ついに、ついにやりました
セレーナ・アイオス、一世一代の大発見

「やったわ―――!これで風魔法の世界が!開ける!やったあああああ!!」

数週間ぶりに自分の部屋から飛び出て、黒秤塔内部を駆け巡り、最後に塔からも出て中庭で踊り狂う
なんて晴れ晴れとした日なんだろう!降り注ぐ太陽に吹き抜ける風!
輝く緑に咲き誇る花々、女官達の優しい笑い声!

「世界は私のものよ!ひゃほ―――ぅ!」

両手を上げてくるくると回り続ける
と、久しぶりに立ち上がり動いた所為か、足が縺れて前に倒れこんだ
でもそれすらも嬉しくて寝転がったまま私は笑う

一頻り笑って喜んだ後、誰かに報告しようと起き上がる
…あら、帽子がない
頭に乗せていたはずの被り物が消えていた
調子に乗って転がったから外れて、どこかへ飛んでいったのかな

「ええと、この辺かしら…」

がさがさと茂みに潜り込む
しまった!引っ掛かった!
衣服の帯が枝に絡まったらしく、身動きが取れなくなってしまった

「おや?面白い格好!」
「ピスティ様!そうだ聞いてください私とうとうやりましたよ!」
「えっ!結婚したの!?」
「風魔法の方程式を新たに発見したんです!これによって従来は風魔法発「あーうんすごいねー」

ピスティ様に熱く語っていると陰が落ちてきた
体勢が体勢なだけに上を向ききれない
すると頭に何かが被さった

「おっマスルールくん!」

手で頭に乗った物を確認してみると私の帽子
マスルール様が拾ってくださったんだ!
慌てて頭を何度も下げるけど、四つん這いで茂みから生えてる私はとてもみっともない

「この様な状態で申し訳御座いません。有難う御座います!」
「…いえ…」

マスルール様が茂みを掻き分けてくれた
おかげでようやく脱出できた
体が自由になると、また嬉しさがこみ上げてくる
両頬に手を添えてにやにやしているとヤムライハ様に報告したのかとピスティ様に言われた

「あ!まだです。すみません報告に参りますので!」
「いってらっしゃーい」

お礼もそこそこに黒秤塔に戻り報告した
大層喜んでいただけたので、その夜は2人で飲みに行くことになった
天才魔導師であるヤムライハ様とご一緒にお酒が飲めるなんて、本当に今日はなんて良い日なんだろう!
意気揚々と酒屋に向かい魔法について華を咲かせる

「なるほど、だから反応を起こしたのね!」
「はい!そこに多糖花の結晶を入れて5時間ほど煮詰めまして、それから」

話が弾んでお酒も美味しい
ふらふらになりながらも、2人高揚した気持ちのまま何軒も周り気付くと自分の部屋に居た

「…頭痛い」

少し、飲みすぎた。羽目を外しすぎたわ
酒臭いので身体を洗ってから、ついでに引き篭もっていて汚れた服や帽子も取り替える
のめりこむと寝食も着替えも何もかも忘れるのは駄目ね

「う。服が無い。…これでいいか」

ちょっと派手だけど明るめの色の服を着て黒秤塔に出勤する
帽子は替えがなかったので、諦めて適当に髪を束ねた

塔の前に誰か立っている
朝靄に紛れて近寄ると、赤い髪と金色の鎧が目に入った

「お早う御座いますマスルール様」
「ああ…セレーナさん」
「?なんで私の名前…」
「…昨日、聞いて」

あの後ピスティ様からでも聞かれたのだろうか
なんにせよ、八人将の方々に覚えられるというのはとても名誉なこと
先日の件と合わせて再度お礼を申し上げた

「それでは訓練応援しております」
「まあ…。…今日はそっち行っていいですか」
「黒秤塔にですか!?」

しまった。つい大声で驚いてしまった
マスルール様はあまり勉学がお好きではないと聞いていたとはいえ、これは失礼すぎる
当人は気にされていないようだけど謝って、ご自由にどうぞと中へ案内する

そこかしこから漂うインクの香りや彼にとっては不可思議な単語が飛び交うのに最初は眉を顰めていらしたけど、私の研究部屋を見ると少しだけ態度が変わった

「すみません汚くて」

積み上げられた本、机に転がる魔法道具
精製用の素材や煮詰めた釜、書き掛けの方程式なんかが無造作に置いてある
我ながら汚いなと思ってせめて机の上だけでも綺麗にした

「いつも此処から出ないんすね」
「まあ…。あ、お茶飲みますか?大丈夫です淹れる所は綺麗ですから!」

半分程資料に埋まった扉を開いて給湯室に入る
普通はこの部屋付いていないのだけど、私は本当に寝食を忘れるから我に返った時にすぐ何か口に含めるよう、わざわざヤムライハ様が申し立て設計してくださったのだ
茶葉の品質を確かめてからカップに注いで差し出す
まだ座れる椅子を2つ用意して促した

