただの奴隷であって私と違って賊行為に加担していない
なのに縛り上げられようとしていて、慌てて止めに入る
兵士達を制してあの子を担ぎ上げたのは赤い髪の男性だった

「これ…」

短い言葉に強い声。ああ、あの時の人はこの人だ
渡されたあの子を抱きしめて深く礼をする

「良かった…本当に有難うございます」
「ああ…これで自由だな」

自由。考えたこともない言葉に混乱する
――確かにこの子はもう自由だ。でも私は

「マスルール待ちなさい。彼女も…致し方ないとはいえ賊行為に加担しています。それを簡単に許すのは…」
「っ、セレーナ様はなぁ…!」
「いいの。お前はまた私の分まで色んな物を見なさい」

犯した罪は償わなければならない
抱きしめていた腕を解いて前に進み出た
どうぞ、連れて行ってください。そう発しようとした私の前に何かが立ち塞がる

「なら、王宮に勤めてもらえば…いいんじゃないっすか…?」
「おお!それいいな!よし決定だ、マスルール頼んだぞ!」
「はあ…」

事が勝手に進んでいく
白髪の男性は紫髪の男性に詰め寄った
ばちっと赤髪の男性と目が合う

「私は…っ」
「綺麗な声だな」

突然の褒め言葉に面食らった
乱れた髪を撫で、もう一度視線が合う

「――私は、貴方様の声の方がとても、とても好きです」
「…そうか」



とても綺麗な女がいる
月の様に凛々しく、太陽のように輝く
その面立ちは隠されることなく微笑む

感謝の気持ちだったり
憂う人々を慰める言葉だったり
素敵な宴の歌だったり

鈴が転がるような通る声は人々を魅了した



「セレーナ様!マスルール様!」
「どうしたの?錘が無くなって軽すぎて転んだかしら」
「違います!……これ、良ければ今度の、その…式に使ってください」
「綺麗なベール…。ありがとう、お前は本当に良い子で私の誇りよ」

今はそれも、たった一人のためだけに




The Tale of the Bamboo Cutter
(月を憎んだ姫と選ばれた男の話)




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