早朝の掃除担当の方に起こされ、私はぼんやりと空を見上げる
雲ひとつ無い快晴に一瞬目の前が眩んだ

「大丈夫ですか?顔色悪いですけど…」
「…平気です。ありがとうございます」

籠を抱えて廊下を歩く
置き場には侍女長がいらした
私を見て驚いた顔をされる

「セレーナ朝までやってたの?」
「いえ…、はい、すみません」

疲れて本当のことを言う気にはならなかった
朝礼を行い、今日の持ち場担当を告げられる
と言っても朝は絶対に洗濯係

1晩で溜まった衣服をまた洗い始める
身体が重くて、いつもより速度が遅い
無言で進めていると影が落ちた。雲なんてないのに

「――ま、するーる様…っ」

顔を上げて私は叫ぶ
驚く私を余所に、彼は洗い終わった衣服を入れた籠を持ち上げる
慌ててそれを止めに入る

「いけません、そんな」
「…運ぶぐらいなら俺にも出来ます」

そうではなくて、下の者がする仕事を恐れ多い
と告げたかったのにマスルール様は先に持って行ってしまった
よく見ればそのお姿は、いつもの鎧姿ではなく私服で
休日に雑用をさせてしまったことに私は青褪めて行く

「マスルール様!?いやいや駄目ですよ、…ちょっとセレーナ!」
「はいっ!」

案の定私は呼び出されて怒られる
籠には番号が振ってあり、誰が担当かすぐ分かるから
八人将になんてことをと怒られてる間、マスルール様の周りに侍女が数名集まった

そして私は目を見開く

1人の子が付けていたのは、紛れもなく私が探していた物だったから
説教の途中だというのに私は其方に駆け寄った

「あの、それ…!」
「これ?やだ忘れたのセレーナちゃん」
「あげたんでしょ?要らないから〜って」

口早に周囲の女の子が言葉を紡ぐ
展開が飲み込めない私は、ただただ呆けているだけ

「可愛いですよねコレ。マスルール様も思いません?」

その言葉にハッとして私は彼を見た
マスルール様は一瞬だけ私を見て、そして、視線を逸らして小さく溜息を吐かれた

違う、違うんです
あげたわけではありません
要らないなんて、そんなこと一瞬たりとも思ったことありません
私は、私はそれこそ大切に、大切にしていたのに

マスルール様に、嫌われるなんて、そんな

「ちが――「セレーナ!話の途中なんだからほら!」
「待って、待ってくださ…っ」

侍女長に引っ張られその場から離れさせられる
なんで、私が。違うんです。私が、どうして
遠くに去って行くマスルール様の背中を見ながら涙を流す

説教の言葉は全く耳に入らないのに、首飾りを付けた彼女の言葉だけが私の耳に届いた

「マスルール様に褒めてもらっちゃったー」

ぷつん、と何かが切れた音がした
考えるより先に私は彼女の襟元を掴んで押し倒した
その首から首飾りを取ろうと、必死に
抵抗する彼女に引っ掛かれたり逆に引っ叩いたりしていると、衛兵に割って入られる

「ひどい…っ、いたいよ…」
「酷いのはどっちですか!それは、それは…っ」

まだ彼女の首には宝石が煌いている
取り返さないことには腹の虫が納まらない
暴れる私の頬を、侍女長が勢い良く叩いた

「どうしたのさセレーナ!仕事だけが取り得だったのに、こんな騒動起こして…解雇するよ!?」
「…したらいいじゃないですか」

ふつふつと湧き上がる感情に歯止めが利かない
私の言葉に全員が驚いた
今まで、こうして歯向かった事はなかったから

「私の、私のささやかな幸せすら、それすら奪うというのなら、ただ傍でお仕えできればと願っていただけなのに、何がいけないというのですか。何をしたというのですか。私が―――」

涙が溢れてその先を叫ぶことは出来なかった
私を抑える衛兵の腕を振り払って、その場から立ち去る
走って、走って、人気の無い森まで着くと、蹲って声を押し殺し泣いた


毎日毎日決められたことをきちんとこなして
誰にも迷惑がかからないよう、全てやってきたのに
何かあればすぐ私に押し付けて私を怒って

嫌いです。そんな周りも、こんな自分も
普通という枠組みから出ないよう、目立たないよう必死に縮こまって生きている自分なんて

そんな私だから自由なマスルール様が羨ましくて
憧れて目で追いかけているうちに可愛らしい所やかっこいい所を沢山見つけ
いつしか恋慕の情を抱くようになったんです

でも、別に私だけを見てほしいなんて望んでいません
邪な想いはあの日、全て捨て去ったのに
綺麗な思い出と一緒に生きていけたら良いと考えていたのに


「綺麗、事、なのかな」


本当は心の奥底から罵りたい
私の首飾りを取った彼女も、それを庇う周囲も、こき使う侍女長も、何も言えない臆病な自分も、こんな運命にした神様も
全部全部消えて無くなり去ればいい

どうして真面目に生きているのにこんな目に遭わなきゃいけないの
綺麗じゃない私より、確かに可愛い彼女の方がとても似合うけど、でもそれをいただいたのは紛れもない私なのに何で私が悪者なわけ

強く言えない奴だから何しても良い訳ないでしょう
傷付くのは当たり前だし、許してるわけない
土下座されたって許すものか。アイツらなんて、最低、最低、最低

「返して、返してよ……私が貰ったものなのに、なんで、なんで…」

土と涙で汚れていると、がさりと音がした
音の方に顔を向ければ鮮やかな赤が目に入る
誰、と理解するより早く、私は後ずさった

「ます…っ」

ぼろぼろと涙が零れて止まらない
違うんですと言いたいのに、言葉が続かない
それがまた哀しくて涙を流しての悪循環

傍に屈まれたマスルール様の顔が滲んで見えない
綺麗じゃない顔は、今凄く見っとも無くて汚いはず
見せたくなくて俯いて肩を震わせていると、掌を掴まれ何かが置かれた
それもやっぱり滲んで分からなくて

「アレ、気に入りませんでしたか」
「っそんな…そんなはず、ありません。私はずっと、ずっと付けて大切に…」

頭を振ると涙が飛んで、少しだけ視界が晴れた
握り締めた手にある物が箱だと分かる
促されてゆっくりそれを開いた

小さな宝石で花の形をあしらった、綺麗な、首飾り

「そっちの方が…セレーナさんには似合うと思うんスけど」

花の輪郭がぼやけていく
涙が1粒零れて、宝石に当たり煌いた
震える手でそれを取り首に付ける

「似合い、ますか…?」

泣きながら笑う私はきっと綺麗じゃないけれど
マスルール様が優しい声で褒めてくださるから、私は泣くことを止めてもっと笑った










「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -