正直者の鏡が私なんて答えるから
私は今こうして殺されそうになっている
冷たい瞳と血のように赤い髪を持った男に見下されて

「…お母様に命じられたの」
「…」

木陰で本を読んでいたら彼が来た
いつもお母様の傍にいる、従者であり猟師である人
話したことは一度も無かったけど城の中で何度も見てた

私知ってるんだ
お母様が私を殺す本当の理由を

「本望、かな。私を殺したら庭の隅に埋めて、上に花の種を蒔いてね。春も夏も秋も咲かして冬だけは咲かしてあげない。白い雪に赤い炎、黒い夜が訪れる冬なんて大嫌いだから」

彼は決して答えない
きっと口を利くなと言われてるんだ
その手に携えている立派な斧で、私を真っ二つにするんでしょう?

「もう少し待ってね。せめてこの本の結末ぐらいは知りたいから」

紙を捲る音だけが響いた
絵本の世界はとても素敵で
迷宮を旅したり神様みたいなものを従えたり、なんて面白い世界なんだろう
少し前に読んだ同じ年頃の女の子が、白兎を追いかけるアレも面白かったな

ぺらり、ぱらり

あと3ページで私のお話はおしまい
此処までお付き合い頂き有難う御座いました
お代の方は結構ですので、どうぞお気をつけてお帰りください

なんて心の中で遊んでみる
声に出したところで誰も笑いやしないんだから
最後の1ページを読み終わり、本を閉じたと同時に斧が空を切る音がした

「…えっ?」

はらり、ひらり

落ちたのは私の首じゃなく髪数本
斧は茂みの向こうに消えていった
彼は無言のまま奥へ行って、手を血塗れにしながら布に何かを包んで帰ってきた

「――逃げろ」

どうして、なんで
聞く事を許さない声だった
私は彼に手を引かれ、森の奥へと放り出された

殺しに来たんじゃなかったの
尋ねたくても彼はもう居ない
置き去りにされた私はただ歩き続ける
城に帰れば私だけじゃなく、彼の命だって危ないことよく知ってる

「…家だ」

とても小さな家が目前に現れる
身を屈めても私には到底入れそうにない
そこへ7人の小人がやってきた
私が家の前に居たせいで入れないと文句を言ってくる

「ごめんなさい。此処は貴方達の家なんだ」
「ええそうよ。貴女は向こうの国のお姫様ね」

何故分かったのか聞いても水色の小人は笑って教えてくれなかった
その隣に居たオレンジがかった茶色の小人が私を見て頷いた

「貴殿の事は存じ上げている。どうぞ中に入って寛いでいってほしい」
「私がこの家に入ったら壊れちゃう」
「大丈夫だって、コイツがなんとかするからさ」

銀色の小人が水色の小人を指差した
どこか馬鹿にしたようなその態度に、2人は喧嘩を始めてしまう
何とか宥めると水色の小人は杖を取り出した

「瞳を閉じて………さ、大丈夫。貴女も入れるわ」

目を開けると彼らと同じくらい小さくなっていた
見下ろしていた家も、見上げるくらい大きくなっている
家の中は簡素ながらもきちんと片付けられていた

「お姫様名前は何て言うの?」
「あ…私はセレーナと申します」
「セレーナ姫ですね。貴女様の部屋は此方にご用意してます」

金色と白色の小人に案内された先には可愛らしい部屋があった
そこはまるで城にある私の部屋のようで
驚いていると白色の小人が真剣な表情で語り出す

「宜しいですか、姫。貴女様はこれから3度命を脅かされます。ですから時が来るまでこの家から出てはいけませんし、私達以外の者に扉を開けてはいけません」
「…どうしてそれが分かるの?」
「それは内緒だよー。でもこの家に居る限りは私達が守ってあげるから安心してね!」

にこっと金色の小人が笑う
先程殺されかけた私にとって、別に生命の危機なんてどうでもよかったけれど
彼じゃない誰かに殺されることは嫌で私は素直に頷いた



部屋から見る月はとても大きくて
あそこに世界があるなら、どれだけ綺麗なんだろう

一転した生活に私はとても疲れてしまった
侍女がやってたことを全てしなくてはならないから
でもそれ以上に、彼を見ることが出来なくなったのがとても辛い

お母様はきっと気付いてた
私が彼に惹かれていることに
だから邪魔者を消そうと思ったんだ

「あんな声なんだ」

逃げろと言ったその声が忘れられない
人を殺すことが嫌だったから?どうして私を逃がしたの?
疑問だけがぐるぐる回って答えが出ないまま朝になった



「行ってきます」
「気をつけて」

小人達は毎朝どこかへ出かけていく
日が沈む少し前に帰ってくるけれど、どこに行ったか教えてはくれない
その間に私は掃除や洗濯を済ませてしまう

此処に来てから随分経ってもう手馴れたものだ
何度か腰紐売りや櫛売りが来たけれど、言いつけを守って扉を開けなかった
その事を小人達に話すと彼らはとても喜んだ
だから、今日も開けないつもりでいたのに

