童話パロヘンゼルとグレーテルの続きになります。
此方の名前変換は別途になりますのでご注意下さい。



焼きたてパンに摘みたての果物、新鮮な野菜に特製のドレッシング
ベーコンの上に卵を2つ乗せて焼いて、搾りたての牛乳を注ぐ

「おはようマスルール、モルジアナ。ご飯が出来たよ」

別々の部屋にいる2人に声をかける
まずはモルジアナが降りてきて挨拶をする
いつも通り、私が焼いた大量のパンの籠をテーブルに運んでいく

少ししてからマスルールが欠伸をしながら降りてくる
おはよう、と微笑もうと振り返ったら、ちょうどマスルールが扉の上に頭を打った
痛そうな音が響き渡って私は青褪める

「マスルール…っ大丈夫!?痛くない?腫れてない?冷やす物…!」
「…まあ、平気っす」
「ごめんなさい気付かなくて。そんなに手狭になっていたなんて…」

私の頭1つ分以上成長した彼にとって、この家は窮屈すぎる
彼らがこの家に来て早1年と数ヶ月
色々あったけれど幸せに、仲良く3人で暮らせている

でも最近は不安だってある
2人を街の学校に通わせてみてはどうだと街の人達が言ってくれた
私が教えたといっても、それは本当に基礎の基礎

この先2人がもし自立して暮らしていくのなら
それ以上のことを覚えたほうが良いに決まってる
だから学校のことを言ってみたけど、2人の返事はあまり良くなくて

そしてマスルールの成長っぷり
男の子は一気にくると聞いていたけど、いくらなんでも此処までとは思わなかった
モルジアナと一緒に使っていた部屋は狭くなり1つずつに変えたけど
今度はベッドとか扉とか、家そのものが合わなくなってきている

「引っ越そうかしら…」

朝食を取りながら不意に言葉を洩らす
急に空気が凍った気がして、ふと前を見るとモルジアナがちょっとそわそわしていた

「あの、やっぱり結婚されるのですか」

どうしてそんな質問が
と、言いかけて私は口を閉じる
すっかり忘れていた。思い出してしまって嫌になる

タイミング良く玄関の鐘が鳴った
ああ、きっと彼だわ。と足取り重く向かう

「セレーナさんご機嫌麗しゅう!」
「ええ…いつも綺麗な花束をどうもありがとう。だけど朝からというのは、」
「朝だからこそ貴女に会いたいんですよ」

誤解による騒動が起きて以降、私は街にちょくちょく行くし、街の人も此方に遊びに来る互いに面識が出来てのんびり過ごしていたところに、領主様の息子である彼が入ってきた
最初はとても良い方だったの。本当に

家と街は遠いだろうって、何度か用品を持ってきていただけたし
服を気遣わない私に何着かこしらえてくださった
だけどその贈り物はどんどんエスカレートしていってる

今ではこうして毎朝花束が贈られる

決して花は嫌いではないのだけど
連日早朝からはいただけないし、家に飾るところ、もう無いかな
それとマスルールが花苦手なのか顔よく顰めてるし

「それでは仕事に行ってまいります」
「…お気をつけて」

ひょいっと左手を取られてその甲に口付けられる
嫌いではないの。本当に嫌いでは
だからといって好きではないのも本音

困惑しながらも彼を見送って、私は食卓に戻る
あんなにあったパンがもう無くなっていた

「今日はチューリップですか」

モルジアナが花束を見て呟く
赤い赤いチューリップが綺麗に咲き誇る
私は困った顔と共に、それを飾る場所を探した

「ごめんね。すぐ新しいパンを焼くから少し待ってて」
「もう要らないです。ごちそうさまでした」

確かに普段よりは多く食べているけれど
私が焼くと言えば待っていてくれたマスルールが、席を立ってどこかへ行ってしまった
1人朝食を食べ進めるモルジアナの視線に気付く

「どうしたの?」
「花がいっぱいで、少し…」
「気分悪い?どれか減らそうか…でも綺麗なのは綺麗なんだけど」

いけない。忘れていた
2人はとても鼻が良くて、こんなに何種類も飾っていたら駄目だった
でも、花に罪はないしどうしたものか

「私の部屋に持っていこうか」

食卓付近に並べるからいけないんだ
花瓶を何個か持って階段を上がって行く
ベッドと本棚しか無い殺風景な部屋
おかげさまで飾る所が沢山あるわ

「ん、華やかになった」

小さく微笑んで階下に向かう
メモだけ残してモルジアナも居なくなっていた
昔は面と向かってどこに行くか言ってくれたのに、ちょっと寂しい



女手1つで、と言えるほど長く育ててきたわけではないけれども
私は私なりに彼らに愛情を注いで、大切にしてきた
だからといってそれで縛ってしまっちゃ、駄目

いつかはきっと居なくなる

…いつからかしら。マスルールの成長に素直に喜べなくなったのは
沢山食べる姿に最初はとてもとても喜んでいたのに
大きくなっていく身体を見て、私の感情は酷く複雑な物になっていく

