ヘンゼルとグレーテルは魔女の住むお菓子の家に辿り着きました
物語では2人は捨てられてしまったからです
けれど本当は?本当は、あの家に居たら売られてしまうから

血の繋がらない子供を
希少価値のある子供を
義理の両親は大金を手に入れるために

だから2人で手を取り逃げ回った
強靭な肉体と互いの存在だけが頼りだった



「おはよう、マスルール、モルジアナ。ご飯にしましょう?」
「…」
「…おはようございます。手伝います」

パンがちょうど焼きあがったから2人を呼びに行くと、もう起きていた
この子達が森で寝ていたのを見つけてから早数ヶ月
妹のモルジアナは少しずつ口を聞いてくれるようになったけど、兄のマスルールはいまだに私とあまり会話をしてくれない

それもそうね。このご時勢に見ず知らずの子供を拾うなんてありえないもの
外は戦争ばかりで食べ物なんてろくにない
親が子供を殺したり人買いに売っている
きっと、この子達もそんな目にあってきたんだろう

「沢山食べて?少し作りすぎたから」

警戒心の強いマスルールは、お腹が空いているだろうにそれでも僅かしか食べない
最初は2人とも毒や何かを警戒してか一口も手をつけていなかった
私が目の前で食べてみせてから、ようやく食べてくれるようになったけど
まだまだ信頼関係は出来ていない

「食べたら遊んでいらっしゃい。でも獣に会ったらすぐ逃げてね」

今日もマスルールは少ししか食べてない
聞けば歳は6つも違うというのに、2人の身長差は殆どない
モルジアナが10歳ぐらいというから彼は16歳前後のはずなのに

食べ終えたらすぐに出て行く背中を見つめる
兄の態度におろおろするモルジアナの頭を撫でて、外に行くよう促した

暖炉の傍の椅子に腰を下ろして窓越しに姿を見る
森の奥にある小さな家
決してお菓子ではできていないけど、彼らが喜ぶような甘い匂いを常にさせておきたくて、私は暇さえあればお菓子を作るようになった
本を読んで寝るだけの退屈な生活から抜け出せた



私は魔女の血を引く者
ほんの僅かな魔力を使って田畑に実りをあげていたけれど、大きな何かが邪魔をして、私程度の魔力じゃ太刀打ちできなくなった
飢饉や流行病に侵された人々は、それを私の呪いだと口走る

"私を殺せば全てが戻る"

凶器を持って血眼で追いかけてくる人から逃げて、逃げて、静かに暮らせる場所を探して此処までやってきた
けど退屈がすぐに襲ってきて私は生きているのか死んでいるのか分からない日々を送っていた
そこにやってきた2人は、天使のように見えた

小さな庭に植えた小麦や野菜、果物をありったけの魔力をつぎ込んで育てて
あの子達にお腹いっぱい食べさせてあげたくて
できることなら傍で笑っていてほしくて
…なんて、誰も信じてくれないと分かっていても、我侭な私はやってしまう

がさり、がさがさ

庭の方から音がする
2人が帰ってきたなら玄関の方からするはず
こっそりと窓から覗けば子供が庭の果物を採っていた
外に出て声をかけると、肩を震わせて泣き出した

「怒ってはないのよ。でも次からはちゃんと言ってね?」
「ごめ…なさい」
「それは持って行っていいよ。さ、暗くなるまえに帰りなさい」

森は日が沈むのがとても早い
身形がきちんとしているから、どこかの街からやってきたのだろう
一番近くの街でも半日近くかかるので早めに帰るよう促した

「セレーナ、さん…ただいま帰りました」
「おかえりなさい。すぐに夕食にするね」

庭にいた子を見送ってしばらくすると2人が帰ってきた
慌てて夕飯の準備をして食卓に並べると、初めてマスルールが沢山食べてくれた
何杯も何杯もおかわりして、その食欲に私だけでなくモルジアナも驚いている

「…ごちそうさまでした」
「ええ…、あっお風呂に入っておいで?」

いつもは余る鍋の中身が空っぽになってしまった
嬉しくて嬉しくて頬が綻びそうになるのを必死に耐える
寝る前には2人揃って「おやすみ」と言ってくれて、今日はなんて幸せな日なんだろう
明日も沢山食べてくれるなら、今からパンの用意をしなくちゃ

鼻歌交じりに準備していた私の耳に、不穏なざわめき声が届いた

静かで暗い森の中
太陽が沈めば響くのは鳥の声や風の音ぐらいなはずなのに
扉の向こうから人の話し声が沢山聞こえる
カーテン越しに覗けば、松明と凶器を持った大人達の姿

私を、殺しに来たんだ

どうして此処がバレたんだろう
考えるより先に足は2人の寝室へ向かおうとしていた
逃がさなきゃ。どこへ?どこだっていい。此処にいたらあの子達も殺されちゃう
私がリビングの扉を開けた瞬間、玄関が轟音と共に破壊された

「いたぞっ!魔女だ捕まえろ!」
「殺せ、火炙りにしろっ」
「やめっ…マスルール!モルジアナ!逃げなさい…!」

私なんてどうだっていい
ありったけの声を張り上げて叫んだ
それと寝室の扉が蹴破られたのはほぼ同時だった

男が振り下ろした凶器を受け止めたのは、マスルールの決して大きくない手

ぐっと力が込められると凶器は脆く砕け散った
私も男も息を呑む
赤髪以外に特徴の無い子供が、大人の男が全力で振り下ろした凶器を素手で掴んで壊したなんて

呆気にとられている隙にモルジアナがその男に蹴りを喰らわせた
破壊された扉を突っ切って、遠く向こうへ吹っ飛んでいく
何が、どうなっているのか

周囲の人間も理解できていなかった
けれど矛先は確かに彼らに向けられていく
2人に向かって一斉に突きつけられる凶器は、弧を描くような綺麗な蹴りによって全て薙ぎ払われた
それでもなお向けられる憎悪の視線に、マスルールが吠えた

森にいるどの獣よりも大きく
空気を振動させるほどの声で

それは人々の戦意を喪失させるのに充分だった
逆に私はその声で我に返って、2人に駆け寄り抱きしめた

「怪我は無いのっ?ああマスルール血が出て…手当てっ、ううんそれより早く此処から…!」
「出て行きたく、ないです」

マスルールの言葉にモルジアナも頷いた
抱きしめていたはずなのに、いつの間にか2人に抱きしめられる形になっている

「…守りますから」
「私達、セレーナさんの傍に居たいんです…駄目ですか…?」

感情を露わに出さない2人が寂しそうな目をしている
そんな目で見られて、誰が逃げなさいと言えるの?
だけど今日みたいに襲われることがある家で、どうやって生きていったら

「っくそ、魔女が…俺の子供に変な物渡しやがったくせに…!」
「…もう一度、言え」

悪態を吐いた男にマスルールがにじり寄る
背中を向けているけれど、低く冷めた声と男の脅えた顔でどんな顔をしているか想像できる

子供、という単語に昼間の子を思い出した
あの子が場所を言ったんだろうか
果物をあげて、アレが何かしでかしてしまったのか
そうだったら私が謝らなきゃならない

「マスルールだめ…っ、昼間子供に果物をあげたのは確かだから、何かあったのなら――」
「何もない」
「う、嘘つけ!子供が高熱を出したんだぞ!」
「…本当に果物のせいか。考えろ。そうして決め付けるから、俺達がいつも苦しむんだ……此処は俺達の家だ、出て行け!!」

淡々と述べていたマスルールが感情的に叫んだ
同時に近くにあった斧の刃を素足で踏んづけて割る
腰が抜けていた人々はそれを見て、蜘蛛の子を散らすように出て行った

「…マスルール」

背中を向けたまま戻ってこない彼を呼ぶと、小さく肩が揺れた
心配した表情を浮かべるモルジアナを抱いたままもう一度名前を呼ぶ

「おいで、マスルール」
「…」

顔を俯かせながらやって来たマスルールを強く抱きしめる
モルジアナも巻き込んでぎゅっと

「ありがとう」

お礼を言うと2人とも同じような表情をして私を見た
どうして言われるのか分からない
そういった顔をしている

「お礼を言うのは…私達です」

ちらりとマスルールを見てから、モルジアナが口を開いた
おずおずと語り出したのは自分達の出生
両親は物心ついた時にはいなくて、幼いマスルールは赤ん坊だったモルジアナと共に人買い拾われた
赤い髪と特徴的な目元、そして尋常じゃない強さに"悪魔の子"と罵られ過ごしてきた日々
大きくなったら高値で売れると育てられ、ある日モルジアナが売りに出されそうになり逃げ出してきたと

「俺が食べなかったのは…あまり育たないようにって思って」
「そんな…、じゃあ夕飯は無理してなかった?大丈夫?」
「…」

尋ねると顔をほんのり赤く染めて逸らされた
不思議に思ったけどモルジアナがすぐに話し出したから聞けなかった

「嫌われてた私達を拾ってくれて、たくさん…あ、愛してくれて、凄く嬉しくて。だからお礼を言うのは私達のほうです」

愛しての部分を恥ずかしがりながらモルジアナが言う
ぎこちない2人を見て、思わず涙が零れた
お礼を言うのはやっぱり私の方だよ
言葉にする代わりにまた強く抱きしめた

愛してる、ありがとう

抱きしめ返してくれた腕は強く、優しく、温かかった



その日以来、家には人が来るようになった凶器を持って私を殺しに―――ではなく、私達に謝りに

不吉なことばかり起こっていて気が立っているところに森の奥にある家の話
そして話を伝えた子供の高熱
…これは果物のせいではなく、庭に来た後湖で遊んで帰ったからだったとか
どうしてマスルールが果物のせいではないと言い切ったのかは分からなかったけど

「ああ、分からないといえば…これも分からないよねぇ」
「…はい?何スか」

たった3ヶ月の間にマスルールは随分大きくなった
沢山食べたせいなのか。それともこの子達の種族はこういうものなのか
モルジアナと変わらなかった背は、私よりも少し高くなった
目まぐるしい成長に小さい頃の可愛さを思い出す

「母親ってこんな気持ちかな」
「…はあ。俺はセレーナさんを母親って思ったこと、ないですけどね」
「えっ!酷い…っ!モルジアナーっ」

困ったように笑う顔を、誰が悪魔の子と呼ぶのだろう




Hansel and Gretel
(魔女と兄妹の優しい愛情話)




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