花を1輪頭に添えられて、私は瞳をゆっくり上げた
その掌は私に触れることなく定位置に戻る

彼が持ってくる花は決まっていて
濃いピンクのさほど大きくないもの
花弁の先が僅かに内側に丸まって、まるで私のように縮こまっている

私はスカートの裾を摘まんで礼をする
踵を返して、今度は別の男性へ

舞台袖へ戻る頃には頭は花でいっぱい
今日は誰が一番多かったか、皆揃って数えだす

「やっぱりセレーナが1番?」
「さあ、どうだろう」
「常連客がよくつくし、やっぱそうじゃない?」

自分で頭から外したのは、彼がくれたあの1輪だけ
私達は踊り子。花を纏い花に塗れる、旅一座の踊り子
今は招き呼ばれたこのシンドリアで踊ってる

お客は気に入った出演者に花を贈る
その多さで受け取る金額に差が出る

「はい、おめでとう」
「ありがとう」

花の数が1番多かった私は、他の人より少しだけ給料が多い
全て頭から外してもらって軽くなる
気を抜くと、眩暈がした

「大丈夫!?」
「…ごめん、奥で休む」
「付き添おうか」

平気、と返して壁伝いに部屋へ向かう
私は身体が強くない
元々は奴隷で12歳まで碌な物を食べずに過ごした所為か、舞台に出れるのは2日に1度
だから多く給料を貰ってもあまり意味は無い

ベッドに腰掛けて溜息を吐く
ふと、手にあの花があるのに気付いた
他の国では見ない花。ずっと彼が持ってくる花

「可愛い」

ちゅっと花に口付ける
多分偉い方だと思うその人は、この国に来てから私が出る度に観に来てくれる
私が彼を鮮明に覚えているのは風貌や花の所為だけじゃない

普通は花を贈ったあと、握手を求められる
積極的な人は抱き付いてきたりもする
だけど、彼だけは何もしない

花を頭に飾ってくれるだけ
その大きな掌は、いつも背中に隠される

「次も会えるかな…」

横になると瞼が重い
まどろむ意識の中、花が笑った気がした





「お休み?」
「そ。団長が熱出したから今日は休演」
「そっか」

私の体調は珍しく万全なのに
世の中上手く行かないなと思いつつ、お休みならばと外へ出た
昼に起きて夕方まで稽古して夜は踊って
そんな生活をしていたからちゃんと街へ出たのは初めて

貿易が盛んと聞いていたから市場に行ってみる
今まで見たどの国より、盛り上がっていた
あれもこれもと目移りしながら進んで行く

すると終点まで来てしまった
露店の途切れた向こうには、聳え立つ宮殿
何気なく門の近くまで行く

「――あっ」

門兵さんに怪しまれながらも見ていると、彼の姿を見つけた
夜でも目立つ赤い髪を太陽の光で存分に照らしながら

私が声を上げれば彼も此方を見て会釈をした
裾を持って礼をしたら隣に居た褐色肌の男性が、彼の背を押した
渋々、といった表情で私のもとにやって来る

「…こんにちは」
「昼間にお会いするのは初めてですね」

舞台に居る時は何も思わなかったけど
とても大きくて、なんだか強そうだ

お仕事中だったのだろうか
いつも見る服とは違って、鎧に剣を帯びている

「今日は休みですか…?」
「休演日です。いつもお越しいただきありがとうございます」
「はあ」

お礼を述べると何かが背中に隠された
気になって回り込んでみる
向こうの方が速くて、ばっと身体の向きを変えられた

「わっ」

あまりに速かったものだから
驚いて身を竦めた時、足がよろけて前に倒れる
咄嗟に彼が腕を出して支えてくれた

「あ…」

ばつが悪そうな顔をされる
私の腕2本分ぐらいありそうな彼の腕

こうやって誰かに触れられると、自分の身体の異常なまでの細さが浮かび上がって恥ずかしくなる
同時に奴隷時代のことも思い出してしまう

さっきの顔はバレてしまったのかな
骨と皮だけのような身体、奴隷か貧困街の人間かのどちらかで
どちらも普通の人は触れるのを拒むモノだから

私が足を直したのを確認してから腕が離れる
もう一度お礼を言いたかったけど、彼はそれより早く頭を下げて行ってしまった

ずきん、と胸が痛む

遠くに消えて行く彼の背中
隣には褐色肌の男性がいて笑いかけている
市場の人達も皆、彼らに向かって笑顔で話して

「いいな…」

主人のもとから逃げ出して旅一座に拾われて
それでも奴隷という身分意識からは逃げられず
今でも時折夢を見る

奴隷の私が今の私を罵る夢を
貴女なんて、誰も心の底から愛してなんてくれないと

「――帰ろう」

視界から色が消えて私はとぼとぼ帰路に着く
胸騒ぎは案の定当たって
翌日の公演に、彼は初めて姿を見せなかった

「居なかったねいつもの人」
「…うん」

頭の花を外しながら言われる
なんだろう、この喪失感は。ぽっかり穴が開いたみたい

「花、どれか持って帰る?」
「ううん要らない」

だっていつもの花は無いから
部屋に戻ると前貰った花が枯れたままベッドに横たわっていた
急に哀しくなって、その花を手に取る



奴隷は嫌いですか?
人間として見られませんか?

親兄弟の顔は知りません
物心ついた時にはもう、私の足には枷がありました
外れた今でも心に鎖は付いていて
その先には重い重い暗闇が待っています

今まで必死にそれを隠して踊ってきました
踊れば誰かが喜んでくれたので
誰でも良かった。そう、喜んでくれるなら

なのに今はどうしてか
貴方に見てほしいんです
喜ぶのは貴方だけでいいと思うんです



「私、好き、なんだ…」

声に出すと気持ちはどんどん膨らんでいって
抑えきれなくなったモノが涙となって頬を伝う

きっと、叶わない

気付かなければ良かったのかな
でも、もう気付いてしまった
私は枯れてしまったその花に口付ける

もう届きませんか?
それでも、私は





『さあ今宵もお魅せ致しましょう
花に劣らぬ華の舞を、どうぞご存分に!』

合図と共に袖から踊り出る
客席の方は見ない
だけど、居るって思いながら舞う

拍手と光の中ゆっくりと顔を上げた
私の名前を呼ぶ人のもとへ、順番に花を受け取りに行く

「―――…だめ、かな」

いつもの控えめの声が聞こえなくて
私は小さく言葉を洩らした
最後の1人から花を貰い、舞台袖に捌けようと背を向ける


微かに、でも確かに私の名前が呼ばれた


「はい…!」
「…」

振り向けば人に紛れて彼が居た
その手には、あの可愛らしい花が咲いている
空いている場所にその花が挿し込まれた

ゆっくり視線を上げる
彼と目が合う
私は微笑んで自分の衣装から花を1輪抜き取った

6cmほどの大きなオレンジ色の花
背中に回された腕をとって、私から彼に込めた想いと共にそれをその大きな掌に乗せた
スカートの裾を摘まんで礼をして
私は駆け足で奥へと戻っていく

互いの花の意味を知るのは、恋の花が咲き誇った後のこと





Lychnis coronaria
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