「いってー何すんだばっか!」
「何よアンタこそいい加減にしなさいよね!」
「2人とも飽きないねぇ〜」

ヤムライハ様にシャルルカン様が摘まみかかる
横でピスティ様が笑って見てる
何気ない王宮の、何気ない日常

痛む胸を隠すように
私は庭の花の手入れを続けた

増えすぎた花は切っていく
他の花がより一層綺麗に咲くように、一思いにばっさりと

ぼとり、と地面に花が落ちた

「…酷い話」

独り言を呟いて落とした花を拾った
籠に入れて、また剪定していく

終業の鐘が鳴って私は立ち上がる
籠には無残な花や葉、枝が沢山詰まっていた
どれもこれも今はまだとても綺麗な物

中庭の茂みの奥、目立たない位置にある穴
そこに籠の中全てを引っくり返して埋めた

さよなら。次はもっと綺麗に生まれるといいね

丁寧に土を均して私の仕事は終わる
ふと前を銀髪が通り過ぎた
夕陽に輝くそれはあまりにも眩しくて

「――お疲れ様ですシャルルカン様」
「お?おっつかれー」

礼をして頭を下げた
彼はひらひらと手を振ってくださる



いつからだろう
それに喜べなくなったのは

私が庭師として王宮に来た時
全てが煌いていて、毎日が楽しかった

見たこともない花
温暖な気候、鮮やかな鳥
私が彩る庭を見て誰かが喜んでくれる

嬉しくて仕方なかった
雨の日も風の日も、休みをもらっても王宮に居た
明日はもっと綺麗に咲いてねと話しかけて

泥塗れでも良かった
恥ずかしくなんてなかった

だけど、恋を知ってしまった瞬間、私の世界は変わった



『へー此処全部手入れしてんの?』
『は、はい!あ…そこはまだ刺抜きしてませんから、触れられては…!』
『いって!…こんな痛いことしてるのかよ』

私の仕事に興味を持ったシャルルカン様が話しかけてくれた
国民皆が憧れている、八人将であるお方
恐縮する私の手をとって切り傷だらけの掌を眺められた

『ふーん…手袋とかさ、した方がいいんじゃねえの』

優しく私の掌を撫でられる
それだけでころっと私は恋に落ちた



少しだけ、着飾るようになる
荒れた手に油を塗ったり、髪を纏めてみたり
貴方に褒めてほしくって

でも現実はいつも上手く行かない

ずっと彼を見ていたから気付いてしまった
私が着飾ったところで、彼の目には映らない
たとえ化粧っ気がなくても綺麗な花はあまりにも綺麗で

シャルルカン様を慕う女官
ご友人であるピスティ様
…最も親しいであろう、ヤムライハ様

大輪の花に囲まれた彼に、雑草のような私は届かない
炉辺の蕾が花を咲かせたところで踏まれるだけ



自宅に戻り髪を下ろした
泥だらけの服を脱ぎ捨て、新たな衣服を身に纏う
それは王宮の作業着とは正反対の派手な物

目元を黒く塗る
唇には紅を、項には香を
髪には花を腕には貴金属を足には鈴を

鏡に映った私はまるで別人のよう

その格好のまま街へ出る
いつまでも明るい国営商館の方へ
媚び諂う声で店に入り、名前も知らない男の隣に座る

「セレーナちゃんは本当に綺麗だなぁ!」
「有難うございます。ふふ、でも何も出ませんよ」

時折自分が嫌になる
勝手に恋をして、勝手に失恋して
前を向くどころか後ろを向き、あまつさえ逆走する

此処で咲いたって何になるの
彼が見てくれるはずもないのに、地面に落ちたっていうのに、いつまでもみっともなくしがみ付いて

早く、早く埋もれて還りたい

「いらっしゃいませぇー!」

きゃあっ!と歓声が湧く
驚いて見ると、シャルルカン様の姿があった
動揺する瞳を必死に隠して席を離れる

なんで。どうして
行きつけの店は別なのに


もしかして、と期待に胸が膨らんだ


「アンタいつも此処に来てるの?」
「まあ適当になー。ほらアリババ、好きなの選べ!」
「僕あのおねいさんがいい!」

ぴたりと足が止まる
急速に気持ちが冷えていった

ああ、そう。そうよね
何を思い上がっていたんだろう
馬鹿な自分に笑いさえ込み上げてくる

「セレーナ呼ばれてるよ」
「えっ。…はい」

私を呼んだのはヤムライハ様の傍に居た男の子だった
王宮で時折見かけられる、恐らく身分の高い方
失礼しますと微笑みヤムライハ様の彼の間に座った

真正面ではシャルルカン様がお酒を飲んでいる
他の女の子と楽しそうに
それを見つめるヤムライハ様の顔は険しかった

ぎこちない笑顔で私は酌をする
ねだられて男の子を抱っこしたりもする
女性が1人、シャルルカン様の腕に抱きついた

「…ばっかみたい」

呟いたのは私ではなかった
ヤムライハ様が顔を赤くして、はっきりと言った
驚く私の方を向かれて詰め寄る

「貴女もそう思わない?あの剣術だけが取り得の男の何がいいのかしら。魔法の良さだって全然分からないし、がさつで乱暴で大雑把で空気が読めな「そんなことありません!」

私の大声が店中に響き渡った
皆が一斉に私を見る
かあっと熱くなる顔を俯かせた

「…もしかして好きなの?」

少しばかり活気を取り戻した時尋ねられた
それは質問というより、誘導の方が近かった
私は精一杯首を横に振った

「いいえ、ですがヤムライハ様と同じくらいシャルルカン様も、素敵なお方ですから…」
「そうなのかしらね」
「ですから、どうか」

"早くお2人は一緒になってください"

その言葉は言えなかった
ぼろぼろと目から溢れ出た涙によって邪魔をされた
2人が恋人になってしまえば、もう、本当に諦めることができるのに

「えっえっ?ご、ごめんなさい、あの」
「何泣かしてんだよ」
「どうしよう、本当にごめんなさい。ほら、凄いことは分かってるのよ?ただちょっとそりが合わないだけで…」

私の目の前でまた軽い諍いが起きる
ほら、これでもシャルルカン様は私を見ない
泣いている私より、泣かしたヤムライハ様の方を、うろたえている彼女の方を心配する

分かっていたことなのに涙が止まらない

辛くて苦しくて、それでも気付かない2人が憎くて嫌で
バァン!!と机を勢い良く叩いた

「もういい加減にしてください!どうして、どうしてそれで傷付く人間がいると気付かないのですか!お2人なんて嫌い…大嫌い…残った花なんてもうだいっきらい!!」

慌てて飛んできた支配人を突き飛ばして店を出る
国営商館を走り、市場を抜け、深夜の王宮に向かった
予備の鋏を取り出して中庭の一角で佇む

「どうして私が他人の喜びを作らなきゃいけないの」

今日残しておいた花を1つ切り落とした
大輪になるはずのそれは、地面で花弁を数枚散らす

「いくらやったって報われない!いくら咲かしても私は咲かない!摘み取られて埋められて苦しんで…!」

次の花に手をかけようとした
だけど落ちたのは鋏だった

私はその場に蹲って泣いた
落とした花を拾い上げてごめんねと何度も謝った

「ごめん、ごめんね…八つ当たりで、なんて、こと…」

何度も元の位置に戻してみるけれど繋がることはない
一時の感情ですべてを奪ってしまった

醜い。切り取られて落ちるのは私のはずだったのに

鈍く光る鋏を手にして息を吸った
闇夜を劈く音と、誰かが叫ぶ声が混ざり合って響いた

「なにやってんだよ!」
「――っ!」

鋏は私の髪とシャルルカン様の掌の皮膚を引き裂いた
ぼたぼたと、暗いはずの地面に赤が広がる

「ってぇ…」

眉を顰めながら、それでも彼は手を離さない
先に私の方が鋏から手を離し、無我夢中で衣服を破り掌に巻き付けた

「ごめんなさい!本当に、なんて、」

みるみるうちに布が赤く染まっていく
傷付けてしまった恐怖に、指先が震えだした
屈み込んだシャルルカン様と目が合う

「やっぱりお前だったんだな」

血の出ていない掌が私の髪をかきあげる
不揃いになった髪を思い出して、私は瞳を逸らした
泣き腫らし汚れている顔を覆う

これ以上醜い姿を見られたくなかった

どうして綺麗な時には見てもらえず
どうして穢い今この瞬間だけ彼に映っているんだ
これが罰だというのだろうか

「なあ、」
「…」
「顔、あげてくれよ」

びくっと肩を揺らす
覆ったまま首を横に振った
溜息が小さく聞こえた

「じゃあそのままでいいから俺の質問に答えてくれ。何であそこで働いてるんだ?王宮の給料は悪くないはずだろ」

…答えたくなかった
けれど、覆い隠しても分かるほどに彼は真っ直ぐ私を見ている
透き通った緑色の瞳が、答えを待っている

「私は、ただの庭師です…」

観念して手を取り払った
彼は首を傾げ、続きを促す
紅を纏った唇が重い

「貴方を慕っても届きません。花を咲かせても、大きく艶やかな花が更に綺麗に咲きます。…貴方の傍で、咲き続ける元気が私には無かったんです…」

頑張っても頑張っても届かない伝わらない
朝な夕なに咲き誇れる花なんて無い
雑踏に咲く私は、大した栄養も手に入れないまま咲き続けて枯れた

その内に、貴方に対しての想いだけを深く深く秘めて、枯れた

枯れたはずだった

「どうか路上の小さき花を哀れむなら、貴方の傍にある、大輪の花を愛でて下さい。私を枯らさせてください…!」

縋りつく私の掌を彼が取った
そしてあの日と同じように、まじまじと眺める

「手、綺麗になったな」

手をとられたまま視界がぐるりと回った
月光に銀髪が輝いて、妖しく私の眼前に広がる

「…あそこでお前が働いてるって知ってた」
「え…?」
「どこに住んでて、中庭のどこ担当してて、ほぼ毎日王宮来てる事だって全部俺は知ってる」

緑の瞳が少しだけ近付いた
はっきりとしているはずの声がどこか遠くに聞こえる
信じられない、と呟いた

「私なんて、だって、」
「ああっ!それ以上言うな。胸糞悪いから!」

苛立ちの声に、顔に、身を強張らせる
重みが少し退いたと思うと、髪に何かが挿し込まれた
掌で触って、それが私が落とした花だと分かる

「好きなもの悪く言われて喜ぶ奴なんかいねぇだろ、ばか」

目の前が真っ暗になる
息苦しい唇が離されて、彼の口許に微かな赤色が付いた

「…私、」
「あーあ髪短くなっちまって」

言葉が上手く出てこない
遮るようにシャルルカン様が言って、地面から引き離すように抱き上げられた
辛うじて数本残った部分に口付けられる

「また伸ばしてくれよ。俺のために」

なっ?と笑う彼はまるで向日葵のようで
私は愛しさ故に抱き付いて、泣いた





I just wanted an excuse to talk to you.
(ただ君と話す口実が欲しかった)





後日談

「ようやく付き合えたんだって?意外と奥手よねアンタ」
「結局話しかけるために勉強したお花のこと無駄になったね!」
「…うっせーよ馬鹿。いいか絶対セレーナには言うなよ」
「なんでよ」
「かっこ悪いだろ」

顔を真っ赤にしてシャルルカン様が去って行く
廊下の陰に隠れていた私に、ヤムライハ様とピスティ様が笑顔で覗き込んできた
同じく真っ赤にした私を見てもっと笑われる

「もいっこ恥ずかしいこと言ってあげようか?」
「え…?」
「いいわね。あのね――」



『すっげー可愛い子いたんだけど!』
『ほうシャル、どんな子?』
『俺が見てきた花よりも、これから見る花よりも絶対可愛い!』




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