ヘンゼルとグレーテルは魔女の住むお菓子の家に辿り着きました
物語では2人は捨てられてしまったからです
けれど本当は?本当は、あの家に居たら売られてしまうから

血の繋がらない子供を
希少価値のある子供を
義理の両親は大金を手に入れるために

だから2人で手を取り逃げ回った
強靭な肉体と互いの存在だけが頼りだった



「おはよう、マスルール、モルジアナ。ご飯にしましょう?」
「…」
「…おはようございます。手伝います」

良い匂いがして待っていると彼女がやって来る
森で寝泊りしていたところを拾われてから、何ヶ月が過ぎた
モルジアナが手伝っているのをぼんやり眺める

正直、いまだに困惑している
拾われた当初は連れ戻されるのでは、殺されるのではと警戒心を露わにしていたが今はそうでもない
だからといって軽々しく話すのも躊躇われる

「沢山食べて?少し作りすぎたから」

パンにサラダにオムレツ、ミルクと果物が入ったヨーグルトもある
口内に唾が溜まるのが分かる
焼き立てのパンを手にとって口に入れると美味くて一気に平らげそうになる
でも、食べれない。育ったら売られてしまうという脅迫概念は今も残っている
モルジアナよりも少なめに食べると、悲しそうな顔が目に入った

「食べたら遊んでいらっしゃい。でも獣に会ったらすぐ逃げてね」

まるで子供に言い聞かせているようだ
俺はもう16になるのに
…まあこの見た目じゃ、分かっていてもそうなるか

少しイラッとして食べ終えるなりすぐに出て行った
しばらくしてモルジアナが後を追ってくる
森の中に入っていって、適当な木の下で寝転ぶ

「…あの、」

モルジアナが話しかけてきた
他人行儀なのは…まあ、別に俺達は血が繋がっていないからだ
けれどセレーナさんの前では兄妹として居るようにしている
昔のことはあまりバレたくない

「なんだ…?」
「ご飯食べないんですね」
「ああ」
「美味しくないですか?」
「いや、美味い」
「…セレーナさん、悲しそうでした」

さっきの表情が浮かんで、ずきんと胸が痛んだ
毎日毎日、美味しい物を作ってくれてそれはとても有難い
けれどどうしても食べれない

「――食べずとも生きていける」
「けど…っ、…マスルールさん大きくなれません」
「別に構わない」
「それじゃあ、私達ずっと子供です」

モルジアナが何を言いたいのかは分かっている
俺ですら最近気付いた感情を、理解して聞いているのだ
女っていうのはこういうのに目敏い

一向に懐かない俺達をセレーナさんは我慢強く面倒を見てくれた
食事や掃除だけでなく、読み書きなんかも
高熱にうなされた時は一晩中看病してくれた

母親のようにモルジアナは慕うようになった
気持ちは分かる。金が絡まない優しさなんて受けたことがなかったから
でも俺は母親のように思えなかった
俺を見る瞳が優しくて、それを嬉しいと思いながらも嫌だと感じた

この感情が恋だと気付いたのは本当にごく最近のこと
気付いたところでどうしようもなくて
あの人にとって俺達は可愛い子供でしかないから
…歳は知らないが多分そこまで離れてはないと思う

「…子供でいい」
「駄目です!それじゃ守れませんよ…!?」
「モルジアナ…」

声を張り上げるモルジアナを見るのは久しぶりだった
いつもは遠慮がちに言うのに
キッと俺を睨んで捲し上げる

「私はマスルールさんにもセレーナさんにも恩があります。だから、お2人にはとても幸せになってほしいんです…!…もしセレーナさんが他の人にとられて、悲しむマスルールさんの姿は見たくないんです…」

気丈なモルジアナが眉を寄せて必死に泣かないよう努力している
それを見たら「子供のままでいい」なんて言えるはずがなかった
頭に手を置いて撫でると驚いた顔が見える

「…そうだな。この強さを守るために使わないとな…」

言い終えると妙に照れくさくなって、2人で近くの湖に向かった
変な空気を払拭するため泳ぎたかったのだが
湖には既に先客がいた

見知らぬ子供が服を着たまま泳いでいる
こっちに気付いたのか陸に上がってきた

「一緒に遊ばない?」

頷くか悩んだが、遠くで獣の声がした
子供3人いれば匂いを嗅ぎつけてやってくるかもしれない
文句を言う子供を無理矢理抱き上げて森の出口付近まで送った

「すぐに帰れ」
「ちぇっ。まあいいやコレ食べながら帰るよ。服乾かさないと怒られるし!またなー」
「…ああ」

どこかで見た果物を手に、びしょ濡れのまま子供は行った
急いで帰ってモルジアナと2人帰宅する
夕飯がすぐに並べられて、意を決して食べ進めた
一度食べ出すと止まらなくなって腹が膨れるまで食べた

「…ごちそうさまでした」
「ええ…、あっお風呂に入っておいで?」

喜びを必死に隠している表情が目に入って、嬉しくなる
モルジアナに言われて寝る前に「おやすみ」と挨拶もした
寝室のベッドに潜り込むと鼻歌が聞こえる

「良かったですね」

こっちを見てモルジアナが言う
思わず頷いてしまって、照れた
あんなに喜んでくれるならもっと早くそうすればよかった

幸せな気分も不穏な空気に持っていかれた

嫌な音や声がする
互いに顔を見合わせ、様子を見に行こうとした瞬間声が聞こえた
何を言っているのか理解するより早く扉を蹴破った

凶器を持った男達に囲まれているセレーナさんの姿
振り下ろされたそれに向かって手を伸ばす
痛みと血が流れたけれど、受け止めることができた
力を込めると凶器は砕け散った

