(※邪な乙女に清き口付けをの続きです)



慎ましく、身分を弁え相応に
そうしていれば現状以上の幸せは無くても、異常なまでの不幸に見舞われることもない
目立ってしまえば終わりだから

「次これね!」
「はいっ」

今日もまた大量の衣服が差し出される
5杯目となるそれを、私は必死に洗う
泡だらけの手が付かないよう二の腕で頬の汗を拭うと、隣に居た同僚が私を見た

「それ可愛い」

きらり、と太陽に反射して光る首飾り
私は視線を少し下に向けて微笑んだ

「ありがとうございます」
「どこで売ってたの?」

口篭る。私が買ったわけではないコレは、マスルール様からいただいたもの
あの日あった夢のような出来事を、夢ではないと感じさせてくれる大切な品

「ええと…すみません、忘れました」

彼女は残念そうな表情をする
話していた分手を速めて、洗い終わった衣服を干しに向かった

私にとってあの日は自己満足
マスルール様が私を見て、名前を呼んで、首飾りをくださった
正直それだけでいい。充分すぎるほど良くしていただいた

私は彼をお慕い申しているけれど、だからといって彼にも同じ気持ちを持って欲しいとは思わない
正確に言えば思わないようにしている
望みすぎた人間は醜くて、叶わなかった時の絶望は計り知れない

いつかは私も結婚するんだろう
相応の人と巡り合い、この小さな痛みを抱えたまま、変わらない日々を過ごす

それでいいのだと言い聞かせる

「セレーナ!終わったらこっちお願い!」
「あ、はいっ」

侍女を纏める方が大声で私を呼ぶ
慌てて衣服を全て干して、駆け足で向かう

洗濯が終われば昼食の準備
盛り付けられた皿を丁寧に運び、机上に並べていく
少しだけ休憩を取って、次は宮中の窓や扉を磨く
終わる頃には繕い物が溜まっているから、それを担当分取って終業の鐘までに仕上げる

これをずっと続ける
お休みが来るまで、私の生活は同じ
無心で布を縫っていると遠くから黄色い声が聞こえた

顔を向ければシャルルカン様が侍女と話していらっしゃる
特に私には関係ないから、また繕い始める
これもいつも通りのはずだったのに

「お、セレーナさんじゃんか。この間はどーも」
「えっ」

いつの間にか傍にいらしたシャルルカン様に話しかけられて
驚きのあまり針を落としかけた
周囲の方々にも見詰められて、かあっと頬が熱くなる

「いえ…私は、そんな、ただ届けただけですので…」
「いやいやホント助かったって。ジャーファルさんとか凄く褒めてて俺にもあれぐらい真面目になれっと、あ、今のナシ。ともかくマジ危なかったんだぜ」

口を滑らし誤魔化すシャルルカン様に小さく笑う
明るくて気さくな方で、多くの侍女や衛兵が慕うのも頷ける
彼は暫く私に話しかけてくださった後、呼びに来た武官と一緒に去っていかれた

急に静かになった気がして、紛らわすように私は手を動かす
終業の鐘が鳴る頃には全て繕い終えた
定時であがれると喜ぶ私の隣に、どさりと未完成の分が置かれる

「担当の子が怪我しちゃって、悪いけどやってくれない?」
「あ…」

そこで私はようやく周囲の視線に気付いた
何故、どうして、あの子が
尻込みするぐらい怖い
私は無言で頷いて残り全てを引き受けた

人は怖い。さっきまでにこにこしていた子が一瞬で無表情になる
私なんかがシャルルカン様とお話ししたのがいけなかったんだ
分を弁えなかった自分に呆れて、誰も居ない部屋で小さく溜息を吐いた

半分ほどにまで減った繕い物を見る
全部終わるには、あと2時間ぐらいかかるかな
乱雑にすればすぐ終わるけど、日々稽古に打ち込む武官の方のお召し物にそんな扱いは出来ない

1針1針丁寧に縫い上げていく
微かな灯りが目に入って、肩の力を抜いた
疲れてきたら首飾りを眺めて―――

「―――無い」

サッと血の気が引いて青褪める
何度も何度も確かめるけど、首元に鎖が見当たらない
はしたなくも衣服をはためかせてみても落ちてこない

今日は外していないのに
考えられるなら鎖が切れて落ちたとしか
立ち上がって探しに行こうとして、ハッと思いなおし座る

見回りの方が来た時に放置していたら駄目
せめて仕上げてからじゃないと
でも、今でも暗いのにこれ以上時間がかかったら、探せない。でも


置いていってもいいじゃない
本来なら私は終わっているのだから
こんな布より、首飾りの方が数万倍大切


脳内をまるで悪魔が囁くように言葉が流れる
必死に頭を振って追い出しても、嘔吐感のように込み上げてくる
気付けば私は泣きながら繕い物をしていた

「っ、ひっ…ばか、ばかぁ…」

折角洗った衣服にぽたぽたと涙が落ちる
私の馬鹿。間抜け。ドジ。鈍間。愚図

ごめんなさいマスルール様
決して気に入らないから落としたのではないのです
やはりアレは身につけるべき物ではなく、小箱に入れたまま保管しておくべき物でした

身分不相応なことは、もう絶対にしない
質素に目立たず生きるのが一番良い

泣きながら行った所為か時間はもっとかかった
所定の位置に衣服を置きに行こうと扉に手をかける
――ぐっと力を込めても開かない

「えっ…な、なんで。どうして、誰かっ!お願い開けて!」

扉を叩いても叩いても誰も来る気配が無い
思い返せば見回りの方も来ていない
部屋の隅から音がして、思わず身を強張らせる
灯りの燃料も切れそうになっていて、今にも消えそうで

「……もうやだ…」

ずるずるとその場にへたり込む
神様。私が不相応なことをしたのがそれほどお気に召さなかったのですか
大切な物を失くし、残業に追われ、挙句暗闇の部屋に閉じ込められ
これが幸せの報いというのであれば、私はもう幸せなんて要りません

蹲ったまま私は眠ってしまった












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