昼寝をしていたの。お姉様の話は退屈だったから
そしたら白い髪に白いウサギの耳が生えた男性が、時計を見ながら走っていくのが見えたのよ
お姉様は気付いていなかったけど、私にはちゃんとそれが見えたから追いかけたの

見失ったと思ったら木の根っこに躓いて穴に落ちて
その穴はどこまでも深くて、そのくせ着地に痛みはなかったわ
部屋には小さい扉とクッキーとドリンクがあって
食べたり飲んだりして、どうにかその扉を潜り抜けたの

「わあ…!」

今までお姉様が読んでくれたどの本よりも素晴らしい世界が広がってた

「素敵、素敵!」

ドリンクを少し溢してしまってお気に入りの服が汚れたけど
そんなこと忘れるぐらい私ははしゃぎ回った
広い空間で話し声が聞こえて近寄ると、鳥の翼を生やした生真面目そうな男性がそこには居たの
何故生真面目と思ったかなんて聞かないで
前髪を斜めに切り揃えている人は、初めて見たからそう思っただけ

「ああ、アリスか。君が溢したおかげで私達はびしょ濡れだ」
「アリス?私の名前はそんなんじゃないわ」
「びしょ濡れ!」「びしょ濡れ!」

私の言葉を遮って、足元でねずみやアヒル達が濡れてしまったと訴える
中央にいる片目の男性もよく見れば確かに濡れている
溢しただけでこんなに濡れるなんて思わなかったけど、素直に謝った

「ごめんなさい、どうすれば良いかしら」
「乾かない」「乾かない」
「ふむ…ではレースをしよう。この岩を中心に走れば乾くだろう」
「賛成!」「賛成!」

何故か私も巻き込んで、ずっとぐるぐる回るレースが始まった
私はそんなに濡れていないけれど、彼らが乾くまで走り続ける
数分経っておしまいの声が聞こえた

「景品は?」「景品は?」
「アリスがくれるだろう」
「私が?ええと…」

ポケットの中にはキャンディーしかなかった
ねずみやアヒルが食べるか分からないけど、1つずつ上げていく
勿論、この男性にも

「君には景品がないのか?」
「え、そうね…キャンディーはもうないし」
「ならば一枚差し上げよう」

綺麗な翼から羽を一枚譲り受ける
ポケットにしまって彼らにお別れを言って、森を突き進む



「アリスおねいさん」

木の上から声がする
見上げると猫耳と尻尾の生えた男の子がいたの
またその名で呼ぶのね
否定しようと視線を合わせたらぱっと姿は消えて、突然目の前に現れた

「どこへ行くんだい?」
「分からないわ。兎耳の人を追いかけてきたの」
「そうなんだ。じゃあお茶をして行こうよ!」

男の子に手を引かれて森を歩く
芳しい紅茶の香りがして、その先には長いテーブルと椅子が沢山
テーブルの上には紅茶ポッドやケーキ、クッキーがずらり

「やあ帽子屋さん!遊びにきたよ」
「おう、好きなだけ飲んでいきな」
「帽子を被っていない帽子屋だなんて、ナンセンスだわ。私の帽子の方が素敵で立派ね」

帽子屋と呼ばれた銀髪の男性は、確かに帽子を被っていなかった
それを傍に居た、此方は黒い魔女みたいな帽子を被った女性に馬鹿にされる
彼女の帽子の隙間からは、兎のような耳が見えた

言い合いから、2人は取っ組み合いの喧嘩を始めてしまった

「ヤマネちゃん、起きないの?」
「んー…わっ、また喧嘩してるの?ふふ、仲が良いねぇ」
「「どこが!!」」
「落ち着いてくれよ。折角アリスおねいさんが来てくれたんだから」