唖然とする男にモルジアナが蹴りを喰らわす
一瞬だけ静まり返り、すぐに殺気が俺達に向けられる
セレーナさんを中心において背中合わせに立つ

案の定凶器は全て俺達に向けられた
それを薙ぎ払うように蹴りをいれる
腰を抜かしながらも、なお向けられる憎悪の視線

何を憎む?一体何を?
俺達が何かしたとでもいうのか
生まれつき少し力があっただけでどうして虐げられなきゃいけないんだ

この視線は俺やモルジアナに向けられているものではなかったけど
その先にいるセレーナさんに向けられているものだったけれど
どちらにせよ耐え難いもので、込み上げてくる怒りを全て咆哮にこめた

周囲の奴らは戦意を失ったようだが、逆にセレーナさんはハッとして駆け寄り抱きしめきた
慌てふためきながら俺達を心配して逃がそうとする
…どこから逃げるんだ。どこに行くんだ。俺達が帰ってくる場所は此処しかないのに

「出て行きたく、ないです」

本音が口から漏れた
隣でモルジアナが頷く
か細い体を逆に抱きしめる

「…守りますから」
「私達、セレーナさんの傍に居たいんです…駄目ですか…?」

モルジアナも同じことを考えていたのだろう
2人してセレーナさんを見ると、嬉しいようなでも困ったような顔をされた
彼女が答えるより先に無粋な声が響く

「っくそ、魔女が…俺の子供に変な物渡しやがったくせに…!」
「…もう一度、言え」

発散したはずの怒りがまた込み上げてきて、発した男の方へ歩いていく
自分でも驚くほど声は低く、顔は怒りを露わにしていた
脅えた顔に余計嫌気が差す
よくよく見ると、男の顔は昼間の子供によく似ていた
ああ…あの子供の父親か

「マスルールだめ…っ、昼間子供に果物をあげたのは確かだから、何かあったのなら――」
「何もない」
「う、嘘つけ!子供が高熱を出したんだぞ!」
「…本当に果物のせいか。考えろ。そうして決め付けるから、俺達がいつも苦しむんだ……此処は俺達の家だ、出て行け!!」

果物ごときで熱が出るか
大方、あの後服を着たまま乾かして風邪を引いたんだろう
それを人のせいにして何も聞かずに殺そうとするなんて
俺達の場所を奪おうとするなんて

冷静に言うつもりが耐え切れず、最後は大声で叫んだ
視界の端に映った斧を勢い良く踏むと粉々に砕け散る
それを皮切りに逃げていった奴らを見て、ようやく頭が落ち着いてきた

…途端、自分の発言や行動が恥ずかしくなる

「…マスルール」

どんな顔をして戻ればいいか分からなくて
固まったままでいると名前を呼ばれた
どきっとして肩が揺れたが、やっぱりどんな顔をして戻ればいいか、分からない

「おいで、マスルール」
「…」

2度呼ばれて俯きながら向かう
ぎゅっとモルジアナと一緒に強く抱きしめられた

「ありがとう」

礼を言われるなんて思ってもみなくて
ぽかんとしてしまった

「お礼を言うのは…私達です」

モルジアナが俺を見る
何を言うか分かって、俺は小さく頷いた
出生を明かすと今にも泣き出しそうな顔が見えた

「俺が食べなかったのは…あまり育たないようにって思って」
「そんな…、じゃあ夕飯は無理してなかった?大丈夫?」
「…」

そこを聞かれるとは思ってもいなかった
理由なんて口が裂けても言えるはずがない
セレーナさんを守るため、大きくなろうと思ったなんて
顔を逸らすとモルジアナが話を変えてくれた

「嫌われてた私達を拾ってくれて、たくさん…あ、愛してくれて、凄く嬉しくて。だからお礼を言うのは私達のほうです」

たどたどしい言葉を聞いて俺もつられてぎこちなくなる
悲しそうな顔が驚きと喜びに変わって、涙が流れた
何も言わず抱きしめられて、俺達も何も言わずに抱きしめ返した
心の中で何度も「ありがとう」とまだ言えない「愛してる」を呟いた



それからしばらくは人がやって来るようになった
子供の誤解や先走った行為の謝罪に
洗濯物を干すセレーナさんの隣で手伝っていると、突然大きな独り言が聞こえた

「ああ、分からないといえば…これも分からないよねぇ」
「…はい?何スか」

俺を見ながら言うものだから
ちょっと前まで見上げていた彼女は、だいぶ下に来るようになった
食べて寝て遊んでを繰り返すと子供は大きくなるらしい
もう子供と呼べる身長や体格ではないが

「母親ってこんな気持ちかな」
「…はあ。俺はセレーナさんを母親って思ったこと、ないですけどね」
「えっ!酷い…っ!モルジアナーっ」

家の中にいるモルジアナに向かって叫ぶ姿を見て笑ってしまう
いつか彼女が俺をちゃんと1人の男として見てくれるまで
今はまだ子供のフリをしてやってもいいか

悪魔的な考え方、という点においては悪魔の子でも間違いないかもしれない




Hansel and Gretel
(魔女と兄と妹の三者三様の愛情話)





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