灰かぶり、灰まみれ、灰だらけ
お前はなんて醜いんだろうね
年中灰どころか塵と一緒で本当に人間なのかい



私を産んでくれたお母様
私を育ててくれたお父様
私を愛してくれた2人共

とてもとても感謝しています
2人が毎日言ってくれたあの言葉は
とてもとても大事なものでした



「ドレスはどこにあるの?」
「此方に」
「私の首飾りは?」
「今すぐに」

お義姉様達が支度をする
今日はとても大事なパーティだから
この国の王子様が、色んな国の王子様を招いて舞踏会を開かれる
そこには年頃の娘なら身分関係なく入ることができるのです

丁度年頃の娘であるお義姉様達は、朝から綺麗に着飾るのに大忙し
この家に限らず、きっと今はどこの家だってこんな感じ
集まる王子は皆端整で、そして結婚されていないのだから

「それじゃあ行ってくるわ」
「片付け宜しく」
「お気をつけて」

扉が閉められ少し安堵する
ようやく掃除と買い物と洗濯ができる
私のいつもどおりが帰ってきた

「お前は行きたいとすら喚かないんだねぇ」
「はい、お義母様。私は今の生活で充分です」
「手が掛からなくて助かるよ。それじゃあ私も出掛けてくるから」
「ごゆっくり、どうぞ」

世間様から見れば虐められている、と思われるかもしれないがそれは違う
私は今の生活に何一つ不自由していない
お母様もお父様も亡くなって、哀れに思った私をお母様のお姉さん、私から見たら伯母様が養女にしてくださった

家事は今までだってしてきたし、勉強だってさせてもらえる
服だってお下がりだけどきちんと貰えるし、ご飯も皆と同じものを食べれてる
ただ1つ違うのは、そう…褒めてもらえなくなったぐらい

2人がまだ生きていた頃
毎日毎日、可愛い、綺麗、素敵と褒めてくれた
どんな些細なことだって大げさなぐらい喜んで褒めてくれた
子供心でも恥ずかしかったけれど、それはとても大事なことだった

褒めてくれた分だけ私は本当に綺麗になった
もっと褒めてもらおうと、沢山沢山努力した
容姿も勉強も運動も何もかも
けど今は、何をしたって褒められないから一切の努力を放棄した

「さあ、片付けも終わったし買い物に行こう」

独り言を呟いてエプロンを外す
鏡を見て、しばらく唖然とした

なんて醜い姿なんだろう
髪は梳かしていないからぼさぼさで絡まっている
肌も掃除した後だから埃が掠って、黒く汚れている
よく見れば指はがさがさで、服も濡れたり糸が出ていたりしている

「いくらなんでも…酷い」

昔の自分を思い出して肩を落とす
急いで部屋に戻って髪を梳かした
これで町に行くなんて、まるで物乞いみたい

1時間かけて髪を梳かして絡みを取った
贅沢だと思いながらも、お風呂を沸かして全身の汚れを取った
一番綺麗な服だけ残して、服は全部洗濯して干す
その一着のボタンを付け替えほつれを直し、リボンを新しくし、靴も磨いた

「まだマシ。ようやく買い物に行ける」

鏡に向かって笑いかけて町へ出る
日は傾いていて、いつも見かける年頃の娘達の姿はなかった
代わりに高級そうな馬車がひっきりなしに道路を通る

「こんばんは、チーズはまだありますか?」
「ああ、あるよ。おや…セレーナちゃんは舞踏会には行かないのかい?」
「夕飯の準備があるし。それに興味がないの」

笑う私を店主は不思議そうな瞳で見る
私みたいな考えなのか、行きたくとも行けないのか、町を歩いているとちらほらと少女の姿を見かけるようになった
行く先々で舞踏会について尋ねられたけど、逆にそこまで行きたい理由が分からない
王家に嫁いだら何をするの?

毎日綺麗に着飾って、用意されたご飯を食べて
ううん、それ以上は思いつかない
せいぜい本を読むぐらいかな

「おいセレーナ、姉さん達はどうしたんだ?」
「舞踏会に行ったわ。貴方達じゃダメなんだって!」

お姉様達は綺麗だから、町には何人かファンがいる
彼らに話しかけられて私は茶化して返した

最後に野菜を買って帰ろうと歩いていると、1つの馬車が停まっていた
傍を歩くと従者の人々の会話が聞こえる
馬が言うことを聞かず、歩くのを嫌がっているらしい

少し離れた位置でその様子を見る
従者が無理に引いても歩き出そうとしない
もしかして、どこか痛めてるんじゃないだろうか

「すみません…少し良いですか?」

買い物籠を置いて馬に触る
体温が上がっている。じっくり見ていくと脚の内側に腫れがあった
此処まで来る途中の森は道が整備されていないから、そこで痛めたのかもしれない
近くの家から水を貰ってゆっくりとその部分にかけていく

「こんなとこに腫れがあったのか…」
「馬は隠しますから。10分ほどこうして流水で冷やしてください。えっと…城に向かわれるのですか?」
「いかにも。招待状を授かっておりますので」

えらく高そうな馬車と思ったけど、他国の王子様だったとは
対処法とできるなら帰りは別の馬か馬車を使うことを、差し出がましいとは思いつつ告げた
それから買い物を終えて家に着く頃には日はすっかり暮れていた
お義母様はまだお喋りに出かけていて帰ってきていない

