さよならって残酷
涙を流す私から何もかも掻っ攫っていくのだから

「…そっか、うん、ごめん、ね」

彼は何も言わない
これ以上話すことがないから
精一杯の笑顔で最後を告げようにも、私の唇は1mmも上がらない

顔も見ずに私はその場を走り去った



例えば美人だとか可愛いだとか
頭が良い、スタイルが良いだとか
そういうことならどうにでもなる
ならなくても、どうにかしてみせる

それを越える愛嬌の良さだとか
男心をくすぐる何かを備えさせておけばいい話

でもね、でも、地位ばかりはどうしようもないよね



「セレーナちゃん…飲みすぎだろ、明日に響くぞ?」
「…もう1杯。お願い」

空になった杯をテーブルへ置く
そのまま私は額を付けて突っ伏した

先ほど私はふられました
大好きだった彼に。彼というのはマスルールのことです
理由は単純明快

"政略結婚をしなければならないから"

ねぇ、これほど馬鹿な話ってある?
私それだけでふられたんですよ
お互い昨日まで好き好き言い合ってたのに、たった一夜でこの様だよ

お金とか見た目とか
そんなもん人間頑張ればどうにでもなる
けどさ、一国のお姫様と一介の文官が張り合えなんて、無理に決まってんじゃんか

私には地位も何もなくて
だからといって一緒に逃げ出そうなんて言えるわけもなくて
言ったところで王様大好きなマスルールが頷くはずもなくて

どうしてくれんの
王様、ばか、バカ王、ばーか

「どうしたんだよセレーナ。ふられ「うっさい禿げ」

酔っ払ったおじさんが絡んできたけど一言告げたら黙った
もう放っておいてほしいんだよ
アンタらなんかに相談できることじゃないんだ

だって、誰も私達が付き合ってるなんて知らないから

本当にひっそりとひっそりと付き合ってた
デートだって自室か森でごろごろするぐらいで
でもね、私だって女だから少しぐらい夢見てた
いつかいつの日か、マスルールが色んな人に紹介してくれて、綺麗なドレスに身を包む日が来ることを

今思うと馬鹿みたいな夢で笑えるわ
そういえばこれ、言ったことあったな
マスルールはどんな気持ちでこれを聞いてたのかな
鬱陶しい女だと思われてたんだろうか

「…もっと強い酒をちょうだい」
「セレーナ、お前さんが強いのは知ってるがこれ以上は…」
「いいから!一番強いのを樽で持ってきて!」

泣きたくなんてないんだ
負けを認めてしまうことが怖いから
こんだけこっ酷くふられてるのに、1%ぐらいはもしかしたらって思ってる

そのくだらない希望を早くぶち壊したいんだよ私は
有り得ないくらい強い酒を浴びせるほど飲んで
何がなんだか分からなくなった私は、その場に居たおじさんらに酒を奢って、覚束ない足取りで自宅へ帰った



「おはようござ、ます…」

職場に顔を出すと皆がぎょっとした
そりゃそうでしょう
普段は結い上げてる髪もぼさぼさで、二日酔いで頭は痛いし目も霞んでる
泣いてないから目は腫れてないのだけが幸い

机に溜まった書簡を開いては、だらだらとペンを走らせる
インクの匂いが鼻をついた

おっかしいな。本当なら今日終わったら森に行ってごろごろする予定だったんだけど
そのために今日は早く来て早く仕事を終わらせるはずだったんだ
なのに昼になっても全体の1割も終わってないし、頭は痛いし、ジャーファル様に物凄く叱られるし

「文官でも体力は必要なんですよ…?分かっていますか、セレーナ」
「…はい、申し訳ありません」

深々と礼をすると足の力が抜けてへたり込んだ
これには私も驚いて、思わずジャーファル様を見上げた
彼も驚いて――近くを通りかかった人を呼んだ

「マスルール、彼女を医務室まで運んでやってください」
「あ…っいいです、立てます!失礼しました!」
「立てるって立ててないじゃないですか!」

下半身に力が入らなくて床を四つん這いで進むと怒られた
暴れる私をマスルールが抱き上げて運んでいく
なんの、嫌がらせなんだろう

捨てたはずの期待がまた膨らみだす

医務室に運ばれベッドに下ろされ
担当の人が何かを取りに行っている間、マスルールを呼び止めた

「あの、さ」

むくむくと膨らんでいく
唾を一度飲み込んでから、声を振り絞った

「実は冗談とか」
「…事実だ」

言葉を発する前に、溜息のような音が聞こえた
それは明らか私に向けられたもの
目頭が熱くなって、つい声が荒立つ

「だったらなんでさっきみたいな」
「ジャーファルさんが運べと言ったから」

淡々と述べた表情には私は映っていなかった
呆れを通り越して無関心、そういったほうが正しいような視線
たった一夜でマスルールの中に私という者は消えてしまった

どこかに出かけることはなくても、森で一緒に鳥と遊んだのに
自室でジャーファル様の宿題に頭を抱えるのを手伝ったのに
会えた時には必ず、好きだって、そう言い合ってたのに



「あら、体調はどう?」
「…放っておいてください」

マスルールが去った後、診てくれた人に素っ気無く言い放つ
布団を頭まですっぽり被って私は震える
泣くもんか、泣いてたまるもんか

一晩で私のこと全て忘れたアイツのせいでなんか泣いてやるか、誰が、誰が

悔しくて私は必死に手の甲を噛む
声を押し殺して息も潜めて、ただただ耐えた

好きじゃない。マスルールなんかもう好きじゃない
だから振られたって悲しくないし泣く必要性もない
アイツは私を捨てたんだ。そうだ、きっとそうだ
お姫様との幸せな、悠々自適な生活を望んだ最低野郎だ

だから、だから

「っ、う、ぁ」

そう考えれば考えるほど私の頭を占領していく
アイツが最低な奴だって思えたらどれだけ幸せなんだろう
罵りまくって言いふらせたらどれだけ気が楽なんだろう

もうだめだ、ごめんなさい

私はベッドを抜け出して王宮から飛び出た
森を駆け抜け手頃な木へ登る
そこで響くほどに泣いた

「ああああああっ、うわ、あああああああ―――!!!」

もはや叫び声とも呼べるそれが森全体に響き渡る
マスルールのばか。なんで政略結婚なんかOKしちゃうんだよ
私との関係は一体なんだったのさ。気紛れ?遊び?

私はすっごい必死だったんだよ
アンタに気に入られようと、他の侍女とかと地味にバトルしてたのに
文官の仕事大変だったけど少しでも綺麗に見せようと、毎日毎日化粧して髪結い上げて
付き合えてからも肩並べれるぐらい偉くなろうと頑張ってたのに

全部無意味だったっていうの?
なんだよお姫様なんて親の違いぐらいしかないだろ
その親の違いっていうのがそんなに大切なのかよ
なに、なんなの、なんだっていうの

「何が駄目なのさ、なんでっなんで私が諦めなきゃ、ちくしょう、ちくしょう…」

死んじゃえそんなお姫様なんて
なくなっちまえ、政略結婚しなけりゃいけない国なんて
滅びろ滅びろ。もう知るか、ばーか

「うあ、ああああもう!!」

木から降りて石を適当に投げつける
小さな花がぐしゃり、と倒れた

「…これお姫様」

倒れた花を更に踏みつける
もう心の安定を図るには、そうするしかなかった
ゆらゆらと私の中で何かが天秤にかけられている
どちらに転ぶか分からない

そんな状況の中、必死にいつもに戻そうと行動が考えるより先になる
花を毟り、踏みつけ、草を抜き、千切り、石を投げ、壊し
それら全てに名前を付けて心の思うがままに踏み躙る

我に返った時には私の周りには汚い泥だけが残った

「…これが、私」

その泥を手にとって眺める
綺麗な森も、ひとつひっくり返せばこんなに汚い
今の私もとっても汚くて凄くお似合いだ

「きたない、汚い、キタナイ、穢い」

ぶつぶつと呟きながら泥を掘り起こす
石で地面を打ちつけて、大量に
築き上げた泥の山に私は寝そべった

ここまでしておいてなんだが、別に精神は病んでいない
ただ綱渡りの最中であることは確か
経験上、こういう時は思うがままにさせておくほうがいい
変に止めたりしたらそれこそ廃人コースまっしぐらだから

「最悪、お姫様刺して自害コースかな」

ふふっと笑って空を見た
いつの間にか夜になっていて、星が瞬いている
胸糞悪い星。燃え尽きてさっさと落ちろ








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