一緒に街に買い物に行けば重い荷物を持ってくれる
その掌は以前みたいに繋がれることが無い
私より背丈が小さかった頃は、はぐれないようにと笑って繋いでいたのに



「…駄目ね。母親失格かな」

椅子に座って片付けられていない食卓を眺める
モルジアナにも似たような感情は持ち合わせている
でも、マスルールほどは酷くない

彼にだけ私は育たないでほしいと切に願っている

それはきっと、マスルールの方がどこかに行ってしまう可能性が高いから
さっきみたいにふらっと、何も告げず、私が知らないことを知りにどこかへ

「あ、買出し」

夕飯の材料を思い出して立ち上がる
準備をして扉を開ければ、マスルールがちょうど帰ってきた
湖で泳いできていたのか髪が濡れている

「おかえりなさい。タオル――」
「どこかに行くんですか」
「夕飯のお肉を買いに。はい、」

近くにあったタオルで頭を拭いてあげようとして、止まる
彼が屈まないと拭けないぐらい差があって
固まる私からマスルールはタオルを取り自分で髪を拭いた

「付き合います」
「――ええ、ありがとう」

どうしてぽっかり心に穴が開くのかな



「夕飯なんすか」
「ビーフシチューにしようかなと…ああ、ワインも買わなきゃ」

1頭分にあたるお肉を買ってマスルールが持つ
店主も驚くぐらい平然とした顔で担ぎ上げている
酒屋の前を通りかかったから、彼を道路に置いて私1人買い物をする
いくらなんでもアレを担いだまま店内はちょっとね

良さそうな赤ワインを買って表へ出る
さあ、家に帰ろう。笑いかける私の言葉は出てこなかった

少し離れた場所で女の子と話す彼の姿
花売りの子かしら。可愛らしいワンピースを着て籠に花を入れて

私に気付いたマスルールがやって来る
その前に、女の子は籠にあった花を一輪彼にあげた
不釣合いなそれを手に近寄ってくる

「…可愛い子ね」
「ああ、たまに話すんで」
「たまに」

無意識に私は言葉を繰り返した
そしてマスルールをじっと見詰める
仕方ないか。これだけ端整に育ったのなら、彼女ぐらい当然で
まだそうでなかったとしても、きっと淡い恋心ぐらい抱きだすはず

「良い人が出来たら教えてね?」

私は笑って歩き出す
本当は笑ってなんかいないくせに



その日の夕飯時に領主様の息子はまたやって来た
今度は赤と白の薔薇の花束を抱えて

「あの…」
「僕の想いを受け止めてはいただけませんか?」

差し出された花束を受け取ることは躊躇われた
分からない。どうしてかこれは持ってはいけない気がする
躊躇う私の後ろからモルジアナが顔を出した

「おや可愛らしい妹様で」
「違います。私はセレーナさんの娘です」

きっぱりとした口調でモルジアナが言い放つ
ぎゅっと私の服の裾を掴んだ
どちらかといえば人見知りをする彼女が、こんなにきつめに言うなんて

「娘…ああ、そういえば拾われたのだとか。なら僕の娘でもありますね」

驚いて目を見開く
やっぱりこの花束にはそういう意味もあったんだ
困ったな。どうやって断ろう

「…私、まだそういうのは考えられなくて、」
「いつかするなら早い方が良いでしょう。子供も大きくなってから父親を得るより、早めに慣れ親しんだ方が安心します。これから先お金もかかるし自立した後1人では寂しくありませんか?」

