「きみはつよいんだね」

扉の格子越しにそう言うと彼は首を傾げた
私と違ってその体には、沢山の鎖や枷が付いている

今日も彼はたくさん暴れた
大人をいっぱい怪我させて、連れて行かれた先でまた大人と闘う
こんな小さな子供が大人に勝って歓声が湧き上がって

「…お前はどうして逃げないんだ」
「どうしてかな」

私の体には鎖なんてついてない
足枷も手枷も何もかも
けれど私は此処から逃げず、ただただ存在している
きっと彼が私だったらすぐさま飛び出ているはずだ

「ココに来た時、すごくこわかった。お母さんもお父さんもいないし、みんな私を変な目で見る。むりやり服を着せられてよく分からないこと言われて、…こわいね」

泣いてばかりいる私を色んな人が叱咤する
決して体に傷はつかなかったけど、心にはたくさん傷が残った

ひらひらした薄くて寒い服を着て
必死にウソつきの笑いをしながらおどるの

「私ね、こわくてこわくて死んじゃいそうだった。ウソつきの笑顔はとても疲れて、止めるとすぐ怒られる。でも、きみのつよさを見て私すごいと思ったんだ」

同じぐらいの歳のはずなのに
大人に脅える私と違って、彼は抵抗して歯向かって
それも少しずつ無くなってきてはいるけれど

初めて見たあの時、確かに私の心は生き返ったんだ

「明日も闘うんでしょう?」
「…たぶん」
「私、いつもきみの後ろでおどってるんだ。ガンバレって思ってるから、だから、いつか」

此処から出て行って自由に動き回ってね
そう言いたかったのに大きな声が私を呼んで腕を掴む
バイバイすら言えないまま私は連れて行かれる

バイバイ、つよくてかっこいいきみ

私がきみの後ろでおどるのは明日が最後だから
その後は私、また売られちゃうんだ
だけど明日はガンバレって、ありがとうって思いながらおどるから



コレが初恋だなんてその時の私は気付きやしなかった

名前も知らない、顔だってもう薄れてきてる
ただ脳裏を鮮明に彩るのは赤
だから私は赤いベールに赤い衣装で踊り続ける

奴隷として売られ、闘技場で踊りの才能を見出された私は貴族に売られた
貴いなんてよく言えたものだと思うぐらい汚い者達
私はそんなのに触れられたくなくて、自分を精一杯尊い者へと飾り立てた

犯すよりも舞わせてみてはいかが?
きっとその方が快楽を味わえますよ

案の定舞えば舞うほどに人々は私に触れない
本当は喉から手が出るほど触れたいんでしょうけど
そんな輩には、感情の篭もらない視線を送る
臆病者はそれにやられて浅はかな願いを引っ込める

心はきみに盗られたまま
だから体もきみにあげたいんだ

生きているのか死んでいるのかすら分からないのに
私は言えなかった願いを、彼が勝手に叶えてくれると信じている

「セレーナ」
「はい、旦那様」
「明日は分かっているな?」
「存じ上げています。必ずや国王陛下の目に留まるよう」

明日、私はとある国への献上品となる
蝶のように鳥のように舞う娘がいるという噂は、今や大陸全土に知れ渡っている
その国の王様はずっと王宮御用達の踊り子を探しているらしい

これまで旦那様は大金を積まれても私を売らなかった
それは、国王に取り入りお金よりも、地位と名誉を得るため
優しさなんて微塵もないけれどまあいい

私は明日、またきみを想って踊る
誰が国王陛下や旦那様のために踊るものか
きみが前に居て闘っている姿だけを思い浮かべて



「此方が我が屋敷に仕えております踊り子で御座います」

赤いベールに赤い衣装、赤い口紅を纏って私は一歩前へ出た
ベール越しの国王陛下は私の目には映らない
いつも通り、闘技場の歓声が聞こえて、きみが出てくる

ぼろぼろの服を纏って
体より大きな剣を携えて
その足に鉄球と枷を付けながらも闘う姿を

ただただガンバレと私が叫ぶ
飛んで、避けて、打ち合い、掠り、押し切って、刺して
最後のあの日のきみは確かに私を見てくれた
まるで私の踊りを見ているかのように、合わせて動く姿に泣いたんだ

