(※マスルールの性格がちょっと破綻してます)



むしゃむしゃむしゃ、ごくん。

美味しいはずのパンの味がしない
水筒の中の水を一気に流し込んだ

「あのさぁ」

次に噛り付く前に食べるのとは別の用途で口を動かした
隣に座って同じように何かを食べている、赤い人に話しかける
途端、向こうは嬉しそうに反応した

「何スか」
「どっか行ってくんない」
「どっか飯食いに行きませんか…?」

なんでそうなる、と叫びたいのを我慢してパンを貪る
ひそひそ此方を見て噂話する侍女が目に入る

「鬱陶しいんだけど」

あからさまに苛立ちを声に含ませた
天下の八人将に向かってなんてことを、と思うのなら連れて行ってほしい

私は1人で居たいんだ
煩わしい人間関係に神経を使いたくない
そんな暇があるなら仕事に費やす

飲みにも遊びにも食事にも行きたくない
最初は同僚に誘われていたけれど、断り続けていたら無くなった
いつしか皆私を避けてくれるようになったのに

なんでコイツだけ纏わりつくのか理解できない

「はあ、あ…口許ついてますよ」
「っ、取らなくていい!ああもう…!」

伸ばされた手を払いのけて自分で口許を拭う
本当に腹立たしく、鬱陶しいことこの上ない

立ち上がって呼ぶ声を無視して仕事場に戻る
不機嫌さを前面に押し出したまま、椅子に座って書簡を荒々しく広げる
近くにいたジャーファル様に諌められた

「…申し訳ありません」
「昼休みはまだありますよ。もう少しゆっくりしては?」
「いえ、昼食は取り終えましたから」

羽ペンにインクを付ける
紙に広がっていく黒いインク
黙々と手を動かす

しばらくすると陽気な声と共に他の文官が帰ってくる
暢気なものだと心中で舌打ちした



私は戦争の絶えない町の、端っこで生まれた
毎日命や体を狙われ生きてきた

私達を小汚い物を見るような目で見下す奴らに復讐したくて
上が捨てた本を読み漁り、文字を数学を哲学を、覚えれる限り覚えた

けれど国は私が復讐するより早く反乱が起きた
何もかも無茶苦茶になって、上も下も関係なくなった
巻き込まれて殺されかけたところを私は助けられた

身に着けているどの貴金属よりも輝いていた、シンドバッド王に

反乱が鎮静して行く当てを無くした私達を王は引き受けてくれた
それどころか職や住居すらも貰った
この恩は一生をかけても返しきれないもの

私の全ては王に捧げよう
王がこの国の繁栄を望むなら、持てる力全てを費やそう

もう充分すぎるほど私は幸せをいただいた
だから、これ以上自分のためになんて考えることができなかった



「終わったー」
「おい、今日は…」

終業の鐘が鳴るなり皆帰っていく
無理もない。数日前まで何徹かわからないぐらい追われていたから

ただ私はまだ仕事を続ける
次いつ修羅場が来るかわからないのに、今暢気に仕事を貯めるわけにはいかない
同じようにジャーファル様が残っていて2人で静かに進めていた時だった

「ジャーファルさん…シンさんが呼んでます」
「ああ、はい」

げ、と内心が綺麗に表面に現れた
案の定ジャーファル様が居なくなっても佇んでいる
先に口を開いたのは向こうだった

「仕事、終わらないんですか」
「私の勝手」
「飲みに行けないじゃないっすか」
「だから行かないって言ってるでしょ!」

机を叩いて怒鳴る
それでも悪びれもせずに居る
静かにはなったからペンを走らす

無言のまま1時間が過ぎた
ようやくすべての仕事が終わる
ジャーファル様がまだ帰ってこないから、それまで待とうと椅子に深く腰掛ける

ふと扉の方に目をやるとまだいた
視線が合って逸らせずにいると、珍しく向こうが逸らした

「…あのさぁ」
「何スか」

私が口を開くとまた嬉しそうに此方を向く
なんだか大きい犬みたい

「なんで私に付き纏うの」

途端表情が少し暗くなる
いや、暗いというかへこんでるというか、何て言ったらいいんだろう
落ち込んでる?それが1番近いかな

「普通3回断られたら諦めるでしょ」
「そんなに断られましたっけ」
「少なくとも今日だけで3回は断ったな」

歩けば忘れる単純な脳味噌が羨ましいよ
溜息を吐いてぐっと背伸びをする
ジャーファル様、帰ってこないな

時計の針はもう9時を指している
これ以上待っていると、怒られそうだ
メモをいくつか残してジャーファル様の机に置いた

「送ります」
「いいよ、いらない」
「危ないんで」
「いいってば!」

言い争いをしながら王宮の門を出る
いつまでついてくるんだ
コイツを連れている所為で目立つ

人の目線やひそひそ声に苛立って、振り返って怒鳴った

「私はこの国のこと以外考えたくない!王が喜ぶことをして王の為に国の為に生きて死にたいんだから放っておいて!」

入り込んで欲しくない
誰も、何も

私の心の中は今でも過去を忘れられない

奪われた家族は戻ってこない
失った友人は二度と微笑んでくれない
1人ぼっちになった私は、もう1度何かを得て失うことが怖い

そんな自分を認めたくないし、そんな自分を誰かに知られたくない

「…お願いだから私に優しくしないで…」

目覚めた時に国がなくなっていたら
自分の知らない間に王が死んでしまったら

私の生きる意味は今までの軌跡は全て無に帰してしまう

存在自体無くなって消える
死ぬことよりもっと怖い

「――飲みに行きませんか」
「っ、アンタ本当に何聞いて…っ」

1発頬を叩いてやろうと振り上げた手を掴まれた
騒ぐ私を簡単に引き摺って歩いていく
掴まれたところは痛くはなかったけど、どれだけ抵抗しても意味が無いことに私の顔はどんどん青褪めていった

「やだっ、や…離して…!」
「……」

屈んでも、何かを掴んでも、叩いても止まらない
見慣れた街並みすら別次元のように感じるくらいだった
どこかの店に入れられて、特別待遇の個室に通された

「やっぱ先輩来てたんすね…」
「お?何だお前が自分から来るとか珍しいな」

そこでようやく離される
代わりに肩をぐっと抱き寄せられた

「俺の彼女予定です」
「はっ?」
「…はぁ?」

意味が分からない
見上げれば赤い瞳が私を見た
口が上手く動かなくてぱくぱくさせていると、何かに納得したような素振りを見せる

「嫁候補の方が良かったですか」
「違う!アンタ何馬鹿なこと…!?」

ぽろっと、涙が落ちた

向こうの表情は全く変わらない
当の本人である私が1番驚いて、恐る恐る涙の流れた頬に触れる
確かにそこは濡れていた

「…ちょっと、向こう借りますんで…」

また腕を取られて引っ張られる
今度は抵抗しなかった
別の個室に案内され、座ったアイツの膝上に対面で乗せられた

「1人って寂しくないっすか」
「うる、さい。ほうって、おいて」
「俺は寂しいです」

俯かせた顔を覗き込まれる
そのままぎゅっと抱き締められた
人の体温に触れたのは、いつ以来だろう

あたたかい

「1人で頑張ってるのを見てて、俺は寂しいし辛いです。国やシンの為って言うんだったら…そんな苦しい顔ばっかしないでもっと笑ってください」

色んな人がシンドリアには居る
肌の色も瞳の色も違う
言葉も習慣も異なる多種多様な人々が、この国には居て笑ってる

そんな国にしたいのだと
誰もが笑って過ごせる国を望むのだと
王は、確かに私に言っていたのに

「個人的にも笑った顔見たいっす」
「ばか…」

罵り言葉を呟いて、弱々しく向こうの背中に腕をまわした
ちょっとだけ驚いた顔が見えて何故か嬉しくなる
それがまた柔らかいものになって、少しずつ近付いてくる

「マスルールが来てるって聞いたんだが…」
「っ!きゃあああああ!!」
「…シン邪魔しないでくれませんか」
「すまん、取り込み中だったk「違います違います離せ!はな…!」

無理に塞がれた唇が離れた瞬間頬を叩いた
やっぱりアンタなんて、大嫌い
この先何があってもアンタには、…マスルールには絶対笑いかけてなんかやらないんだから





Unfortunately, I'm a bad loser.
(あいにく俺は諦めが悪いんだ)




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