私の不安を次々に言い当てていく
返す言葉が無かった

そう、ね。この子達のことを考えるのならば、この人と結婚した方が良いかもしれない

お金があれば学校へ行かせてあげられる
こんな狭い家じゃなくて、広い家に住める
私が繕った衣服ではなくちゃんとしたものも着れる

そっと手を花束に伸ばした

「セレーナさ…っ」

モルジアナが叫んで私の手を掴もうとした時だった
赤と白の薔薇が、白く慎ましやかな花へと変わる
横から出てきた腕の先にはマスルールが居た

「これ、俺からセレーナさんに」

白い花はマーガレットだった
ミニブーケになっているそれは、綺麗に、凛と咲いている

「父親が欲しいんですか」
「え…」

不機嫌さをやや含んだ声
表情も、普段より少し険しい
その変化にどきっとする

私は貴方のそんな瞳を知らない
勘違いしちゃいけないと言い聞かせても、嫉妬のような行動に胸が高鳴る
違う。違う。マスルールは私の可愛い子供、息子なんだから

「これはまた大きな…いや、ならこの家は手狭ですから尚更「必要ない」

私の腕に花束を押し付けてマスルールが一歩前に出る
入れ違いにモルジアナが私を引いて、彼の背中に隠れる形になった
モルジアナも私より前へと進み出る

「セレーナさんが笑顔でお帰りと言ってくれるから、意味があるんです。私達の家は此処以外ありません」

2人の後姿を見て私は急に恥ずかしくなった
同時に涙が出てきそうになって、胸元を押さえ必死に我慢する

半分はとても嬉しくて
あの時もそう。こうして私の所が良いと言ってくれることが幸せで

もう半分は、とても哀しくて
訪れるだろう別離に。気付かないふりをしている感情に申し訳なくて

「僕だって彼女を笑顔にするさ。望む物なら何でもあげるし、願うなら何でも叶えてみせる」
「…だそうですけど、何かあるんスか」

不意にマスルールが振り返って私に尋ねる
望むもの、願い
口内で反芻して私は視線を落とした

「――沢山あるわ。2人にちゃんとした教育や衣服をあげたいし、広い部屋に住ませてあげたい。モルジアナにはもっと綺麗になってほしいし、マスルールにだって、」
「そうじゃなくて自分のことはないんですか」

その言葉に驚いて顔をあげれば、じっと私を見詰める瞳と視線が交わる
自分のこと。マスルールやモルジアナのことじゃなくて、私の

「私は…、…ごめんなさい。私、マスルールに成長してほしくない。2人に出て行ってほしくない。寂しい、1人は嫌。あれだけ大きくなってと願ったのに、今は時が戻ればいいと思ってる。分からない…分からないわ」

ぐるぐると思考が回ってる
考えれば考えるほどにこんがらがっていく
確かめるように言葉を区切りながら紡ぐ

「モルジアナが大きくなるのは今も嬉しくて、勿論出て行く時のことを考えたら哀しくなるけれど。だけどマスルールはもうこれ以上育たないでって、そう、思ってる。出て行くのも嫌、だけどそれだけじゃなくて、私、…私貴方のこと息子だって、思えないかもしれなくて…!」


私はマスルールが好き
でもそれを言ってしまったら、この生活に終わりがきてしまう
だから必死に必死に誤魔化して生きてきた

可愛い息子と思えば大丈夫
いつまでも傍にいられる
彼女になんてなれなくても、母親なら、ずっと

甘い幻想はすぐに砕けるって分かってたのに


「俺は前にも言いました」

その手には似つかわしくない花が一輪あった
ブーケにある物と同じ、白いマーガレットが
私の髪に挿されて凛と咲く

「…セレーナを、母親と思ったことはないって」

――― あ、

「願い叶えられるのは俺とモルジアナみたいっすね」

おずおずと近寄ってきたモルジアナが私に抱きついた
彼女からは優しい森と太陽の匂いがした
私の頬を撫でる、大きな掌からも





「あの人が父親とか心底嫌です」
「こらモルジアナ、人の悪口は駄目でしょ」
「悪口じゃありません。本音です」

中断された夕食を再開して会話に華を咲かせる
彼にはきちんと求婚を断り、帰ってもらった
まだ諦めてなさそうだったのが気に入らないのか、モルジアナは珍しく文句を言っている

「でも…マスルールが父親っていうのも、ね」

2人は兄妹同然で生きてきたのだから
私がそう呟くと、モルジアナはきょとんとした
そしてマスルールを見てからもう一度私を見る

「マスルールさんはセレーナさんに結構初めの方から惚れていたので、私はなんとなくこうなる思ってましたから平気です」

その言葉に私は真っ赤になる
つい彼を見れば、向こうも皿で顔を隠してビーフシチューを掻っ込んでいた
平らげてしまった後にはモルジアナの頬を緩く摘まんでそっぽを向いた

「いひゃひれす」
「お前が悪い」

大して痛くなさそうだけれど
モルジアナがそう言えば頬から手が離された
でもこっちを見ようとはしない

「――モルジアナはマスルールが父親でも大丈夫なのね」

えっ、とマスルールが息を飲んで此方を見た
ようやく交わった視線に、私は笑いかける

「あと3年経っても貴方の気持ちが変わらなかったら、私で良ければ貰ってちょうだい。それまでは、そうね…」

息子に見れない母親と
母親と思えない息子と
そんな滑稽な関係性を、恋人だなんて甘いモノに変えてみましょうか

お菓子の家にはできなくても
それなら貴方達きっと、2人誘われて来るでしょうから





All of a sudden, you seemed special.
(突然あなたが特別に見えた)





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