「林檎…?」
「ええ、そうですとも。とても赤く熟れた美味しい林檎です」
「いただきたいけれども私はお金が無いし、扉を開けてはならないと言われているから…」
「そうですか…そうだ、お嬢さん好きな相手はいませんか?」

唐突に出された質問に彼のことを思い出す
私の唇は素直に居ると紡ぎだした

「私少しばかり未来が見えましてね。この林檎のように赤い髪の方がお好きなんでしょう?」
「どうして分かるの?」
「先程その方が林檎を買ってくださいまして、お嬢さんに渡してほしいと言われたんですよ。ですからお代なんて結構ですし、林檎を隙間から受け取っていただけませんかねぇ…」

恋は盲目とはよくいったもの
私はあっさり信じて少しだけ扉を開けた
林檎が手渡されて、林檎売りは会釈をして去っていく
本当に彼のように赤い林檎

「…少しだけ食べて残りをフルーツパイに使おう」

一口だけ齧る
甘酸っぱいそれが口内に広がる

「あれ…」

全身の力が急速に抜けていく
鉛のように地面に落ちて瞼も必死に抗ったけど閉じてしまった
指一本動かせないのに意識だけははっきりしている
体は冷えていて今自分がどうなっているか分からなかった



「――セレーナ姫!」
「お姫様しっかりして!」
「まずいわ。これは…」

何時間経っただろう
小人達が私を呼ぶ声がする
だけど瞳は開かないし声をあげることもできない

「亡くなってしまったのか?」
「いいえ、将軍。これは致死性のある魔法ではありません。ですが…」
「彼女は一体どうなるんだ…?」

焦りと不安の声が飛び交う
死んではいないと懸命に思ったけど、それは届かない

「現状私の魔法では太刀打ちできません…おそらく魔法に則った行動をしない限り、解くことはできないかと」
「なんだよお前!普段何の為に魔法ばっか…!」
「やめなさい!彼女よりも出来ない私達に罵る資格などありません。…それにもっとちゃんと言い聞かせるべきだったんです。私の責任です」

白色の小人が声を震わせている
ごめんなさい。貴方は何も悪くない
ただ私が彼を想うあまり馬鹿げた行動に出てしまっただけで

冷静に思い返せば彼は私の居場所なんて知る由も無いのだから
彼から贈り物なんて届くはずもなかった
あの林檎売りはお母様が雇った新しい殺し屋だったんだ

「これからどうするの…?」
「…まずは透明の棺を用意してください。それから――」

水色の小人の言うとおりにしているのだろうか
辺りに物音や声が行き交う
棺という単語に私はとてつもなく嫌な気分になる
死んでいないのに入るなんて

どくどくと脈打つはずの音は聞こえなかった



「…セレーナ姫」

棺の中に入れられて私はいつの間にか眠っていた
上から降ってきた白色の小人の優しい声に意識が戻る
相変わらず体は微塵も動かせない
それでも白色の小人は私に話しかける
まるで私が聞いていることを分かっているように

「初めに私は貴女様に謝らなければなりません。あの忠告はこうなるための布石といえるものでした。ですからどうか私以外の者を恨まないでください」

どういうことなの、それは
とは聞けなかったし聞こうとも思わなかった
優しい声がどこか泣いているようにも聞こえたから

「…そして貴女様はこれから自分で決断をしなければなりません。そこに私達は手を貸すことはできないのです。ですが、自分を強くお持ちください。貴女様は決して1人ではありませんから」

意味は全く分からなかった
ただ、彼の声は真剣だったから私は心の中で頷いた
動かせない体に意識だけがあるというのはとても辛いもので
私は気を確かに持たせるため、必死に彼のことを考えた

お母様が連れてきた日のこと
初めて視線が合った日のこと
好きだと気付いた時の喜びと絶望

私、彼になら殺されても良いと思ってた
もし私が死ぬことで彼が助かるなら、きっと迷わず海にでも身を投げていただろう
それぐらい気持ちは大きく強くなっていた



「おお!なんて綺麗な姫なんだ!」
「――お待ちしておりました、王子様」

気付けば朝になっていたみたい
小人達の声と知らない声が会話をしている
棺が揺れて持ち上げられたんだと分かる

「では連れて帰らせてもらう」
「…ええ、お願いします」

どこへ連れて行かれるの?
不安が大きくなっていく
鼻歌交じりの王子様の声が、何故だかとても気持ち悪い

揺れはしばらくすると納まり王子様を迎える声がした
ああ、この音楽聴いたことがある
森を挟んだ向こう側の国の王子だったんだ
だけど顔は思い出せない

「はあ…確かに綺麗だけど、死体が好きだなんてな…」

私を運んでいるであろう人が呟いた
背筋がゾッとする
幾度か食事したことはあったけど、そんな人だなんて知らなかった

死んでいると思われているなら何をされるんだろう
今みたいに飾られているだけ?
それとも…好き勝手体を触られるのかな
考えただけで涙が出そうになったけど、私の体から涙が出ることはなかった

「よし、此処に彼女を置いてくれ」
「はい王子。よ…っと!?」
「何をしてるんだ!!」

背中から大きな振動が伝わる
手を滑らせて棺を落としたのかな
強く背中を打った瞬間、私の瞳はぱっちりと開いた

「ひ…!王子、姫が…っ!?」
「なんだと…っ」

体も自由に動かせるようになっている
棺の蓋は少し押しただけで簡単に開いた
起き上がって息を吸い込む

「…あれ?」

どうしてかは分からないけど助かったことにお礼を言おうと王子を見た
その時くらりと世界が歪んだ
私の瞳はぼんやりとしたまま言葉だけが勝手に出て行く

「まあ王子様、私を助けてくださったのは貴方様ですか。何とお礼申し上げたら良いか…」
「い、いや…たいしたことはしていないさ」
「いいえ。どうか私に出来ることがあれば何だって仰ってください」
「何でも…?」
「ええ、何でも」

確かにお礼は述べたかったけどそんなこと言うつもりじゃなかった
私の思考とは裏腹に言葉はどんどん投げられていく
何でもという単語に王子が意地悪く笑った

「ならこれを飲んでくれないか?」
「王子!それは…!」
「うるさいっ!何でもと言ったのは貴女だ。さあ、ほんの少しでいいから」

突きつけられた瓶には薬が大量に入っている
睡眠薬?毒薬?どちらにしても良い物じゃないのは確か

私をもう一度死なせようというの
そして私を自分の物にしようというの
そんなの嫌。私は私のものであり、捧げるとしたら―――

喜んで頷こうとした私の頬を、私は自分でひっぱたいた

「っ、お断りいたします!貴方は本当に自分のことしか考えていないのね!私の気持ちは貴方になんか渡さない。彼以外を愛するなんて死んだってごめんだわ!」
「この…っだから生身の女は嫌なんだ!死んでいればまだ可愛いものを!!」

王子が私の首を絞める
やだ、こんな所でこんな人に殺されたくない
私はまだ生きていたい、死にたくない!

「手を離せ」

遠くなる意識の中確かにその声がした
何かが空を切った音と壁に打ち付けられた音、そして悲鳴
急に流れ込んできた空気に噎せ返っていると体が宙に浮いた

「…遅くなってすまなかった」
「ぁ…なぜ…?」

私を抱きしめていたのは紛れもなく彼だった
その姿はあの時と同じ、猟師のような格好だったけど手に斧は無く、冷たい瞳はとても温かい物に変わっていた
彼は腰を抜かしている従者に低い声で言い放つ

「互いに知られたくないことはあるだろう。…言いたいことは分かるな」
「は、はい!」

従者の人は何も悪くないのに
少し可哀想に思っていると数時間前に聞いた声が響き渡る

「良かった目覚めましたか!」
「あーん、良かったよーお姫様ー!」
「本当に私未熟だわ…っ!」

小人達がわらわらと近寄って…小人?
彼らの姿は私と同じぐらい、いやそれ以上になっていた
私を抱える彼よりも大きい者も何人かいる
ぽかんとする私に小人、元小人達は微笑んだ

「俺達はそいつに頼まれて姫様を守ってたんだ」
「貴女がお母様に呪いをかけられることを知っていたのは、彼から聞いたからなのよ」
「最後のものだけはどうしても避けられないといいますか…誰かさんたっての希望でしたからね」
「マスルールくんね、お姫様が自分を選んでくれるか知りたかったんだって!」
「…うるさいっス」

驚いて彼を見ると顔を逸らされてしまった
どうして、なんで、何故という疑問がぐるぐる回って
私は思わず抱きついた

「自惚れても、いいのかな」
「…セレーナ姫様」
「やだ。セレーナがいい。…マスルール」

小さな我侭に小さな微笑を返してくれた
優しい微笑みは白い翼の天使のようで
赤く染まった頬はまるで林檎のようで
艶を含んだ声は黒烏の濡羽色のようで

いつか王子様がなんて歌う姫は雪解けのように消えていった




Snow White
(白く黒く赤い2人の思い出話)





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