また、アリス。私の名前はそれじゃあないのに
否定しようとする私の前に、紅茶が注がれた
頂きたいけれど手を洗わなきゃ
向こうに洗い場があると指差されて向かう

「あら…?」

追いかけてきた白兎の男性が、誰かと話している
気になって近寄ると、物音に気付いたのか白兎の男性は走り去ってしまった
ちょっと小枝を踏んだだけなのに、耳がいいのね

「…おい」
「きゃっ!」

背後から話しかけられてビックリした
振り向くと大きな赤い髪の男性
武器を持っているから兵士なのかしら
眺めていると、顔が近づいてきた

「…もしかして」
「私はアリスじゃないわ!」

ようやく否定できた。満足げに笑うと首を傾げられた

「アリスじゃないのに、居るのか…?」
「兎を追いかけてきただけよ。私の名前はセレーナ。アリスさんは知らないわ」
「…そうか」

それまで無表情だった彼が、私の言葉を聞いて不敵に笑った
真っ直ぐ見詰められて思わず照れてしまう
男性とこんなに見詰め合ったことなんて、今まで無かったんだもの

「アリスじゃないなら…城に、来い」
「お城に?」
「ああ…待ってる」

頬にキスされてしまった
こんなことお姉様にバレたら怒られるのに、頬が緩んで仕方ない
彼はあの猫の男の子が私を呼ぶ声を聞くなり去ってしまった

「迷ってたの?」
「え、ええ…ねえ僕」
「僕はチェシャ猫だよ。なんだいアリスおねいさん」

耳と尻尾はあるけれど猫にはあまり見えなくて、つい笑ってしまう
紅茶を飲みながらお城はどこにあるのか訪ねた
途端、皆の動きが凍った

「アリス…あの城に行くのか」
「止めなさい、あそこは獣よ。獣城よ。此処で私と一緒にお茶会していましょう?」
「約束をしたの。だから行かなきゃいけないの」

懸命に引き止める彼らから、どうにかお城の場所を聞き出した
チェシャ猫の男の子はいつの間にか消えていた
1人で森を抜け大きなお城へと辿り着く



門の前にはあの白兎の男性が立っていた
彼は私を見るなり、大喜びした

「助かりましたよアリス!貴女をお待ちしていたんです」
「待っていてくれたのは嬉しいけど、私は「さあ王がお待ちかねです!」

また話の途中で切られてしまう
背中を押されて着いた先は、とても大きな広間だった
階段の上には玉座があって、そこには紫髪の男性が豪華な王冠達と共に座っている

「よく来たなアリス!さあ結婚式を始めるぞー」
「待って、話が分からないわ。それに私は…っ」

アリスじゃないの!そう叫ぼうとした瞬間、私の体が浮き上がった
背中と膝の裏に手を回されて、そう、お姫様抱っこされていたの
驚いて見上げると先程の赤い髪の男性が私を抱えていた
びっくりしたのは私だけじゃなく、王様もそうだったみたい

「こら!いくらお前でもそれはダメだぞ、それは!」
「王…彼女はアリスじゃ、ありません」
「そうよ、私はそんな名前じゃないわ!私の名前はセレーナよ!」

声高らかに自分の名前を叫び上げる
刹那、ガラガラと崩れ去る音が聞こえた
何が起きているの。周りがどんどん黒くなっていく

「夢の、終わり…なんで」
「どういうこと…?」

時が停まったような状態で、私と彼だけが動いている
私を抱いたまま崩れていく中を歩いていく
辛うじて残っていた扉の向こうに、私は降ろされた

「アリスが来ないなら…また、初めから」
「私は…貴方はどうなるの?」
「…セレーナは目覚めるだけ。俺は…」

蝕んでいく黒は彼の体をも巻き込んで
泣き叫びながら必死に手を伸ばしたけど、その手は掴まれることなく消えていった



「これで話はおしまい。どうかしらセレーナ」
「…悲しいわ、とっても」
「ハッピーエンドだったのに?アリスは目覚めて帰ってきたのよ?」

鈍感なお姉様は私が寝ていたことにも気付かないのね
不思議の国のアリスは、どうしてそんな夢を見たのかしら
近しい夢を見た私は、ただただ悲しいだけだったわ

「お嬢様準備の方整いました」
「ええ。セレーナ、パーティが始まるわ。今日は王様もいらしてるのよ」
「後で向かいます。服を汚してしまったから」

興味ないわ。そんなことには
触れていないはずなのに残る感触が、頬を伝う涙に掻き消されてしまいそう
ただただ走ってみても白兎はどこにも見つからない
あの人だって、もう、どこにも居ないの

「いた…っ!」

庭先をがむしゃらに走っていたら人とぶつかってしまった
いけない、今日はパーティだからお客様かもしれないのに
謝ろうとした私は目を見張った

「貴方、は…」

不思議な話よりも、もっともっと不思議だなんて
目を見張ったのが私だけじゃなく貴方もなんて、誰が信じるかしら
ふわり、とポケットから羽が舞い上がった



Alice's Adventures in Wonderland
(夢から覚めた兵士と少女の逃避行話)




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