ぽろっと瞳から涙が零れる
感情移入するあまり、現実にもそれが起きてしまった
けれども私は踊りを止めない
国王陛下にだって思い知らせてやりたい

私の心にも体にも、貴方が入り込む隙間などないことを

「如何でしょうか、陛下」
「ふむ…確かに凄いな。鬼気迫りつつもなんだ…何かを思い出しそうなんだがなぁ、ジャーファル」
「私に振らないでくださいよ」

膝を付いて国王陛下を見る
ひとまず旦那様の目的は果たせたようだ
私はキッと正面を見据えた
ベール越しに国王陛下と視線が合う

「素顔が見てみたいな。外してくれないか?」
「…はい」

赤いベールに付いていた鈴が音を立てる
纏めていた髪が数本、はらりと垂れてきた
赤く染まった世界に色が付いて、そして

私の視線は鮮やかな赤に奪われた

「…きみ、は」
「セレーナ勝手に喋るんじゃ…おい!」

ふらりと力なく立ち上がる
薄らいでいた記憶が一気に浮き上がる

いつも背中から見ていた赤い髪
格子越しに見た黒い目元
最後に見せてくれた時と同じ、優しく強い表情

「シン…お願いがあるんスけど」
「なんだ?」

彼は私を見てすぐに隣の国王陛下に何かを告げた
陛下は驚いた表情をした後、豪快に笑う
旦那様は粗相をしたのではないかと慌てふためいている

私はその間、あの赤をずっとずっと見つめている

「――こっちに」

いつの間にか彼が傍に居て私の腕を取る
思いの外強く引っ張られ、よろけながらもその場を後にする
連れて行かれたのは王宮の一室

彼が此方を見た瞬間、塞き止めていたモノが一気に溢れ出した

「きみは、ほんとうにつよいんだ、ね」

塞き止めていたのは想いや言葉、そして涙
嬉しくて嬉しくて、伝えたいことはたくさんあったのに涙が邪魔をする

「ずっと…ずっと、きみに会いたくて、あの時言いたいことがたくさんあって」
「…俺も探してた」

掌が私の頬に添えられて上を向かされる
涙はそれでも止まることなく流れ続ける
滲んでいるはずの視界に、はっきりときみの姿が映っている

「あの時はいたのに次の日にはいなかった」
「私、あれが最後で。その時の旦那様が何か1つだけ、解放以外なら叶えてやるって言ってくれたから。だから、きみにお礼を言いたくて会いに行ったんだ」

旦那様はものすごく訝しげに思いながらも許してくれた
余計なことを言わないように、近くに監視はついていたけれど

「お願い…勝手に、してたんだ」
「また会えるように…?」
「ううん、…いつか、闘技場から出て行って自由に動き回ってね。って」

彼は目を見開いた
それは昔と同じ幼いような顔で
思わず私は笑ってしまった

「守ってくれてありがとう」

独りよがりな願いだったのに
彼はそれを守ったどころか、それ以上のことまで成し遂げていた
頬に添えられていた手が下がっていく

身体に添う掌はとても気持ちが良かった
ふとぶつかった視線から、何気なしに瞳を閉じた
唇が触れ合ったのはすぐのこと

「…私、きみのことが好きなんだ」

話したのはあの日あの時だけ
きっと近くにいた時より、離れていた時の方が長かったのに
好きなんだ。とっても、すごく、愛してる
彼は告白を聞いてくすぐったそうな表情をした

「名前も知らないのにか」
「何も知らないのに、だよ」
「変だと思わないのか」
「きみは、変だと思う?」

私がそう尋ねると彼は首を横に振った
これには私の方が驚いて、ぽかんとしてしまった

「俺も知らない。でもずっと探してた。シンに頼んで踊り子を見てまわって…生きているか、死んでいるかも分からないのに、ずっと」
「…お願いがあるんだ」

ようやく止まった涙がまた流れそうになって、私は必死に笑った
腰にまわされている腕が少しだけ強くなる

「きみの後ろでまたガンバレって踊りたいの。もし許されるなら、そこに愛してるって思いながら」

私は笑う。それはウソつきの笑顔じゃなくて
きみを見て想いながら、ときめいていたあの頃のような笑顔で



「思い返せば不思議なモノだよなぁ」
「そうですね、陛下」

国王陛下がペンを止めてふと呟いた
それが何か、なんてのは私は聞かない
多分考えているのは同じことだと思う

「セレーナが来てもう1年か」
「はい」
「マスルールとはどうだ?」
「おかげさまで」

微笑むと陛下は嬉しそうに頷いた
そろそろペンを動かさないと、隣にいるジャーファル様に叱られると思うけど
やや眉間に皺を寄せたジャーファル様が口を開いた

「それでセレーナ、何か用ですか?」
「はい…あ、マスルール」

用件を尋ねられ答えようとした時部屋に彼が入ってくる
雰囲気を察して、私の隣に並んだ
片手で私を軽く支えてくれる

「幸せそうだな。その幸せを踊りにしてほしいぐらいだ」
「シン、それは今度の披露会まで待ってください」
「そのことなんですが、私次回の披露会には出れません」

え!?と陛下が机から立ち上がった
諌めるはずのジャーファル様も、驚いた顔をして此方を見ている
今度は彼が言葉を紡ぐ

「子供、出来たんで」
「身重の体では陛下にお見せするほど上手く舞えませんので…」
「…いつの間に。マスルール頑張るタイミングを考えろ」
「良い事じゃないですか。おめでとうございます、セレーナ、マスルール」

対照的な2人の対応に思わず微笑む
隣にいる彼はくどくどと陛下に文句を言われている
それをジャーファル様が止めて、これ以上仕事の邪魔をしてはいけないから部屋を出た

「…ごめんね」

私が謝ると彼は首を傾げた
連れ添いながら廊下を歩く

「きみの後ろで踊れないから」
「…ああ」

国を留守にする時、謝肉宴で闘う時
いつもいつも踊っていたのに、しばらくは出来ない
子供を産んだ後、育てていて踊りを忘れてしまうかもしれない

「別にいい」
「そう…?」
「…セレーナが居れば俺には充分だ」

立ち止まって真っ直ぐに見詰められる
私の目には、鮮明な赤が広がる
それは何故かすぐに滲んでぼやけてしまったけど

生まれてくる子はどんな子だろう
きみとわたしの子なんだから、きっと




強く気高いしき者へ




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