ぎゅうっと背中と胸を押される
扉に胸と頬がぐいぐいくっ付く
溜息を吐くと、透明なガラスが曇った

朝のラッシュというのは本当に嫌い
これが好きだなんてドM以外の何者でもないだろうと思う

「右側の扉が開きます」
「…はぁっ」

反対側の扉が開いて少しだけ人が減る
でもすぐに詰め込まれてくる
そんなに無い胸が苦しいってどういうことですか

「…?」

人の熱気に混じって何かを感じ取る
がたん、ごとんと揺れ動く電車
それとは別に動き回る手

―――痴漢、だ

認識した瞬間、体が強張る
痴漢はこれが初めてではないけど、だからといって慣れるわけでもなく
不規則に私の尻を撫でる手に唇を噛み締める

よくエロ漫画とかで痴漢に感じちゃう…!
とかあるけど、そんな淫乱じゃないからただただ気持ち悪い
抵抗しようにもどう手が伸びてるのか分からないし、身動きは微かにしか取れない

あと10分もこの状態か
と諦めていると、撫でていた手が揉むようになった
お前調子乗るなよ…!
カッとなって叫んでやろうとしたら、悲鳴の方が先にあがった

車内に響き渡るおじさんの叫び声

「ぎゃあああああああ、うあああああああ」
「…」

他の人よりも頭半分ぐらい抜き出た男性が、おじさんの腕をただ掴んでる
ぱっと見それほど痛くなさそうだけど悲鳴は凄い
本当に痛いと、「痛い」と言えないってどこかで見たな

周囲も2人に注目すると男性は私を見た
そしておじさんを指差す

「警察、出しますか」
「あっ」

そういえば痴漢は止んでいる
私の後ろに居た他の人は、皆本だったりゲームだったりつり革を持ってたりしていて
片手が空いているのは捕まっているおじさんだけ
コイツが犯人か、畜生!

「おま、お前を傷害ざああああああああ」
「…どうします?」

傍から見れば確かに男性の暴行に見えなくもないけど
腕掴んでるだけだし、痴漢行為だと周囲は理解したのかおじさんに対して冷ややかな視線

私はひとまず首を横に振った
それを見て男性は不思議そうな顔をした
捕まえられたままのおじさんに近寄って、私は思いっきりビンタした

パァン!と小気味良い音が響き渡る
数人の男性が思わず自分の頬を押さえたのが見えた

「次からはしないでくださいね」

にっこり営業用スマイルで言い放つ
警察に突き出すより、こっちの方が絶対効果的
案の定、解放されたおじさんはそそくさと別の車両へ行った

冷ややかな視線は止んで、残ったのは私達への好奇の視線
気にはなるけど無視して男性にお礼を言う

「有難う御座いました」
「…俺、出ない方が良かったですか」
「え、いえ、動けなかったんで助かりました」

ビンタは少しやりすぎたかな
男性がちょっと引いている気がする
そこで改めて彼の容姿に気付いた

赤い髪にまるでV系みたいな目元
でも着ている物はちゃんとしたスーツだし、脇には鞄がある
ホスト?いやいやこんな時間に。あ、朝帰り?

悪いと思いつつ思考を張り巡らせていると、彼は私を腕を引いた
そして先程居た扉の隅へと追いやって顔の横に手を付いた

少女漫画みたいな展開に一瞬固まる
その間に、彼の後ろで人が大量に乗り込み、圧迫に苦しむ声が聞こえた
私は彼に覆い被せられてるおかげで全然辛くない

「すんません、大丈夫っスか」
「大丈夫です。有難う御座います」
「いえ…」

人1人分の余裕とかではないし、ちょっとは体くっ付いてるんだけど
でも重みは全く感じないし息苦しくない
対応のかっこよさにうっかり惚れかけた。危ない、危ない

そのまま彼は私が降りる駅までそうしてくれた
何か喋ったり番号を聞いたりしなきゃ、と頭では思ってたんだけど実行には移せず
降りる動作をすればすぐに解放されて何か言うより早く、人の波に押し出された



「はぁ…」

ぱちん、とホッチキスで書類の束を止める
今朝の出来事が勿体無さすぎて溜息しか出ない

明日も同じ時間、同じ車両に乗れば会えるかな
なんてどこの少女漫画のヒロインだよ
もう二十何歳なんだし現実を見ないとな

でもお礼に食事ぐらいなら、いやでも
ふるふると頭を振ってもう一度溜息を吐いた

「セレーナくんコレもコピーよろしく」
「あ、はい」

職場に居る男性なんておじ様か冴えない営業マンだもんな
出会いが無さ過ぎてお局と化しそうだ
机に置かれた書類を持って、コピーを取りに向かう

と、課の出入り口から同僚の声が聞こえた
それは朝のおじさんみたいな悲鳴ではなく、どこの10代と突っ込みたくなるような黄色い声
慌てて現場に行くとそこには紫髪の派手なスーツを着た美丈夫がいた

「すみません、11時から山田課長とお話が…」
「はいっ今すぐ呼んできます!」

同僚達が我先にと課長を呼びに行った
ぽかんとしていた私は、我に返ってコピーを取らなきゃと持ち場に戻ろうとする
それを訪れた男性は呼び止めた

「はい?何か御用でしょうか」
「いや、今朝方電車の中で痴漢に会って、これぐらいの背丈の赤髪の男に助けられませんでしたか?」
「…何でそれを」

目を見開く私を見て、男性は嬉しそうに笑った
歳は私より上のようだけどまるで子供みたいな笑顔
彼は胸元から名刺を取り出して私にくれた

「シンドリア貿易会社、代表取締役…!?」
「シンドバッドと申します。今朝のはうちの部下で今ロビーに居ると思うんで、良かったら相手してやってくれませんか」

社長じゃないかと慌てる私に彼はやっぱり子供みたいな笑顔でそう言った
コピーのことなんかすっかり忘れて、エレベーターすら待ちきれず階段を駆け下りる
彼の言ったとおりロビーには今朝の男性が居た

「あの…!」
「――あ。…どうも」

シンドリア貿易会社って今急成長してる会社じゃないですか
それの社長の部下ってめちゃくちゃ偉い人じゃないですか
なのに電車通勤なんですか、車とか使わないんですか

気になることがありすