「っ、父さん…!」

ジャーファルさんと仕事をしていると扉が音を立てて開いた
慌てふためくアイツを制して落ち着かせる
手にあった紙を押し付けられた

「君が外に居るなんて珍しいですね」
「母さんがっ、出て良いって言うから遊んで…帰ってきたら、いなくなってたんだ!」

手紙を開く時間すら惜しかった
ジャーファルさんが叫ぶのも無視して部屋へ向かう
そこは、そこからは綺麗にセレーナの荷物だけが無くなっていた

握り拳に力を込めると紙の破れる音がした
忌々しく思いながら手紙を見ると、謝罪の文面が書かれていた

自分が俺に見合わないこと
それを理由に出て行くこと
子供は置いていくから、跡取りとして頼むこと

最後に、さよならと愛してるを

「―――っ!」

声にならない怒りを壁にぶつけた
盛大な音と共に崩れ去って、隣の部屋と繋がる
ぐしゃぐしゃになった手紙を持ってジャーファルさんの所へ帰った

「マスルール、彼女は」
「…出て行きました」

絶句するジャーファルさんを余所に仕事を始める
俺がもう少し若かったら、今頃追いかけていただろう
けれど今は感情だけで先走ったりしない

何か理由があって出て行ったのは分かる
だがそれを一言も相談せずに、勝手に押し付けて去って行ったセレーナが許せなかった
残された側の気持ちを知っているはずの彼女が、なんで

「父さ…」
「お前は今日から俺の部屋で寝ろ」
「なんでっ、母さんは?」

嫌がるアイツを無理矢理追い出す
手紙は丸めて捨てた
苛立ちを抱えたまま、黙々と仕事を続ける

ジャーファルさんは何も言ってこなかった



「…いつまで不貞腐れてる」
「うるさい」

夜部屋に戻るとアイツが布団を頭まで被って泣いていた
俺が寝ようにも、ベッドのど真ん中を占領されているから入れない
1時間経っても泣き止まないから布団を引っぺがした

「さっさと寝て、明日に備えろ」
「う、っぇ」

何か言葉を飲み込むように噎び泣いた
言いたいことを我慢するのは、セレーナによく似ている
俺はそれに気付かないフリをして眠りに就いた



時間が経てば忘れると思ってた
だけど目覚める度に、あの綺麗な顔が見つからなくて
起き上がって探す自分に虚しくなる

気を紛らわすために仕事ばかりした
アイツが昼間何をしているかは知らない
夜になればきちんと部屋に帰って、寝ていたから





久しぶりの休みに街へ出た
珍しくアイツが駄々を捏ねたので、一緒に買い物に向かう
市場は変わらず活気付いていたけれど、それには目もくれず、ひたすら何かを探していた

それが何かだなんて聞かなくても分かる

「無駄だ。今頃別の国に居るだろう」

俺の言葉に顔を動かすのを止めた
振り返ったのは、眉を寄せ怒りながら泣く姿

同じような目元を吊り上げて
大きな瞳いっぱいに涙を溜めて
きゅっと結んだ口許は、…セレーナにそっくりだ

「俺、本当はしってたんだ…」

周囲の雑音に掻き消されそうな声で呟いた
ぎゅっと俺の服の裾を掴む

「母さんが悪く言われてるの、しってた。俺にそれを聞かせないよう、必死になってたのも、っだから、母さん凄く疲れてて、あんなに綺麗だったのに…俺の、俺のせいで…っ」

わあっと声を上げて泣いた
子供のように、子供らしく、感情のままに
道行く人々が俺達を見ていたけど止めることはできなかった

「もっと、強くなりた…いっ。母さんを守れるぐらい、強く…!」

ぼろぼろ涙を溢す姿に自分が重なった
これほど泣いたことは無くても、守りたいもののために強くなると願う姿に、遠い昔を思い出す

あの時から何が変わった?
守りたい者を守れずに
笑わすどころか、泣かせまでして

「―――探すぞ」

驚きを隠さないアイツの頭を撫でた
すぐに理解して頷き、二手に分かれて市街を駆け巡った

優しい匂いがすると言っていた
それは俺もよく知っている
甘い果実のような居心地の良い匂いと、艶やかな声や踊りに魅入ったのだから

たった一夜の出来事をずっと忘れられず
奇跡とも呼べる再会に、柄にもなく大喜びしていたのに

あの時追いかけるべきだったんだ
捕まえて、怒鳴り散らしてでも、引き戻すべきだった

この国に居なければ無理を言ってでも国外へ探しに出よう
何十年掛かろうとも、絶対に
そう心に決めた時だった

店の中から微かに聞こえる歌声に気付いたのは

「いらっしゃい!おや、マスルール様!」
「…邪魔する」
「えっ。いや、奥にはだねぇっ」

ずかずかと入り込む
仕切りを退ければ、驚いた顔のセレーナがいた
綺麗だった髪は短く切られ、その手には布を織る道具を持って

「あ…っ!きゃああああ!!」
「っ、逃げるな」

か細い腕を掴んで引き寄せた
足掻く身体を押さえつけるように抱き締めれば、徐々に抵抗は無くなっていった
代わりに「ごめんなさい」の言葉が反芻される

「何で出て行った」
「こわ、かったんです。私も、あの子も、受け入れられなくなる日が来ることが。守れなくなる日が来ることが」

ずっと、1人でアイツを育ててきたせいか
それとも俺が頼るに値しない相手だったせいか
全部抱え込んで埋もれて潰れて

「俺が嫌いか…?」

問えば勢いよく首を横に振った
心外だ、と言わんばかりの瞳が映る

「…頼ってくれ。俺は…アイツの父親であるより先に、お前の夫だから…」
「っぁ、ごめ、ごめん、なさい…っ!」

わあわあ泣く声と共に優しい匂いがした
香を焚いたのか、少し違っていたけれど
その中に僅かにある匂いに心から安堵した





「母さんの、ばか…っ!」
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」

ぎゅっとまだ幼い身体を抱き締める
この子が泣くのを見るのは久しぶりな気がした

「…。どこにも、行かないで。俺と父さんとずっと一緒にいて、ください」

変な所で気を遣って
可愛い願いに私は頷き、ありがとうと微笑んだ
短くなった私の髪をマスルール様……いえ、マスルールが撫でる

「髪はどうした」
「――出て行ってすぐに後悔が押し寄せて、その未練を断ち切るために切ったのだけど…やっぱり国外には行けず留まってしまって」

何度も何度も港に向かっては船に乗らず
持ってきていた僅かなお金が尽きそうになり、布織りの店に雇ってもらった

「母さん、ひとつ聞いてもいい?」
「どうしたの」
「父さんにもひとつ聞いていい?」
「ああ」

私の腕の中でおずおずと喋りだす
それは質問というよりも、可愛い可愛い我侭で
だけど恥ずかしさのあまり私は頷くことが出来なかった











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