これとあれとそれ
書簡を持って足並み揃えて
扉をくぐって机に置いて

さて、今日も政務官殿の補佐奴隷になりましょうか



「南東地区の建築費用の書簡は!?」
「今年度の始年式典の予算案はどこいった!」

忙しなく走り回って怒鳴り散らして
誰が文官は大人しく聡明だって?
そんなわけないでしょう。いつだって戦場だってば

持ってきたばかりのそれを叫ぶ人達に手渡して行く
はいはい、次はこれ、貴方はこっち
ええとそれから、

「ジャーファル様には此方でお間違いないですよね」
「はい。そこに置いてもらえますか」

私を一切見ずに机上の書簡を見たまま淡々と述べる
いつものこと。と心中で溜息を吐いて、分かりやすいようにでも落ちない場所に置いた

「セレーナ、次は――「漁業組合の会合記録ですね。お持ちします」
「お願いします」

やっぱり私を見やしない
信じられる?これでも私達恋人なんだって

政務官殿の言いたいことなら何でもわかる
それだけ長く、私は傍に居たから
でも何年経っても私は彼の言いたいことだけはわからない


ジャーファル、という1人の男の言いたいことは、なにも


「会合記録に輸出商品一覧表…ああ、果樹園創設記も必要かな」
「仕事熱心だなセレーナ」
「!国王陛下!どうなさいましたか?」

独り言を呟きながら書庫で資料をかき集めていたら、後ろから王様に話しかけられた
私の名前を覚えてくださっているのは、私がジャーファルの恋人だからなのだけど
気さくに話しかけてくださる王様に礼をする

「いや…ジャーファルに用があったんだが、」

そこで言葉を区切って政務官殿が居る部屋を見つめる
慌しすぎて話しかけるのを躊躇ったんだろう

「急ぎの案件でしょうか?」
「1週間後の外勤についてだから、それほどでもないな」
「では頃合を見計らって本日中には政務官殿にお伝え申し上げます」

外勤、か。とぼんやり考える
王様どこかの国と会合されるのかな
政務官殿を連れて行くのだから事がちょっと厄介なのかも

それにしても私はそんなこと聞いてない
困るんだよな。そういうのって
部下としては調整しなければならないものもあるし、何より個人的には、

「どうした?」
「あ…っ、いえ、それでは失礼します。国王陛下も早く部屋に戻られますようお願いします」
「うーん…セレーナに言われては仕方ない、戻るか」

やっぱりちょっとばかし逃げ出そうと思ってたんだな
しかし、1週間後留守にされるのなら国事に支障が出ないようしたいので、申し訳ないけど戻ってもらわないと
私も急いで仕事場に戻り、また叫ぶ人達に書簡を手渡す

自分の担当も勿論こなして他人のフォローもそれとなく
最優先はいつ頭を抱えだすか分からない政務官殿に、適宜お茶を淹れ、此方を全く見ないとしてもきちんと伝達事項を伝え、最良のタイミングで仕事を差し出していくこと

終業の鐘が鳴り響いて数刻経って
ようやく片がついた人から上がって行く
塔に鍵がかけられる半刻前に、政務官殿の仕事も終わった

「お疲れ様ですジャーファル様」

本日最後のお茶を差し出す
政務官殿が飲んでいる間、私は終わった書簡を集め担当を振り分ける
使った資料も細やかに並べ明日には戻しておかないと

まだ作業を続ける私に視線が向けられているのに気付く
それとなく見た政務官殿は、カップを手にしたまま私を凝視している

「…ああ、ジャーファル様国王陛下より託を承っております」
「シンから?」
「はい。1週間後の外勤の件で話があるので時間が出来れば部屋まで、と」

時間が出来れば、は私から政務官殿への配慮
こうでも言わないと無理をしてでも王様のもとへ行ってしまうから

部屋まで、は私から王様への配慮
何度も出向いてもらうのは申し訳ないし、そう伝えたと言えばしばらくは大人しく部屋で仕事されるだろう

私はそれとなく気を遣って告げたのに、政務官殿は苦虫を潰したような表情をした
峠は今日でお終いだから明日からはそれほど忙しくないというのに
もしかして、私が知らないだけでまだ修羅場はあるのかな

「セレーナ」
「はい、ジャーファル様」
「終業の鐘はとっくに鳴りましたよ」

書簡を並べる手を止めて政務官殿を見る
まだ苦悶の表情をしている
私は視線を落として作業を再開した

「生憎と私の仕事はまだ終わっていません」
「それは貴女の仕事ではありません」
「政務官殿の補佐ですから。上司が残っているのに部下が帰るわけにもいきません」
「セレーナ、此方を向きなさい」

強い声に身体が少し跳ねてどきっとした
此処まで来ると意地の張り合いにしかならない
やらなくてもいい机周りの掃除を始める

「勤務中です。命令とあらば中断致しますが」
「…もう一度言いますよ。セレーナ、此方を向きなさい」
「ですからそれは命れ、」

いつの間にか音もなく後ろに現れた政務官殿に腕を持たれ、勢いよく引かれ誰の席かも分からない椅子に座った彼の膝上に乗せられた
僅かな灯りでは表情全てを映し出せてはいないけど
多分、いえ、きっと怒ってる

ああこれが政務官殿だったら怒っているのか哀しんでいるのか
何に対してその感情を向けているのか、すぐにわかるっていうのに

「やっと真正面から見れましたね」
「…政務官殿は一切此方を見ませんから」

観念した私がぽつりと呟いたそれは、彼の瞳を大きく開かせた
拗ねているんですか、なんて優しい声と共に頬が撫でられる
私は呆れてわざとらしく溜息を吐いた

「齢24にもなって何を子供みたいな。私がその程度で拗ねるような可愛い女ではないことは重々承知でしょう」
「ですが拗ねた子供みたいな顔つきですよ、今の貴女は」
「灯りから遠く離れているから錯覚でも見ているんでは?」

拗ねてなんかいない。と、思う
しかしこの受け答えは本当に拗ねているようにしか思えない

頬を撫でる手は止まらない
私はゆっくり瞳を閉じた



私はね、寂しいんだ
政務官殿は仕事については何でも言ってくれる
貴方と私は優秀な上司と部下で、互いに次の行動がわかる、とても良い関係

だけど仕事という枠組みを外した時
私達の関係は酷く脆くて、頼りない

此方を見なかったことに関して政務官殿に怒ったり拗ねたりなんてしない
仕事中、それも忙しいのに馬鹿みたいな我侭思わないし、思ってる暇だってないよ

そうじゃなくて、私は私を必要とされたい
部下という立場だけでなく、1人の女として貴方に必要とされたいのに

…やっぱり拗ねてるのかな
外勤のこと知らなくて、部下としても恋人としても教えてもらえなかった私
必要ないよと遠回しに言われている感覚に卑屈になっているのかも



瞳を開けると思ったより顔が近くにあった
眼前いっぱいに広がる彼の顔を、じっと見詰める

愛されたい年頃なんてとっくに過ぎた
私は貴方を愛してる。でも独りよがりは絶対に嫌だ
受け入れてほしい。貴方が好きだって、愛してるって気持ちを

「――外に出ましょうか」

返事をするより早く私を抱えたまま外に出る
ああ、齢24にもなって何でこんな
夜遅くで人がいないのが救いだと自分自身に言い聞かせる

なんてことない、外というのはすぐそこの中庭
芝生の上に降ろされた私は彼に促されて空を見上げる
漆黒の空に月と星が瞬いて、きらきらきらと降り注ぐ

綺麗だなぁと思う反面、なんだかとても憎らしくなった

「シンは、まるで太陽みたいだと思いませんか」

星空を見上げたまま彼が言う
私は王様を思い浮かべて、そうだねと頷いた
あの方はとても眩しくて光り輝いて、そこにいるだけで安心して笑える

「月は貴方みたい」
「私は月をセレーナだと思っていますよ」

今度は私が目を見開く番
夜空から此方に視線を向けた彼は、にっこり微笑んだ
その髪は月光が優しく照らしていて
私よりきっと月が似合っていると思う

「どうして?」
「月は夜にこそ温かく降り注ぎますが、」

ぎゅっと左手を握られた
人の体温が伝わってきて、心地良い

「昼間にもそれはあって、人々が気付かないだけで常に優しく見守っていますから」

そんな大それた人じゃないと小さく呟いた
彼に聞こえたのかはわからない
握る手の力が少し強くなった気がした

「私はいつも太陽を見上げているだけの男です」

声色が急に落ち込んで、私はじっと彼を見る
クーフィーヤが邪魔をして細かい表情が読み取れない
恐らく、見えたところで上手く汲み取れやしないんだろうけど

「情けないことに見上げてばかりいた所為で、私は昼間の月を一度も見たことがありません。近くにあるはずなのに、より大きな物にばかり目が行ってしまう」
「仕方ないよ。私だって昼は太陽しか見ない」
「いいえ、セレーナはちゃんと私を見てくれるじゃないですか」

横並びになっていた私達はいつの間にか向かい合う
繋がれた手は未だにその温もりを伝えている
私の左手を彼の右手が持ち上げる
その甲にゆっくりと口付けられた

「――私はこれからも太陽ばかり追いかけるでしょう。降り注ぐ者全てに幸福を渡す手伝いを、身を粉にしてでも手伝いたいと願い申し出たのは私自身ですから」
「…ええ、知ってる。そんな貴方が私は好きで好きで、愛しくて仕方ないんだ」

彼の言葉を心中で反芻しながら私も言葉を紡いでいく
ようやく、言いたいことがわかってきた気がする
だけど私という女はその先を告げるなんて、無粋な真似をしない


「我侭で酷く愚かな男に、貴女の全てをくれませんか」


真っ直ぐに見据える瞳
微かに視界がぼやけて、それを振り落とすように私は頷いた

「夜道を歩く時だけで良いから私を必要として。私は貴方を、ジャーファルをいつまでもずっと見守っているから」

貴方から私になんて何も要らない
ただ捧げることを許してくれるなら、それでいい
不器用なほどに真っ直ぐな貴方を私は愛してる

「セレーナ」

近付いた唇に瞳を細める
その髪を一番綺麗に照らせるのが私なら、太陽になれなくたって構わない





Thank you for having discovered me.
(私を見つけてくれてありがとう)




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