王宮の使用人生活は忙しい
朝起きて掃除して料理を運び客を案内し
また料理を運んで王宮内の手入れをし衣服を洗い
またまた料理を運んで水浴びを手伝いようやく自分のことをする

想像以上にしんどくて辛い
これならシャルルカンと慣れない武術をしていた方がマシかもしれない
とはいえやることがなくて暇だから、と申し出たのは私だ

「パパゴレッヤはどこだ?」
「確か裏にあったんじゃないですかね?」

調理室からそんな会話が聞こえる
昼時忙しいというのにどうしてそんな所に置き去りにしているんだ
小さく溜息を吐いて取りに行くのを志願した

「すみません、お願いします」
「いえ、裏に置いてあるもの全部持ってくればいいですよね?」

綺麗に磨き上げられた廊下を渡って裏へと急ぐ
体力は少ない私だが、パパゴレッヤぐらいなら持ち運べる
そんな考えは積み上げられた袋を見て吹き飛んだ

「…何個あるのコレ…」

希少価値があるんじゃなかったの!
心中で盛大に突っ込んでおく
いくら1つ1つが軽いとはいえ、15袋ぐらいあれば重量的にも面積的にも無理
見栄張って全部持ってくるなんて言ってしまった手前、往復してでも持っていかなきゃならない

「…よし、5袋運ぶかける3回作戦でいこう」

しばらく悩んでからとりあえず5袋腕に抱える
予想より重たいけど、来た道を戻って調理室に運ぶ
一声かけてから置こうと呼び止めたら、突然調理室がざわつきだした

「マスルール様だ…!」
「えっ?」

思わず後ろを振り返ると、そこには袋を大量に抱えたマスルールの姿
すぐ後ろにいたもんだから驚いてよろけてしまった
衝撃に備えて咄嗟に目を瞑るも背中に何か触れただけで、痛みはない

「あ、ありがとう…」

片手で大量の袋を持って、片手で私を支えて
この人の体力は一体どこから出ているんだろう
ざわついていた周りも一瞬静まって、慌てて私やマスルールから袋を受け取った

「どうぞそちらでお待ちください!」
「あ、私もお手伝い…」
「いえいえセレーナ様もご一緒にどうぞ!」

マスルールが来たおかげで私まで食堂にまわされてしまった
袋を持って来てくれたことは有難いけれど、これではまた暇になってしまう
そんな私の気持ちを全く理解していないマスルールは、暢気に椅子に座って待っている
こら、上司より先に席に着いてていいの?

「…セレーナは」

どうしたものかと考えあぐねていたら、珍しくマスルールから話しかけてきた
本当に珍しい。いつも私からか、さっきみたいに無言で後ろにいるかのどちらかなのに
聞き取りやすいように隣に座って耳を傾ける

「飯とか作れないんスか」
「…作れるよ。失礼だな」
「はあ、別にそういう意味じゃないんですけど」

そういう意味にしか聞こえなかったよ
確かにシンドリアに来てから料理をすることは無くなったけど
作れないわけじゃない。むしろ上手なほうだと自分では思ってる

「食材が違うし此処では作る人がいるから」
「…腹減った」

このフリーダム人間を誰かどうにかしてください
人の言い分も聞かずに机に突っ伏しだした
呆れて溜息を吐くと、それに紛れて微かに腹の虫の音が鳴った
…私じゃない。断じて私じゃない、からマスルールのだ

「そんなにお腹空いたの?」
「…」

小さく頭が動いて頷いた
調理室を見ると、まだ出来上がりそうにない
しばらく悩んで調理室へ向かう
使われていない一角と食材の余りを借りて、簡単な故郷の料理を作る

とはいえ食材はシンドリアのものだから上手くいくか分からない
南海生物の切れ端と調味料、野菜を鍋に放り込む
ひと煮立ちしたらアレを…アレを…アレはないからパパゴレッヤの絞り粕でも入れとこう
小麦粉を水で練って広げ、鍋の中身を丁寧に乗せて包む

「よし、何とかできた…マスルール!」

見た目は白い丸い物だけど味は…多分大丈夫のはず
本当は肉で作るしアレもないし、色々違うけど腹を満たすためなら問題ないでしょう
顔を上げたマスルールの前にどんっと皿を置く

「不味いと思うけどお腹は膨れるよ」
「…いただきます」
「私も1つ食べとこ」

自分で作っておいて食べないのもどうかと思うし
一口齧ると意外と美味しい。シンドリアは本当に豊かで食材が美味しいから助かった
なかなかの出来に喜んで食べていたら、マスルールがこっちをじっと見つめてきた

「な、なに?」
「それくれませんか…?」
「これ?そっちにいっぱいあるじゃ…ない。一個も無い。どういうこと」
「食べ終わりました」
「ウソ!だって私まだ半分しか食べてないのに」

マスルールの食欲舐めてた
呆然としている私の手にあるのを食べ始めた
まだ答えてないよ。あと取らずに手にある状態で食べるの止めなさい

「あ…一口で半分近く減った。そりゃ減るか…」
「ごちそうさまです」

綺麗に私の分まで食べ終えて手を合わせる
妙なところで礼儀正しいのは、ジャーファルさん達の教育の賜物かな
もっと欲しそうな顔をされたけど、それじゃあ折角の昼食が無駄になる
ダメだよと手で制止のポーズを取る

「…」
「?そんなに見ても作らない…っ」

制止のために出した手を取って、指先を舐める
舐めていたのを口に含んで、今度は手の平に向けて舌を滑らせる
振り払おうにも力の差は歴然で全然動かせない

「ちょ、マス…っもう作ってあげないよ!」

背筋がぞわぞわしてきて思わず声を張り上げた
マスルールの動きも止まったけれど、周囲の人の動きも止まった
一斉に此方に注目されて視線が痛い。恥ずかしい

「止めたんで作ってくれますよね…?」
「…マスルールが材料用意してくれるならね」
「それでセレーナの飯をずっと食えるなら」

ああもう、それじゃあプロポーズみたいじゃない
今みたいに手をとって見詰め合って
貴方のためだけに料理を作る日がくればいいのに









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