「よかった、夕飯急いで作らなきゃ」

支度をしていると時計が8時を知らせる
パーティは7時からと聞いていたから、今頃頑張っている最中なんだろう
上手くできたクリームシチューと一緒にお義母様の帰りを待つ
扉がノックされて迎えに出た

「お帰りなさ…あ、いらっしゃいませ」
「セレーナ夕飯は?」
「用意しております」
「そう。出してちょうだい」

お義母様は見知らぬ男性を連れて帰ってきた
旦那様、お義父様が滅多に帰ってこないとはいえ、如何なものか
出すぎた発言は良くないので口を噤んで夕飯をテーブルに並べる

食事が始まるとすぐ2人の世界になってしまった
けれど、時折男性は私を見る
今までの格好ならいざ知らず、小奇麗にした今はマシだと思うのだけど
お義母様が席を外された時その人は私に向かって話し出した

「私は別に彼女と話したくて来たわけではないのだよ」
「は、はあ…」
「彼女があまりにも娘を卑下するから、どれほど酷いのか見に来たのだが…いやこれは悪くない」

私を見る目に悪寒が走る
お客様なのだから、失礼を働いてはいけないと分かっていたのに、手を握られた瞬間悲鳴を上げてしまった
その声にお義母様が帰ってきて憤慨する

「何をしているのセレーナ!」
「す、すみません…!」
「卑しい子だね、突然着飾りだして当てつけかい!」

お義母様が投げたシチューの皿が私に当たる
傍にあった鏡に映ったのは、シチューと血に塗れた醜い姿だった

綺麗になる努力をしても、褒めてもらえなかった

悲しくなって私は家を飛び出た
靴も履かずに汚れも拭かずに
街灯しかない静かな街並みをひたすら走った

「お母様…お父様…」

疲れてきてしゃがみ込むと泣いてしまった
2人が事故で亡くなって以来、泣かなかったのに
自分を不幸だと思いたくなかった
両親が居なくても、褒めてもらえずとも、住む場所や食べる物があることはとても幸せなことだから

多くを望んでしまうことは醜いことだから

雨まで降り出してきて惨めだった
ざあざあと流れる雨は心に積もるばかり
蹲っていると隙間から裸足が見えた

この国の王子が政治に携わるようになってからは見かけなくなった、物乞いのような服を着た男性がいた
身形の汚い彼と髪に玉ねぎをつけたまま雨に打たれる私を、傘を差した人が怪訝そうに通り過ぎる

「何か…?」

彼は答えずに私の前髪に触れた
額には皿がぶつかった時できた切り傷がある
血は雨で流されたけど、手当てをしていないそこはまだ痛む
ついでにそこはまだシチューでべたついているから、触ると汚れてしまう
案の定離した彼の手には微かな血と玉ねぎが付いた

「あっ、ごめんなさい…汚してしまって」

濡れていて申し訳なかったけど、まだ綺麗なスカートの裾でその手を拭った
大きな手。屈んでいても背丈があることに気付く
髪は街灯の光で、どうにか赤色だと認識できた
この国では見たことがない

「…俺が、嫌じゃないのか」

低い声が不思議そうに尋ねる
物乞いに触れることがだろうか
質問の真意が分からず、首を傾げた

「シチュー塗れの私に触った貴方のほうが、不思議です」
「そうか…?」
「普通はああして通り過ぎます」

このやり取りに巻き込まれたくないからか、反対側の道路を人は歩く
彼はそれを見てから改めて私を見る

「…お前も、普通じゃ…ないな」
「えっ…そうかもしれませんね」

私は笑う。すると彼も小さく笑った
小降りになってきた雨の中、1台の馬車が停まった
その馬車を操っていたのは先程の従者だった

「また貴方は逃げ出されて!城にお戻りください」
「ああ…」

従者の人は物乞いの男性に話しかける
訳が分からないとうろたえる私に、従者の人が気付いた

「先程の――本当に有難うございました」
「いえ、あの…この人は」
「私の上司、隣国の王子に当たりますマスルール様でございます」

呼吸が止まった
どう見ても服装は物乞いにしか見えない
状況が飲み込めない私を余所に、従者は鼻高々と語りだす

「大変腕の立つ方でしてこの国の王子とも親交が深く、政務に少し疎いのが問題ではありますが、国民と同じ目線で物事を見れるのでそれはもうお慕いされていまして。ああでもこうして脱走されて物乞いのような服を着て、町を徘徊されるのは本当に止めていただきたいのですが…」
「連れて帰る」
「そうそう。このように徘徊したと思うと色んな物をお持ち帰りにな――― え?」

手を取られ立ち上がらされる
ふらつく足元を支えるように肩に手が回された

「王子!確かに花嫁を探して来させろと王から仰せつかりましたが、いやなにも…」
「…興味ない」

一言だけ告げると従者の人は頭を垂れる
私の手を壊れ物を扱うかのように繋いだ

「俺が今興味あるのは、お前が…着飾った姿だから…」

肩に回されていた手が前髪にいく
露わになった額の傷に、唇が触れた

この人なら褒めてくれるのだろうか
頑張れば頑張った分だけ、喜んでくれるだろうか
そして何よりも欲しかった言葉を投げかけてくれるだろうか

言葉で語らずとも行動の端々から滲み出るそれは、私が何よりも欲したモノだった

「…国に、来てほしい」
「喜んで…!」



お父様、お母様
私はまたあの言葉と共に生きています
2人が毎日言ってくれた、愛してるの言葉と共に




Cinderella
(みすぼらしく着飾った2人の身の上話)




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