マスルールはあまり感情を表に出さない
僅かであればそれは汲み取れるけど、やっぱり言葉を発しない分少し分かりづらい
だから今こうして無言で抱き締められているのもちょっと理解できない

「マスルール」
「…」
「私、仕事中です」
「はあ、そうっすね」

公衆の面前で堂々
ってわけではないんだけれど
人気の無い部屋に問答無用で連れて行かれて、何事かと思えばこうされて

急ぎの案件は無いが勤務中です
八人将で自由気侭なマスルールと違って、私は真面目にお仕事に取り組まないと、お給料が出ないんです
それで生活してる私には死活問題である

「ねえ、ちょっと」
「ん…」
「寝ぼけてるの?酔ってるの?あと数刻だから待って…」

真正面から抱き締められていた腕が離れた
分かってくれたんだ
と思ったのも束の間、片腕は残したままもう片方を頬に添える

「…嫌ですか」
「え?」
「抱き締められるの」

凄く悲しそうな顔をされた
そういう顔に、私はとても弱い
齢20にもなるこの大柄な男に絆された原因の1つでもある

ズルイよなあ、と溜息を吐いた
自分に吐かれたのかとマスルールが寄り一層悲しそうな顔をする
腕を伸ばして頭を撫でた

「好き、です。でもね、」

時間帯を考えて欲しい
そう言いたかったのにまたぎゅっと抱き締められた
おまけに耳元で小さく「良かった」なんて呟くものだから、その先は言えず仕舞い

「…俺馬鹿なんで」
「そう?私より年下だけど、しっかりしてると思うよ」
「大人の付き合いとか…苦手なんです」

頭を撫でる手を止めて考える
どこかで私が以前付き合ってた人の噂でも聞いたのかな

そりゃ、年上とばかり交際してたけど
マスルールの言う大人の付き合いもしてましたけど
それは我慢ばかりでいつも私は泣いていた



仕事だから
付き合いだから
仕方ない、仕方ない

どうして帰ってきてくれないの
忙しかったのなら、何でお酒の匂いがするの

喚く女は嫌って
なら喚かせる男はもっと最低だよ

私が悪いっていうの
謝れば許してくれるっていうの
泣き叫んでも土下座しても、貴方はいつも見てくれないくせに

『うるさいなお前。我慢も出来ない子供なわけ』



「セレーナさん…?」
「…あっ、な、なに?」

気付けば顔を覗き込まれていた
不安そうな瞳が見える
精一杯の笑顔で誤魔化した

「あ、あのね、やっぱり仕事中だから帰らないと…」

振り解こうと腕を持てば、逆に身体ごと引っ張られた
近くにあったソファーに雪崩れ込むように落ちる
寝転んだまま痛いぐらいに抱き締められた

「マスルール?」
「…嫌っす」
「嫌って…ほら私地位が低いし、その分働かないと、」

続きを言おうとして身が縮こまる
此方を見ていたマスルールの視線が、怒っているようだったから


あ、私、また我儘言ったかな
我慢、出来てなかった
年上のくせに包み込めてなかったや


「――ごめん。よし、じゃあちょっとだけサボろうか」

今度は自分から抱きつこうとして…離された
起き上がらされてソファーに座らされ
マスルールも上半身を起こして、私を見下ろしてる

あれ。なんでそんな悲しそうな顔してるの

「…俺はセレーナさんと一緒にいたいです」

少しだけ伏し目がちにマスルールが呟いた
それは何度も何度も聞いた言葉
好きとか、愛してるとか言わない代わりに、マスルールが言ってくれる私への愛の言葉

「私だっていたいよ…」
「ならなんで我慢するんすか」
「してないよ。さっきだってちゃんと居ようって言ったじゃない」
「その前は」

えっ?とマスルールを見れば今度は真っ直ぐに見据えられた
悲しさと怒りが混じったような瞳で
私はそれが怖くて逃げ出したかったけど、逸らすことはできなかった

「仕事あるって断ってました…」
「それはっ、ほら…心変わり的な…?」
「…」

訝しげな目で見られる
…なんで要望に沿ってあげたのに責められなきゃいけないわけ
沸々と怒りが込み上げてきて、私は声を荒げた

「ええ仕事ありますよ!でもマスルールが離してくれないから、じゃあもういっか。ってなるじゃない!なのにOK出したら離れるって身勝手にも程があるでしょ」


結局、私は我慢してたんだ

仕事だから
付き合いだから
仕方ない、仕方ない

ってあれ?これじゃあ私、まるでアイツらみたいじゃない
会いたくても仕事だから無理
一緒にいたくても付き合いがあるから無理

憎んでたアイツらと、同じ事を私してない…?


「あ…っ、ごめ、ごめん…!」

気付いた瞬間ぼろぼろと涙が零れた
身勝手なのは私の方だ
大人の付き合いが嫌だと喚く一方で、マスルールにそれをしてほしいと無意識に強要して

酷い大人
醜くて汚くて、外見だけは取り繕って

ごそりと視界の端でマスルールの腕が動いて、身を強張らせる
呆れたかな。捨てられるかな。どれだけ謝ったら許してもらえるの
そんなことばかり考える私の腕を、優しく掌が掴んだ

「抱き締めていいっすか」
「えっ…?」

マスルールの表情はいつもと同じ感情の読めない物になっていて
私は言われた言葉を必死に反芻した

「…やだ」

口から出たのは私の素直な言葉だった
それを聞いてマスルールは悲しそうな顔をしたけど、腕が離される前に私はその腕を掴んだ

あのね。もう途中で言葉切るの止めるから
だから君も最後までちゃんと聞いて欲しい

「キスのほうが…いい」

真っ赤になりながら私は言った
まるで10代の少女みたいに、か細い声で、でもしっかりと
俯いてしまった顔を持ち上げられた時、マスルールの表情が目に入った

「…了解っす」

それはやっぱり読み取れない物だったけど
落ちてきたキスは優しくて、温かかった










「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -