「あ、ありがとうございます」

高い位置にあった書簡が消えて、私の前に差し出される
取ってくださったのはマスルール様
以前はあまり白羊塔に来なかったのに、最近はよく見かけるようになった

決して政務を手伝ってくださるわけではないのだけど
こうして物を取ったり運んだりしてもらえる
武官に比べて非力な者が多い白羊塔では凄く助かる

「他は…」
「これで最後です。よっと、っ」

山積みになった書簡を持ち上げる
大量にあるけどそれほど重たいわけじゃない
女の私でも、充分持てる

なのに持ち上げた山の3分の2が視界から消えた
隣を見ればマスルール様がそれらを抱えている

「あのっ私1人でも運べますから…」
「落ちそうだったのと見えないと思うんで」

確かに重量的には問題ないが、物量的と視界的には厳しいものはある
かといって担当が違うとはいえ上司にそんな雑用紛いなこと、させていいはずがない
なんて悩んでる間に先を行く背中が見えた

「マスルール様…っ」

慌てて後を追いかける
呼ぶとすぐに立ち止まって待ってくれた
けど、隣に並べばゆっくりと歩き出す
どうやら返してもらえなさそうなので、ご好意に甘えて運んでもらう

「此処でしたっけ」
「はい。今開けますね」
「…」

書簡を抱えたまま短い腕を必死に伸ばしてドアノブに手をかけようとする
が、触れる前に扉は開いた
片腕に大量の書簡を持ち上げ、空けた片手でマスルール様が扉を開いている

「…すみません」
「いや…」
「ありがとうございます」

心の底から感謝を述べて微笑む
武官は野蛮だの何だのと時折聞くけれど、私はそう思えない
マスルール様は八人将だから特別なんだろうか

ちょっとばかし考え事をしながら中に入る
空いている机に書簡を置き、数冊選びジャーファル様に渡す

「セレーナさん」
「はい」

今一度お礼を述べようとマスルール様の所へ行けば名を呼ばれた
数多居る下っ端文官の名を、よくご存知だと感心する
本当はマスルール様って凄く頭の切れる方なんじゃないだろうか

「他に用とか無いですか…?」
「お気遣いありがとうございます。大丈夫です」
「…そうっスか」

とても強いと聞いたから武官の鍛錬はつまらないのかな
何も無いと告げると少し残念そうな表情をされた
頭を下げて自分の持ち場に戻る

椅子に座ればそこからは仕事の嵐
資料が揃ったから止まっていた物が全て動き出す

どれくらい経っただろうか
ふう、と溜息を吐いた時また名前を呼ばれた

「終わったんですか」
「あ…いえ、増築した居住区の戸籍がいくつか足りなくて…私の管理不足でご迷惑をおかけしています」
「…別に俺は関係ないんで」

もう勤め出して3年も経つというのに情けない
自分の失敗に少ししょげていると、目の前に可愛い包みが映る

「これ、…良かったら」
「え。でも」

有無を言わさず手に乗せられる
薄黄色の包みの四方を上に持ち上げ、淡い桃色のリボンで括られたそれを丁寧に開く
中からてのひらに転がり落ちたのは金平糖だった

「わあ…!」

砂糖で作られたそれは色とりどりの星のよう
海の向こうから伝えられたお菓子
小さいのに値段が結構するから滅多に食べられないけど、私はこれが凄く好き

「いいんですか?」
「俺は食べないんで…」
「ありがとうございます!可愛い…!」

てのひらに広がる金平糖を見ると頬が綻ぶ
こほん、と咳払いが聞こえて其方を見ると、ジャーファル様が呆れながら此方を見ている

「すみません、すぐやります!」
「そうしてください。マスルールあなたも持ち場に戻ってください」
「…はあ」

普段はジャーファル様の言う事を素直に聞かれるのに
今日は声が若干低く、僅かながらに眉間に皺が寄っている
でもちゃんと出て行こうとする後姿を見て、思わず声をかけて引き止めた

「お茶を淹れますので良ければ飲んで行かれませんか?」

マスルール様は驚いた顔をして立ち止まった
けれど首を横に振って、私に戻るよう促される

「また来ます。その時にお願いできますか」
「はい、喜んで」

お茶は嫌いだったかと心配になったけど、続いた言葉にほっとする
私が微笑むとマスルール様も微かに目元が優しくなった
立ち去ろうと踵を返す前に、少し背伸びをして囁く

「これ大好きなんです。本当にありがとうございます」
「知ってます。そのために――」
「え?」

思いがけない言葉に声を出すと、マスルール様はすぐさま口を閉じた
続きを聞きたがる私を引き離して出て行かれる
気になりながらも机に戻れば、ジャーファル様がまた呆れた顔で此方を見ていた

「セレーナ」
「はいっ今取り掛かります」
「仕事も良いですが、別件も早く取り掛かってくださいね」

首を傾げる私を見てジャーファル様は頭を抱えた
ふと机に置いた包みが目に入る
大好きな物をいただいたのだから、やっぱりお茶ではなくマスルール様の好きな物を渡そう

今度お会いしたら、好きなものは何か聞いておかないと









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