「お嬢さん落し物だけど」
「あ…っ、セレーナ様!ありがとうございますっ」
「いーえ、気をつけて」

拾ったブレスレットを侍女の子に渡す
何度も何度もお礼を言う彼女に笑って手を振った
中庭を闊歩していると、向こうから明るい声が呼ぶ

「セレーナ!暇なら鍛錬付き合えよ!」
「シャル。今行く!」

鎧やら剣やらをがちゃがちゃ鳴らしながら銀蠍塔まで走る
もうこの姿でいることにも大分慣れてきた

物乞いをして貧乏街を生きていた自分を、王は拾ってくれた
親が居ないと知るなり王宮で育てられた
剣や槍などの武芸、政治学や天文学などの知識

生憎と頭はよくならなかったが、腕だけはめきめき成長した
王も強くなっていくと喜んでくれたし
教えてくれたドラコーン将軍も沢山褒めてくれた

ただ、2年前から胸元が膨らむようになった
妙にその辺が痛くて、不思議に思っていたら見る見るうちにそれも成長した
何か悪い病気じゃないかとヤムに泣きついたら、彼女は目を見開いて、すぐさま王の所へ連れて行かれた

『女の子だったのか』

あの時の王の驚いた顔は一生忘れない
王だけじゃなくて、他の人も皆驚いていた
そして、その時初めて男女の差を思い知ることとなる

拾われた時は汚すぎて区別が付かず
着替えや風呂も全部自分でしていたから誰も知らず
武芸に秀でてたから、なんとなく男の子だと思って皆接していたとか

女と分かるや否や、王は武芸を辞めて王宮でのんびり暮らせと言ってきたけど
断固拒否して女性であることは言わないでほしいと無理矢理約束した

別に女であるのが嫌なわけじゃない
ただ、男である方が世の中便利なんだ



「はぁっ!……勝ちってことで」
「参りました…」
「セレーナ50人抜きっと。そろそろお前ら誰か止めろよ」
「指導が足らないんじゃね?いやー弟子がこれとか師匠の顔が見てみたいわー」
「…俺の剣持って来い。審判代われ」

安い挑発にシャルが乗る
倒した武官達が、皆して敵をとってほしいと喚く
こうして本気で手合わせできるのは男性だから
女性と知ったらこうはいかないだろう

あ、シャルは女性でも剣に関しては容赦ないか

突いて薙ぎ払ってかわして詰めて
男の子として剣を覚えた武芸は、世の女性が使う柔軟さっていうものが無い
ごり押しになれば力負けするけどそこら辺の武官になら負けない

シャルの剣が頬を掠める
焼けるような痛みと共に血が流れる
でも互いに気にしてない

もっともっと打ち合うんだ!
楽しくなってきたのに傍で大声が響いた

「セレーナ!!」
「ひいっ、ジャーファルさん!」
「熱心なのは良いことですが、私が先日出した宿題は…」
「あっははははは…今からします」

即座に剣を降ろしてひたすら下手に出る
歳の近いシャルとかヤムとかは、八人将だろうと何だろうと平気で話せるんだけど
将軍とかジャーファルさんは武術や文学の師だから頭が上がらない

「お前それぐらい終わらせとけよ」
「うるさい。なら手伝えよ」
「さーてお前ら鍛錬の続きするぞー!」

裏切り者っ、と小さく罵る
呆れてるジャーファルさんの後をついて行くと、王宮によく出入りしている街の商人を見かけた

「おーい!どうしたんだ?」
「セレーナ様!今日も良い品を手に入れまして…」
「また貴方は勝手にいなくなるんですから」

この商人と仲が良いのはジャーファルさんも知ってるからか、後で政務室に来て勉強するようにとだけ残して先に行ってしまった
それを見計らっておじさんが色々と見せてくれる

「これが刀ってやつだよ」
「細!お?これ片方しか切れないな」
「不便だよなぁ。こっちは仕込みナイフ」
「ちょっとこれは欲しい」

次々と目新しい武器を出してくれる
ジャーファルさんには内緒だが、小遣いの大半はこれに消えている
どれを買うか悩んでいると、おじさんがとっておきの品があると言って出してきた

「呼んでくるから待っててくれ」
「?うん、あ、マスルール!」

おじさんがどこかへ行ってる間に目に付いた赤髪を呼び止める
マスルールに武器は必要ないだろうけど、鎧なら見てて楽しいだろう
2人でおじさんを待っていると美女と一緒に帰ってきた

「俺の娘なんだが、どうだ美人だろう!」
「…うん。超綺麗だけど王宮連れてきたら王の餌食なんじゃ」
「いやいやコイツはな、アンタに惚れたんだよセレーナ」

へっ?と間抜けな声を出すと娘さんは頬を赤らめて恥じらった
花も恥じらう乙女というのはこういうことか
ちらっと此方を見て、うっとりした瞳で喋りだした

「以前市場でお見かけした時にピアスを拾っていただいて…明るく颯爽と去られた姿が本当に格好良かったです」
「俺もアンタが道中助けてくれなきゃ、あそこで盗賊に殺されてたしなぁ。命の恩人に娘が惚れただなんて聞いちゃ黙っていられなくてよ」
「…確かにピアス拾ったし助けたけど」

人の物を拾うのはよくあることだし
王達にくっついて巡った国で、色んな人を助けてきたし
それは自分自身がしてもらったことを返したくてやってるだけで、こういった状況は望んでないというか

その前に多大なる誤解を解かねばいけない

「良ければ私と、その、お友達からで構わないので…!」
「あ、それならオッケー」

男じゃなくて女なんだけどと言おうとしたが、美人は嫌いじゃないし友人ならとあっさり許可を出した
それはもう天にも昇るぐらい喜んでくれて、此方としても嬉しくなる
と、何気なく隣のマスルールを見たらすっげー顔をしてた
つられて何とも言えない顔をすると、いつもの仏頂面に戻りやがる

「え…お前今言葉では言い表せない顔してなかった…?」
「気のせいだろ」
「絶対してた。だよなおじさん!あれ居ない」

遠くできゃっきゃっしてるおじさんと娘さんが見える
喜んでもらえて何よりだけど、商売道具忘れてってるぞ、おーい

「届けますか……あ、何すんだ」
「…俺が持ってく」
「いいって!八人将のお前が持ってくと、向こう土下座する勢いになるだろ。ほらこのっ、ちょっとは離せよぉ!もぎ取れるわけないんだから空気読めよっ!」

どれだけ武芸を鍛錬してもこれだからコイツは嫌だ
1度も勝てた例がないし、昔からマスルールだけは妙な態度で接してくる

花をくれたりだとか
怪我するとべたべた薬塗ってきたりだとか
それは女だって分かるより前からずっと、今だって変わらない

結局マスルールは頑として離さず、逆にこっちを引っぺがして持っていってしまった
やることがなくなった、もとい宿題というやるべきことをしたくないのでその場にごろりと寝そべる
食堂の方から良い匂いがして料理を想像する
後で行って、女官の人にいつものごとく味見させてもらおうかな

「…おい」

声にはっと目を覚ます
…空が青空から綺麗な夕焼けに変わってる
自分を覗き込んでいるマスルールの隙間から見えた空に絶望した

「なんで寝ちゃったかなー…」
「起きたか」
「もう少し早く起こせよ。あー…ジャーファルさんに叱られる。だめだ、今日はシャルに匿ってもらうしか、いやまてアイツ人を売るからな。此処はヤムに…」

起き上がって座りなおしてうだうだ悩む
素直に謝ればいい気もするが、うっかり昼寝しちゃってましたとかジャーファルさんの機嫌が悪かったら、もう放送禁止みたいなことになる
王に告げ口されたら今度こそ女性だってバラされる

「…マスルール匿ってくんない?」
「はぁ」
「起こすのが遅かったお前もこの際同罪ってことで。お願い!」

隣に座ったマスルールに近寄って頼みこむ
呆れた視線が降り注ぐかなと思いきや、あっさり承諾の声が返ってきた
不思議には思ったけど此処は素直に礼を言ってマスルールの部屋へ行く



「相変わらず何もないなー。お、懐かしい。まだこれ置いてんだ」

私物が殆ど無い部屋にぽつんと置かれた首飾り
文字や数字を覚えた時に、お金を貰って2人でおつかいに行った
目当てのじゃがいもを買うのはすっかり忘れて、綺麗な首飾りを2人分買ったんだ
勿論、お金はそれで使い果たしたのでおつかいは失敗に終わった

「もう入らなさそう」
「ああ、そうだな」
「紐替えるとか、って付けないか」

エメラルドグリーンの石がすごく綺麗で買ったものの、どうも女性物っぽくて私もマスルールも眺めるだけで付けた事は無い
ちなみに自分のは一度ばらしてブレスレットに組み替えた
普段は袖の下にあるから見えないけどちゃんと今は付けてる

「ベッド借りていいよな。そういえばマス…っ」

ベッド脇で振り返った瞬間その上に投げ出された
全然使われてないベッドが軋んで、背中を強打する
痛くはないけど衝撃に驚いて行動が半歩出遅れた

上に覆い被さるマスルールに冷や汗が流れる

「ま…マウントポジション。さすがファナリス超強い」
「…」

以前も同じような光景になった時はこう言ったら退いてくれたのに
何も言わないマスルールに、冷や汗が流れるどころか止まった
赤い瞳が顔を見たまま近付いてくる

やばい、このままじゃぶつかる
ぎゅっと瞳を閉じたけど、いつまで経っても何も起こらない
恐る恐る開けるとけろっとした表情のマスルールがこっちを見下ろしてやがる

「…変な顔」
「おっま、表へ出ろぉ!今すぐその頭斬新な髪型にしてやんよ!」

喚き散らすと面倒くさそうに身体を退かした
ベッドに座りなおしてマスルールを睨む

ああ、畜生。すっごくどきどきしたじゃんか

えっ?って思った時にはもう自分の顔は真っ赤になっていた
うろたえる姿やこんな顔見られたくなくて、急いでシーツに包まる

いっつもそうだ。顔がやけに近くなったり、何か貰った時にこうして赤くなるのは
侍女の子にお菓子貰ってもそうならないのになんでコイツだけ

「セレーナ」
「おっおう!え、あーなにっ?」
「…寝ろ」

異常にまで肩を震わせると頭を押さえつけれらて、乱暴にベッドに沈められた
いつもの自分なら小言のひとつやふたつ言うんだが
今日ばかりは大人しく従って埋まる

「…ジャーファルさん、怒ってるかな…」
「さあな」
「明日も逃げるか。今度はシャルんとこ行くけどバラすなよ」
「バラす」

約束すらしてくれないってどういうことだよ!
頭を上げて反論しようとしたら、またベッドにリターンされた
人の頭をなんだと思ってるんだ。確かに悪いけどそんなに振られたら色んな物抜け落ちるだろ

「――嫌なら俺の部屋に来い」
「なんだそりゃ、脅し?」

よく分からない返答に思わず吹き出す
笑うと髪をわしゃわしゃ撫でられた

シャルもそうだけどマスルールも大きくなって
自分なんかより強くて、時々泣きそうになる
近くにいたのに自分だけが八人将じゃないし

だけどそんな不安もマスルールがたまにこうして髪を撫でてくれれば、どうだってよくなる

嬉しいし恥ずかしいし妙な気持ちにはなるけど
今も昔も変わらずに、いつだってコイツは不安な時に撫でてくれるんだ

「分かった、やばくなったら此処に来る。だから絶対バラすんじゃないぞ」
「ああ…お前も別の所には行くなよ」
「はいはい、じゃっオヤスミ」


男である方が便利な世の中なんだ
武芸だって地位だって人への接し方だって、何もかも
だからそうあることを望んで生きてきたんだけど

今みたいにこうやってお前と笑って過ごすことが
女である方が都合良いならば、少しぐらいなってもいいかなって、そう思ってるんだ




恥ずかしいと強気な私と一回転
















(あの…)(おじさんの娘さん、どうしたのさ暗い顔して)(すみません私存じ上げなくて…!)(あー…もしかして知っちゃった?ごめん幻滅させるつもりはなくて、これには深いワケが)(良いんです!私貴方がホモでマスルール様とお付き合いされてても、変わらずお慕いしてますから!)(…あれ?)




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