「あ…発見、おめでとうございます…」
「有難う御座います!えへへ、次はマスルール様のお役に立てるような発見をしますね」

向かい合ってお茶を飲んでると嬉しい言葉を貰えた
そうだ。ファナリスの魔力って確か少ないんだよね
それを補う形の何か、作れないだろうか

ヤムライハ様が付けている魔力を貯める魔法道具
あれに近い物を作れないかな…割れて作用じゃマスルール様にはまどろっこしいだろうから、もっと実用的に考えて…

「セレーナさん…?」
「は、はい!すみません、考え事していました!」
「はあ」

マスルール様の鎧が目に入る
あの辺りから攻めてみるのも悪くないかしら
けどアレは眷属器だから、やっぱり別の、ダメダメまた考えそう

「―――ませんか」
「はい?」

話、聞いてませんでした
適当に返事をしてしまいサッと血の気が引く
バレていないのか、マスルール様はお茶を飲み干されて何か納得された
何も聞いてないなんて言えない

「じゃあまた来ますんで…」
「え、ええ!お待ちしております!」

また来ていいかという質問だったのかな
カップを預かり見送って、先程考えていた魔法道具の構想に耽る
あっという間に終業の鐘が鳴り、同時に扉も叩かれた

「?」

訪問客など滅多にないから首を傾げつつ開く
そこには鎧ではなく私服に身を包まれたマスルール様がいた

「すんません…まだでしたか?」
「えっ」

もしかして何処かに出かける約束をされていたのだろうか
慌てて待ってほしい旨を伝え、急いで身形を整える
って言ってもこの部屋に洒落たモノなんて何もないから、精々鏡で髪の毛を直すぐらい

「お待たせしました!」

マスルール様について行った先は市場
夕方のそこは勤め帰りの人や旅行者で賑わっている
暫く隣に歩いていたけど人混みに酔った

「大丈夫っすか」
「すみません…あまり外に出ないので…」

王宮内でも殆ど出歩かないから体力も無い
ましてや八人将とご一緒なんて、なんか、緊張してきた

「ひゃっ」

頬に冷たい物が当たる
果実を絞った飲み物が冷やされたグラスに入っていた
どうぞ、と渡されて受け取る

「あとこれ…」
「わぁ!サフレヌ鉱石!これをどこで!?」
「そこにありましたけど」
「おじさんコレ10個!こっちのは5個と、そこのも!」

滅多に入ってこない鉱石を見つけてくださるなんて、流石!
一転して元気になった私はすぐに買い物を始める
今日に限ってレアな物が沢山入ってる

「嬉しい…幸せ…でも、でも…」

財布の中身が反比例する
急いで出てきたから元々手持ちも少なかった
こんなことなら沢山持ってきていたらよかったわ
ひょい、と左腕にあった荷物が消えた

「持ちます。…あとこれ、」

マスルール様が荷物を抱え、代わりに何かを差し出した
小さな布袋はずっしり重たくて大量に中にお金が入ってることが分かった

「ダメです!あっ」

突き返そうとした矢先、片手で袋を開いて代金を払い、さっさと行ってしまわれた
追いかけて返そうとするもまた珍しい物を見せられて…
結局それを繰り返して膨大な荷物だけが残った

「すみません…」

王宮に帰る途中謝るとマスルール様は立ち止まった
日も沈んで星が瞬く夜だったけれど、薄明かりの中見えた顔は哀しそうで

「楽しくなかったですか」
「! いえ、とても楽しかったです!」
「…また出かけてくれますか」

すっと1輪の花が差し出される
マスルール様と同じ赤い花弁をした綺麗な花
その花の綺麗さに見惚れていると、眼前から消えた

耳と髪の隙間に起用に花が挿し込まれる
視界の端に鮮やかな赤が見えた

「あの…マスルール様こそ、楽しかったですか?」

おずおずと質問を返す
誘っていただけたのはとても光栄で嬉しいけれど、正直マスルール様が楽しんでいらっしゃるとは思えない
だってあんなに黒秤塔に入ることを嫌がられていたのに、市場でも私は魔法に纏わる物しか見ていなかったし、喋る内容も全部それに沿ったものだった
きっと訳が分からなかったに違いない

「俺は」

言いかけて口を噤まれる
だけど10秒程で唇は動いた

「セレーナさんが楽しいなら、楽しいです」
「え、っ」

上手く言葉が飲み込めなくて目を見開く
瞬きを数回繰り返して、深呼吸だってして、でもよく理解できないまま時間だけが過ぎた
何も言わない私をマスルール様は暫く見つめ、そして「帰りますか…」と歩き出す

脇をすり抜ける背中を目で追って
振り向きざまに咄嗟に叫んだ

「私も!」

驚いた顔が見えた
後ろには沢山の星が煌き、照らしている

「マスルール様が楽しいなら、楽しいです!」

普段の無表情から少しだけ柔らかい表情になった
星や月の灯りと、南国の風がそれと相俟ってあまりにも綺麗に見えて

こんな世界が見れるならもう少し、外に出てみようと思った











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