言葉を交わすのは面倒でややこしい
が、嫌いかと言われるとそうでもないと俺は思っている
単純に声で表さずとも伝わることが多いから、必要以上には喋ろうと思わないだけだ

シンさんやジャーファルさんにはそれで充分だ
先輩とかは少し五月蝿いが、黙り通していれば何とかなる
モルジアナとに至っては互いに喋ることが殆どない

それでいいと思っていた

「それでヤムが怒っちゃってさあ、アレは流石にシャルの方が悪いね。8割シャルが悪くて2割けしかけたピスティが悪い。でも怒るのなんていつものことだから2人とも深刻に思ってなかったんだろうね。適当に流してたらヤム泣いちゃって。うろたえよう半端なかったよ。私も遠くから見て止めなかったから同罪といえば同罪なんだけど、ああでもちゃんと1度は口出ししたんだけどね…こう考えたら私も悪いかな。よし、シャル7割でピスティ2割、私1割の罪ということにしよう。で、まあ泣いたヤムが杖投げつけてさ、」

延々と俺の隣でセレーナが今日の出来事を語る
修行のため日中王宮から離れる俺のため、と称してのただの暇つぶし
とくに頷きも返事もせず、庭にやってくるパパゴラスに餌を撒く

「冒険譚の続き書くーって聞かなくって。そりゃいい収入であることは確かなんだけど、そろそろ収束つかなくなってきてるし、あの姿のジャーファルさんがどうやってシンドリアの政務官になるんだっていうツッコミをしたら、そんなの読者は忘れてるさ!とか、忘れてるのはあの人だけだよね本当に。別に八人将でもなんでもない私ですらどえらい強いことになってるのに、あれじゃあまるでファナリスですよ。世の子供に一蹴りで賊100人粉砕できるセレーナだ〜とか言われたらどうしてくれるんだか。でもまあ財政ちょっと厳しいのは事実だし、」

