アンタって本当に最低
乙女心ってモノをちっとも、これっぽっちも理解してないんだから

「王様ー!アジーザちゃんの出勤日なんで行きませんかー?」

高らかに、嬉しそうなシャルの声が聞こえる
私はバキィッと音を立ててペンを折った
いつもなら怒るジャーファルさんも、今日は王様の傍に付きっ切り

隣で同僚が青褪めているけど気にしない
折れたペンのまま、私はバキボキと書き進める
こんな書簡もう使い物にならないけど知るか

「ちぇ、今日も断られた…あー…セレーナお前行く?」
「行きません」
「なんだよ固い事言うなよ。ほら行くぞー!」
「だから、行か…っああもう!!」

腕を取られて無理矢理持ち場から連れ去られる
仕事だってまだ残ってるし、帰ったら絶対に怒られるじゃないか
見るからに機嫌の悪い私を気にせずシャルは酒場へ向かう



「きゃあ!シャルルカン様いらっしゃい!」
「どうぞ此方へー」
「アジーザちゃんいる?」
「いますよ、呼んできますねっ」

機嫌悪いのを放っておくのはいい
が、酒場に連れてきておいて、私自身を放っておくのはどういうことだ

シャルから少し離れた場所でお酒を飲む
あまり傍には行きたくない
煌びやかな世界は眩しすぎて、私の惨めさが浮き彫りになるだけだから

ねえシャル、アンタ何考えてんの?
私をこうして連れまわしてさ
凄く嬉しくて舞い上がってる私を見てバカだと思ってんの?

剣を操るアンタは本当に格好良くて
ただの文官だった私と気軽に話してくれたの、本当に本当に嬉しかったんだ
就業時や緊急時の格好良さと、普段のちゃらけた状態の差が、私は人間らしくて凄く好きなんだけど

でも今はそれが凄く憎らしいよ
私って一体何なのさ
都合の良い飲み友達?もうそれでも良いからこっち見てよ

どうして隣に居ないことすら気付いてくれないの
分かりやすく嫉妬しても、何でアンタ反応しないんだよ
鬱陶しいと思ってるなら言ってくれないと、バカだから分からないんだって

恋する女の子なんて、皆本当にバカなんだからさ

「…大丈夫ですか?」
「え…、あっ、すいません」
「これどうぞ」

気付けばぼろぼろと涙が零れてて、お店の女性に心配そうな表情で覗き込まれた
とても綺麗なその子はそっと涙を拭う布をくれた
袖口で拭こうとしていた私は、それを受け取り拭う

「これ洗ってお返しします」
「いいえ、差し上げます。あ…それじゃ失礼しますね」

彼女が動くと良い匂いがした
そういえば、香とか焚いたことないな
頭だけしか取り得が無かったから、他のことなんて目もくれなかったし
その頭ですら、今は誰かさんのせいでバカまっしぐらだけど

あんな女性になりたいな
と、目で追っていると彼女はシャルの隣に座った
彼女を見て、シャルが笑う
シャルが笑うから彼女も綺麗に笑う


何あれ、凄くお似合い


拭ったはずの涙がまた流れ落ちる
バカ、期待してた私のバカ
考えてみたらシャルは大半の女の子に優しいし、仲良いじゃんか

本当に何1人舞い上がって勝手に傷ついてたんだろう
シャルにとって私は、よくいる女の知り合いで、時折飲みに連れて行ける便利な奴なんだってば
それを特別にしてくれないだの何だの

ばいばい、だいすき

この言葉は届いてないだろうけど、そう言って私は店を出た
追いかけてきてくれるかななんて希望は5分経っても叶わなかった

灯りの絶えない国営商館を1人ふらつく
皆笑って楽しそうにお酒を飲んでる
どうして私だけがこんな無様な泣き顔を晒してるんだろう

ばっか、シャルのばーか
そして私のもっとばーか

ぐずぐずと泣きながら港へ向かう
船の停泊しない、人気のない海岸に佇む
此処から眺める海はとても綺麗で、とても虚しい

「頭、痛い」

お酒をそんなに飲んだつもりはなかったんだけど
感情の起伏が激しかったから、酔いが回ったのかな

私は上着を脱ぎ、中のブラウスで胸元を縛り下に履いていたズボンをたくし上げて海へと飛び込んだ

今日はきっと疲れてるんだ
ゆっくりゆっくり海中へ沈んでいく



何度も何度もシャルが女の子と笑う所を見た
その度に相手の子に嫉妬して、私はついシャルに刺々しい言葉ばかり送った

嫉妬の対象はどんどん広くなっていって
ヤムライハやピスティや、同性でもマスルールが絡まれてたりすると凄く羨ましかった

私が文官なんかじゃなくて八人将だったら
せめて武官だったら、シャルと一緒に鍛錬できたのに
もっともっと仲良くなって好きって言えるのに

それかアジーザさんみたいに可愛く綺麗になりたかった
インクに塗れて書庫の虫にならず、花を着飾り微笑んで
誰の目から見てもお似合いな2人になりたかった

中途半端な距離が辛いよ、ねえ、シャル

私、アンタの瞳にちゃんと映ってますか?
隣になんて我侭もう言わないからさ
せめて、後ろを少しだけ振り返ってよ



「―――っはぁ!」

息が苦しくなって水面に出る
シンドリアの月が煌々と海面を照らす
潜っていたおかげか頭痛は少しだけマシになった
砂浜に向かって泳いで、足の付くところで立つと砂を踏む音がした

「お前…」
「…なに、アジーザさんはどうしたの」

今一番見たくない人物だ
やっぱり私は刺々しく言い放つ
追いかけてきてくれたこと、本当は嬉しいのに素直に喜べない

胸元まで浸かっていたのを歩いて腰ぐらいの位置に来ると、突然シャルが私を押して水中へと逆戻りした
空気を吸う暇が無くて鼻とかに水が入ったから慌てて顔を出す

「な、に…すん、のさっ」
「バカ立つな!潜ってろってば!」
「やめ、ちょっ溺れ、―――っ触んないで!」

叫んでからしまったと口許を手で押さえる
シャルは…一瞬だけ目を見開いて、罰が悪そうに視線を逸らした
違う、そういう意味じゃなくてただ苦しいだけで

そう言いたかったけど口が上手く動かない
だって、ほんの少しだけど、今のシャルに触ってほしくないって思ったから
その手はさっきまでアジーザさんを触ってて
綺麗な綺麗な女の子を愛でていたんでしょ

私だけを触ってくれるわけじゃ、ないんでしょう

「…悪い」
「ばっか、…苦しいじゃんか息ぐらい吸わせなよー!」
「え、あ、そっそうだよな。いやなんか鰓呼吸とか出来るんじゃね?お前なら」
「出来るかバカ」

明るく返せばシャルもいつも通りに戻る
なんでかな、胸が凄く痛いけど、もう無視しちゃっていいよね

「でき…ないよ、ばか…」

水面に滴が落ちて波紋が広がった
それはすぐに波に掻き消されてしまったけど
俯く私には確かに見えた

「セレーナ…?おい、どっか打って痛いのか…」
「触らないで」
「――!」

滲む視界の端に褐色の肌が見えて
今度ははっきりと、そういった意味で告げた
目から流れる滴を少し拭って顔を上げる
シャルの顔は眉を寄せて、困惑していた

「私、シャルが好き」

突然の告白
自分でも驚くぐらい
けど後悔とかは無かった

もう考えてばっかできっと疲れてるんだよ
駄目で元々、言っちゃって終わらせよう

「けどアンタを振り向かせるほどの魅力、私には無いし、…他の女の子と居る方がお似合いだなっていつも思ってた」
「誰と誰がお似合いかなんて本人が決めることだろ」
「そこについては討論しない。…私とシャルって一体何?」

はっきりさせようよ
友達なら友達で、それも無理だというならいいよ、それで
たくさん泣くし傷つくけど、今以上の苦しみなんてきっと無い

「飲み友達?上司と部下?都合の良いそんざ「んなワケねぇだろ!」

大声を張り上げるもんだから、驚いて身が強張った
今度はシャルがはっとして口許を押さえる
そしてそのまま水中に潜った

「…え?ちょ、ちょっと逃げるとか卑怯…っ!?」
「っは、お前くっそなんで、ああもう…!」

水面をばしゃばしゃ叩けばシャルはすぐに出てきた
息が続く続かないのレベルじゃなく、本当に3秒ぐらいで

月明かりに照らされたその顔は赤くて
近付いたと思ったら、私はぎゅうっと抱き締められていた
耳元でシャルが囁くように喋る

「嫌いな奴、飲みに誘うかよ」
「…友達は誘うじゃんか」
「俺がピスティとか以外で女だけを誘ったことあるかよ」

腰に回された腕の力が強くなる
密接している部分が熱くて、海水の冷たさと交じり合う

「なら、なんで私を無視するの…」

嫌いじゃないならどうして放っておくのかな
水に濡れたシャルの服を掴んで見上げた

「恥ずかしい、だろうが…2人きりとか、マジ無理」
「だからって自分は女の子と楽しく喋ってさ、私が、私がどんな気持ちでアンタの後姿見て…見てると思ってんだよ、ばかぁー…」
「だ、だから悪いって!ああもう泣くなよ…くそ、可愛いな」

子供みたいに泣き叫ぶ私の目尻をシャルが舐めた
その行動と、その前に聞こえた言葉にびっくりして、涙は引っ込んだ
舐められた部分を押さえて、少し遅れて私は恥ずかしさのあまり暴れだす

「うおおお、ばっか暴れんな!見える、ああホントやめてくれ!」
「なら舐めるな!大体何が見え…っ」

痛いほど抱き締められて口許も手で塞がれる
大人しくなった私を感じて、シャルは私の肩に額を乗せて安堵の息を吐いた
そして手を退けて私を真っ直ぐに見詰める

「泣き顔とか嫉妬した顔とか、それすら可愛いって思えるぐらいお前が好きなんだよ」

その時のシャルの顔は人前で見せる格好良い顔と、普段のへらっとした顔とが入り混じっていて
ただ声だけは凛と、強く綺麗に響く声だった

「無視してたわけじゃねぇし、むしろ見まくってたし…」
「そんなの、全然気付かなかった」
「俺はお前が俺を見てたの知ってたけどな。今日もアジーザちゃんに構ってる時のセレーナの顔とか超そそるっでで、いでぇっ!」

私が一体どんな気持ちで見てたか知ってたうえでの行動かよ
思いっきり頬を抓ると、シャルは面白いぐらい痛がった
気が済むまで抓り倒してから手を離すと、頬が赤く腫れ上がっている

いい気味だ、ばーか

「折角の良い告白シーンをだな…!」
「アンタがすっごく最低だって分かる告白だったよ」

腫れた頬を押さえながら文句を言う
私はその隙にまた衣服を掴んで少しだけ背伸びをした
抓った頬とは逆の位置に、ちゅっと口付ける

「セレーナ…っ?」
「…両想い、って捉えてもいいんだよね」
「お、おう…!」

ぱぁっと輝くようなシャルの顔を見て私は笑う
そしてもう一度背伸びをして唇にキスをした
離れたら次はシャルから、何度も、何度も、酸欠になるぐらいに

「ん、ゃ、シャル、ちょっと…この、手なに…っ」
「…俺の国ってヘソがすげー性的魅力なわけでさ。お前そんな格好してたら、もう、無理」
「ばっ、か…!〜っせめて部屋に帰ってからにして…!」




全て統べてのモノ

















(後日談)

「シャルルカン!仕事終わったしアジーザちゃんの出勤日だし飲みに行くぞ!」
「あ、王様すみません。俺今日無理です」
「…珍しいな」
「まあ色々と。結構謝肉宴の衣装って燃え「シャル!!」





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テーマ「人外ファンタジー」
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