「アハラン ワ サハラン!」
「…わお」

此処最近流行りの居酒屋があるっていうから友達と2人来てみたら
出迎えの白髪のお兄さんがイケメンすぎて思わず呟いた
緑の被り物とかゆったりした衣装とか可愛いな
でもなんかスカートみたい

「2名様ですか?」
「あ、はい」
「それでは此方にご記名いただけますか」

何か帳簿みたいなのに私と友人の名前を書かされる
それをお兄さんが見て微笑み、私の名前を呼んだ

「それではセレーナ様、貴女のシンドリア入国を我々一同歓迎致します。ナルジュー ラクム イカーマタン サイーダ!」
「ナルジュー ラクム イカーマタン サイーダ!」

お兄さんがそう言うと近くを通った店員さんも復唱した
うわ、褐色肌とか初めて見た!あの人もかっこいいな
暗いから気をつけてと奥の方へ案内される
南国っていうかアラビアっていうか、合体した不思議な感じ

「部屋は此方になります。使いの者をすぐに寄越しますので」

柔和な笑みを携えてお兄さんはどっかへ行った
案内係とかそういうのだろうか
ともかく友人と2人向かい合って個室の席に座る

「さっきの褐色肌の人めっちゃかっこいい…」

開口一番、友人がうっとりとしながら言う
確かにこの子の好みっぽそうだったなぁ
とか思いながらメニューを見る
オリジナルカクテルにある"ファナリス"ってなんだ、気になる

「セレーナもかっこいいと思わなかった?」
「うん、イケメンイケメン。でも私もっと体格良い人が好き」
「…アンタ世の中にイケメンと筋肉兼ね備えた人はなかなか居ないって何度言ったら」
「なかなか居ないだけで少しは居るでしょう!」

バン!とメニューを叩きつける
私だって世の中の流行りにのって、細身マッチョイケメンが好みだったらどれだけよかったか!
私はあんなの筋肉と認めないからな
でも確かに筋肉めちゃくちゃある人って顔が…いや、人のこと言えないんだけどさ

「すみません…失礼します」
「――居た」
「うそ、居た」

ぎゃあぎゃあ言い合ってたら店員さんが来た
その瞬間私達は固まった
だってさ、髪の毛赤くて目元メイクかなんかしてて…そこにも驚くけど、イケメンでかなりよい筋肉ですよ

ストライクゾーンにデッドボール喰らった気分だ

「飲み物何にしますか?」
「…お兄さんが作ったやつなら何でも飲む」
「セレーナしっかりして!すみません、ええとオススメありますか?」
「はあ…これとか、俺が考えましたけど」
「それ10杯で」
「1つでいいです。あ、銀髪に褐色肌の人が考えたやつとかないですか!?」

お、一瞬イケメンが顔歪めた
しばらく考えて一言残して去っていく
帰ってきたと思ったらあの褐色肌のお兄さんを連れてきた

「先輩の考えたのってどれでしたっけ…?」
「おま、いい加減覚えろよ!俺がめちゃくちゃ必死に考えたやつだぞ」
「それください!是非!10杯!」
「あ、1つでいいです」

貴女私にしっかりしてとか言えた立場じゃないだろう
友人の言葉に銀髪のお兄さんは目を輝かせて、どうもー!と笑顔で礼を言った
うーん、やっぱイケメンだけどこっちの方がいいな
と、赤い髪の店員さんを見るとぱっと目が合った

「…ファナリス1つとエリオハプト1つで間違いないですか」
「はいっ!」
「それじゃ、失礼します…」
「失礼します」

店員さんは談笑、というか褐色肌のお兄さんが一方的に赤髪の人に話しながら行ってしまった
あー…背中いい。凄くいい
しかし2人して適当に中身も見ずに頼んだが大丈夫だったかな
今になって怖くなってきたんだけど

「失礼します…」

赤髪の方がドリンクを運んできたので心の中でガッツポーズする
さっきの不安は彼方へ飛んでいきました
私の前に置かれたのは真っ赤な飲み物
あ、お兄さんの髪の色に似てる

「聞きそびれたんですけど、中身何ですか?」
「ベースは葡萄酒で、あとはまあ…カシスとか諸々」

実に適当な中身ではあるが葡萄酒なら問題ない
幸いにも私は好きだし
友人も自分のドリンクの中身を聞いたけど、さっきと同じく微塵たりとも覚えてないって顔をした

まあ悪い物は入ってないだろう
と友人を納得させて料理をいくつか頼んで適当に話をする
ちなみにコイツ、あの銀髪のお兄さんかっこいいと喚いているが彼氏がいる
私はもちろん独り身です

「イヴ本当に楽しみだなー」
「聖なる夜が血に染まる瞬間が?あ、このドリンク的な」
「違うから。アンタだって別れなきゃ…」
「だって筋肉が脂肪に変わってたんだもん。興味ない」
「清々しいほどにまで筋肉しか見てないな」

ちゃんと顔も性格も見てますよ
イラッときたのでラストだった唐揚げを摘む
クリスマスイヴはバイトに専念しようと思ってたのに、何の嫌がらせか休みだし、家に居ても両親に哀れみの目を向けられるだけだし
友達はコイツみたく皆彼氏持ちで相手なんてしてくれないだろうし

「…呪ってやる」
「やめて。あ、トイレ行ってくる」

携帯を持って友人が席を立つ
やだやだ、現代っ子って。とはいえ少し羨ましい
私の携帯はメルマガしか来ないから今だって部屋の隅に放り投げてる
大袈裟な程に溜息を吐いて天井を見上げた

「あー…赤髪のお兄さん結婚してくれないかなー」
「はあ、いくつですか」
「私は20越え…っ!?」

出入り口のほうに顔を向けるとお兄さんが鍋持ってる
そうだった、鍋時間かかります的なこと言ってたな
凄い油断してた上に変なこと聞かれて気まずい

「鍋、熱くなってますんで」
「…はい、どうも」
「―――水要りますか」

恥ずかしくて俯きがちに答えたのに、お兄さんが突然そんなこと言うから思わず顔を上げてしまった
ついでに「へっ?」なんて間抜けな声も出して

「顔…赤いんで、酔ってるのかと」
「あっこれはちが…っ」
「違うんスか」
「…っ、や、やっぱりお水ください」

掘りごたつだったら全力で下に潜り込んでる
残念ながら平らな床が邪魔をしてくるけど
そんなやり取りがあったとは知らない友人が笑顔で帰ってきて
…多分彼氏から連絡あったな、畜生

お水を他の店員さんが持ってきてくれて鍋を食べた
なんか水異常に美味しいな
持ってきたお姉さんが美人で、なんか人魚っぽいイメージあったからかな

「あー…帰ろうか」
「そうだね。―――あっ凄い何アレ!」

部屋を出て会計場所に向かおうとしてたら、別の部屋に向かう店員さんの姿
これがまたイケメンなんだけど片手に大量の花束を抱えてる
紫の長い髪の毛を揺らしながら歩く姿とか堂々としてるなあ

「お帰りですか?お気をつけてお嬢さん」

私達を見て店員さんは笑って手を振った
もうお嬢さんって歳でもないんだけどね
その人が入っていった部屋から黄色い声と誕生日〜って聞こえたから、バースディイベントか何かなんだろう

「セレーナの誕生日此処でしてあげようか」
「いいよ別に」
「あ、彼氏と祝うかー」
「…すみませんお会計」

最初に案内してくれた白髪のお兄さんがお会計をしてくれた
余計なことばっか言ってくれたので、友人に少し多めに払わせる

「シュクラン、ワ アルジュー ズィヤーラタナー マッラタン ウフラー!」

お兄さんはまた綺麗な笑みでそう言った
何処の国の言葉かさっぱり分からないんだけど、何となくお兄さんと同じように両手を胸の前で組んでみせてから店を出た

「じゃあセレーナ悪いけど…」
「はいはい、デート楽しんできてね」
「今度カラオケ行こうねー。ばいばーい」

元々そういう約束だったし仕方ないとはいえ寂しいな
寒空の下1人で歩き出すとキャッチが酷い
居酒屋から出てきたのに居酒屋に誘うな
ホストも行きません。筋肉無いし

「カラオケとかお姉さんどうですか?」
「いや、1人なんで」
「可愛いね。大学生?」
「学生だから金ないんで」

スルーしてけばいいんだけど進路を塞いでくるから厄介なことこの上ない
仕方ないから携帯で誰かと通話してるフリしながら帰ろう
そう思って私が鞄に手を伸ばしたのと、後ろに強く引っ張られたのは同時だった

「うわ…っ」

ブーツのヒールによろめいて、どん!と後ろに居た人にぶつかる
…ぶつかったと思ったらしっかり片手で支えられてる

「あの…」
「あっ、さっきの」
「忘れ物あったんで」

私を支える腕と逆の手に持ってあるのは、ストラップが1つしか付いてない可哀想な私の携帯
部屋の隅に放り投げたまま置いてきてたのか!
慌てて体勢を立て直して受けとる

「有難う御座います…!」
「いえ…。…駅まで送ります」
「え」
「キャッチ酷そうだったんで」

確かにこうして今話している分には誰も寄ってこない
お兄さんの格好がどう見ても普通じゃない、明らかどこかの店の衣装だし
駅まで大体徒歩5分
さっきの発言が死ぬほど恥ずかしいけど有難く厚意は受けとるべき

本音はもう少し体見ときたいです
部屋の前通る時に、二の腕とか諸々ガン見したのは私です、すみません

「あ、ドリンク美味しかったです」
「…どうも」
「次もアレ頼みますね」
「…」

じっと私の顔を見る
口数少なそうな顔してるから、こういった行動も別に気にはならない
気にはならないけど恥ずかしいことに変わりはない

全然キャッチが来なくて駅までスムーズに着いた
もう一度お礼を言って頭を下げると、少し首を傾けて私をまた見る

「酔い、醒めたみたいっすね」
「え…」
「それじゃ。…良ければイヴ、来てください。俺普段は厨房なんで、カウンターしか話せないんで」

両手を腕の前で組んでそう言って
私のあらゆる物吹っ飛ばしときながら帰ってしまった
呆然と佇む私の手の中にある携帯が鳴り響く

『セレーナちゃんと帰ってる?イヴ良ければご飯とか食べに行く?彼も良いって言うしさ』
なんてメールに私はぽちぽちと返事をする
送信成功の文字が見えれば、すぐにサイレントモードに切り替えた


どうしよう、独りじゃないかも








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