餌を撒き終える頃には話が変わっていた
空になった袋を丸めて欠伸をする
流れるように紡がれていた言葉が止まった

「…話聞いてる?」
「いや」
「だろうと思ったけどさ」

このやりとりも含めて日課になりつつある
セレーナがずっと話す
俺はその間に餌をやるか剣を磨く
終わる頃に俺が欠伸をして、セレーナが諌める

そして今日もいつも通り、聞いてもいない話が続くはずだった

「そんじゃ帰るわ」

1日の出来事を全て語り終えるまで立ち上がることはなかったのに
珍しく途中で切り上げ、セレーナは大きく伸びをした
見上げた俺を見てぷっと笑う

「マスルール見下ろすのってなかなかないから斬新。じゃあね」

軽く手を振り去っていく
夕陽がやけに眩しくて、眉間に皺を寄せているうちに姿は見えなくなった





次の日、セレーナは来なかった

終業の鐘が鳴っても
俺が剣を磨き終えても
隣から話し声は聞こえなかった

これが初めてじゃない
風邪を引いた時、仕事が休みの時
ちょくちょくセレーナが来ない日はあった

だから俺も特に気にせずにいた
次の日も、その次の日も、1週間経っても俺の隣は静かだった



「セレーナならさっき帰ったわよ」

たまたま通りかかったヤムライハさんが教えてくれた
シンドリアには居て、王宮には来ている
それが分かっただけでも少しほっとした

同時に得体の知れない何かが渦巻く

翌日も俺は中庭で餌を撒く
隣から声がして急いで振り返った
それは確かにセレーナの声で、だけど俺の隣からではなかった

「区画的に厳しいと思うんですよね。昼間に見に行ったけど、もうぎゅう詰め状態で」
「おお、そうですか。しかし日射条件から考えると…」

知らない文官と仲良く廊下を歩いていた
仕事の話をしているにも関わらず、セレーナの顔は笑顔で
あんな表情を俺は知らない

「―――…」

一瞬、目が合った
だが何もなかったかのように戻される
そこには何も、誰も居なかったと

餌の入った袋を置いて傍に行った
無言のままセレーナの腕を掴んで、引き摺るように連れて行く
文官の慌てふためく声だけがした

強く掴んでいるはずなのに
突然用件も言わずにいるのに
セレーナは悲鳴も疑問も口にせずついて来た

人気の無い場所で腕を離す
細く白い腕に赤い跡がくっきり残っていた
それほどまでに強く握っていた自分に驚く

「…何故なにも言わない」

一部は赤を通り越して青紫になっている
その腕を気にすることなく、セレーナは俺を見た
諦めと呆れの瞳で馬鹿げているとでも言いたそうに

「マスルールがしたことを私はしているだけ。自分は良くて他人はダメとでも?」

抑揚の無い声が通り過ぎる
嫌な風が吹いた
微妙に開いた距離を詰めようと、一歩近寄れば向こうは下がった

「空気って気付かないじゃん」

生温い、肌に纏わりつくような風
頬についた髪をかき上げセレーナは呟いた

「吸って、吐くだけ。いつもあって気付かなくて、無くなったりおかしくなったりしてから気付く。でも戻ればまた気にしない。この1週間どうだった?五月蝿いのが消えて清々した?それとも何も気にしなかった?もういいでしょ、私は空気じゃないから無くなったってマスルールは死にやしないよ」

セレーナが衣服を翻し去ろうとする
どこからともなく突風が吹き荒んだ
無意識に伸ばした掌は、鬱血した部分を強く掴んだ

「――!離して。私は諦めたんだよ疲れたんだよ。いつまで経ってもマスルールは私を見ない、私は居ない子で聞いても見てももらえないなら、もうこの気持ちは捨てようって決めたんだ!あの人の方がよっぽど素敵…ちゃんと私を見てくれる、私の言葉を聞いてくれる、話して返してくれる…此処に居るんだよって居て良いんだよって、感じさせてくれる…」

いつもと同じ延々と語られ始めた言葉
初めてちゃんと見たセレーナの顔は、ぼろぼろと涙を流す顔だった

俺はこんなセレーナを知らない
知りたいと思った顔じゃない

隣でそうしてほしいと、願ったモノとは程遠い

「…行くな」
「嫌、本当に何も聞いてないんだ…私はあの時"好き"だって"どっか行っちゃうかもよ"って言ったのに、本当に、何も見てくれてなかったんだね…」

やっと振り絞った一言すら届かない
それでも離せない腕を必死に繋ぎとめた

「私を見てくれる人がいい。私を認めてくれる人がいい。そうすればきっと傷付かない。そうすればもう辛くない」

セレーナが発した言葉は俺に、というより自分に向けているように聞こえた



腕を強く、強く引っ張った
今度はあがった悲鳴を聞きながら抱き締めた
どこか遠くに行くぐらいなら、いっそ



「本当に嫌なら今すぐ、…叫んで叩いて、手の届かない場所に行ってくれ…」

なんて我侭を言うんだろうと自分でも思った
同じように感じたセレーナが、腕の中で震えるのが分かる

「まるで私が悪者じゃない…何も聞いてない見てない知らないのはマスルールなのに、どうして私が、…どうして私今でも諦めきれないの…?」

教えてと言われても馬鹿な俺には分からない
何か言おうとして、やめた
どうせ口ではセレーナに敵わない

涙で濡れている頬を舐めた
驚く顔を見ながら、塩辛いと妙に冷静になる
セレーナは困惑してまた泣き始める

「なんでマスルールなんか好きになったんだろう…」

顔を押し付けて肩を震わせ嗚咽を漏らして
本当は今すぐにでも頭を撫でて、無理にでもその口を塞いでやりたかったけど

セレーナが感じた分の痛みぐらい
罰を受けてからにしようと、小さく「好きだ」と呟いた










「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -