翌日から私は黙々と仕事をする
業務的なこと以外は一切喋らない
与えられた仕事を、淡々と、やり遂げていくだけ

これも私の精神安定のひとつ
過去に何度かしているから、同僚達も気に留めない
機械的な作業を繰り返す日々

そしてやってくる政略結婚の日

「ジャーファル様、明日は休みをいただきたいのですが」
「構いませんが…ちゃんと休むんですよ」
「はい。休みます」

私はジャーファル様の念押しに頷いた
仕事は綺麗に仕上げておいた

すみません、お先に失礼します
その言葉を酷く丁寧に私は告げた



何日も考えたんだ
ずっとずっと眠らないで
ごめん、やっぱり私は祝えない

だからといってお姫様を刺すような真似もしたくない
アンタを憎んで生きていくのも辛くて無理
大好きなんだよ。今でも、これからもさ

この先素敵な人が現れるかもなんて思えない
いたとしても要らない
もう必要ないと私思ったから

「…高いな」

ひゅうっと頬を風が撫でる
私は真夜中の王宮に居る
そこは鐘がある、高い高い塔

瞳を閉じて考える足から落ちれば下半身だけ強打する可能性がある
背中から落ちても下手したら途中で腰になる
と、するならば頭からが無難かな

「マスルール、私好きすぎて愛しすぎて頭おかしくなったんだよ。人間どこで道間違えるか本当に分からないもんだ。こんなぶっ飛んだ考え昔ならしなかったんだ。でも、私マスルールが他人にとられるの見たくない。相手を殺しちゃいそうなぐらい。だから、ねぇ、自分を殺すことに決めたよ。ごめんね、ごめんね。汚い物最後に見せちゃうけど許してね。ねえだって私あの泥みたいに凄く汚くてさ、ごめん、アンタみたいな綺麗な人間につり合う筈なかったんだ。身の程しらずってやつだったね。あれだけ罵っといてなんだけど、お姫様とか凄くいいと思うよ。きっとおしとやかで綺麗でアンタと、すごく、…うん。最期まで言えそうにないね」

私は紙に書いた文章を読み上げる
そして破り捨てて空へと放り投げた
紙が舞う中、私は足を踏み出した

「私、幸せだよ」

願いが叶うならどうか
次生まれてくる時はマスルールの隣が似合う、素敵なお姫様になれますように
それが叶わぬというならば、どうか
名も付けられぬ泥へと生まれ変わらせてください

こんな痛みを知らずに過ごせるように















ぽたり、と落ちたのは私の涙では無かった
なのにそれは私の頬を伝い、私のそれと一緒に流れる

「…」

視線だけを動かし見る
私は力無く笑う
神様は願い事、ちゃんと聞いてくれたのかな

「…おひめさまに、なれてますか?」

それは絶え間なく降り注ぎ、私の頬を濡らしていく
痛いほどに抱き締められて私は瞳を閉じた

「――んで、こんな」
「ああ、それとも泥、かな」

痛くて痛くて叫びそうなぐらい
もしかしたら踏み締められている泥かな
呟けば、痛みはどんどん増していった

「そこじゃないよ。こっち」

自分の首を指差した
締めるならそんなところじゃなくて、此処にして
お願いだから終わらせて

「私が私であるうちに終わらせてよ、マスルール」
「嫌だ」
「もうね、驚くぐらい壊れてるんだ私。昔の私はもう居ないの。ねえお願い」
「いやだ」
「ねえ…優しくなんか、しないで。突き放して。ひどい、よ。残酷じゃんかこんなの、ねえ」

どうして散々突き放しておいて最後に抱き締めたりなんかするの
明日になればもっと離れていくのに、なんでこんなに近いんだよ

「お前が死ぬのは、いやだ」
「なんで、なんでそんなの我侭、さいてっ、最低…っ」

死なせて、殺して
暴れる私を腕が離してくれない
生き地獄なんてこれ以上味わいたくない

「きらいっマスルールなんて、きらっ、うぁ…」

涙と一緒に鼻水まで出てくる
もう訳が分からなくてそれを擦り付けるように肩に埋もれた
泣きじゃくる私の背を掌が撫でる

「セレーナ「名前なんか、呼ばないで…!」
「頼む、聞いてくれ」
「何を!?これ以上何を聞くの?知らない、アンタなんかしらな…っどうしてそうやって」

マスルールなんて知らないと
2人で過ごしたことなんて忘れたと
同じような目に遭わせてやろうと思ったのに私には出来ない

「…無くなった。結婚は」
「っ、嘘なんてききたくない。もう、いいっから、離して!」
「離すとまた飛び降りるだろう」
「アンタには関係ないことでしょう!!」

振ったのはアンタで振られたのは私で
終わったことに口出しするなと目で言ったのもマスルールが先で
それに従ってるだけなのに、どうして私がこうならなきゃいけないの

「…」

急に黙り込んだマスルールが、私を抱き締めたまま立ち上がる
私の声を無視してもう一度鐘のある塔へ登った
2度目の景色は酷く不安定に見えた

「信じてくれないなら、俺が飛び降りる」
「な…っ!や、やだっ、やめて…!」
「関係ないことなんだろう」
「…っ、わかった、わかったからっ、…やめて、もう、おねがい…」

関係ないと言った瞳は、医務室で見せたそれと同じだった
あの時のことを思い出して私は心臓を突き刺されたような気分になる
ぼろぼろと涙を流す私を見て、どこか焦った表情を見せた

「―――悪かった」
「やだ、いや……ごめん、なさい」
「お前が、謝ることじゃない…」

鐘の近くに座らされ、必死にマスルールの服を掴み謝る
俯く私の視界に床に落ちた滴が見えた
ゆっくりと顔を上げれば、マスルールの頬に涙の跡があった

「…頼む。どこにも、いかないでくれ」

ぎゅっと抱き締められた
腕の力は弱々しくて、肩は微弱に震えていた
声だっていつもより小さく消えそうで

「マスルールが、離したんじゃない…」
「ああ、分かってる…」
「凄く凄く、悲しかったんだよ?悔しくて、どうにもならないから、荒れまくって。…なんで離したの、ばか」

必死に背中に腕を回して掴んだ
少しだけ小さく見えた背中に涙が緩やかになる

ねえ、何があったの
私振り回されてばっかで全く分からないんだけど
聞きたかったけど私は言葉を飲み込んで、身体を離してマスルールを見た

「マスルールが好き」

だけど私のことは?
そう尋ねるより早く唇が塞がれた
まるで子供が甘い物を欲しがるような、稚拙なキスが何度も

「――許して、ないから」

抱き締められてキスされて
嬉しいと喜ぶ自分がいて
それでも流した涙の方が大きいからそう言った

「…一生をかけて傍で償う」

その一言で全て凌駕されそうだったけど
私は精一杯首を横に振って頷くのを耐えた




泥塗れに咲く















(後日談)

一悶着あってからも、私達は誰にも告げずに前のように森で会っている
もうそろそろ許してあげてもいいが、妙に気を遣ってお姫様扱いしてくるマスルールが楽しいので、未だに許すという言葉は言っていない
そういえば聞いてないこと1つ思い出した

「蒸し返して悪いけど、私本当に何でふられて何で復縁したの」
「政略結婚の話が出て…シンが俺にって言って、向こうも乗り気で、勝手に話が進んでた」
「それで私はふられたと」

八人将で独身男性なのはマスルールとジャーファル様とスパルトス様とシャルルカン様
陛下は結婚しないと聞いてるし、ジャーファル様は仕事人間だし、スパルトス様は確か女性との触れ合いを好まないはず
2択でいくならマスルールの方が浮付いた話聞かないし、良かったのかもしれない
まあ…納得はいく話かな

「で、あの日の夕方に冗談だと言われた」
「…はぁっ?」

明らかに不機嫌そうな声を出すと、隣にいたマスルールが少しびくっとした
今のは別にアンタじゃなくて王様の方にです
しかしちょっと理解できないんですが。え?冗談?

「急いでお前を探したら明日休みだから早く帰ったと言われて…嫌な予感がして王宮中を探し回ってた」
「ちょっと待って。私達王の冗談のせいであんな…自殺行動までしたのに」

あの時マスルールがいなければ本当に死んでました
王様の冗談が洒落にならないんですけど
1日でも遅かったらどうしてくれてたんですか

「さすがに俺もキレた」
「私もちょっと怒って…あ…なんでってなるか」

王に直訴しようかと思ったけど無意味だと考え直す
するとマスルールが手を重ねてきた

「キレてセレーナと結婚するんでそういう冗談はもうやめてくださいって、シンに言った」
「そっか。なら安心…ん?」

重ねられた手がぎゅっと掴まれる
驚いて見上げれば、目が合って、覗き込まれるような形でキスをされた

「で、式はいつがいい?」
「…私がアンタを許してからね」




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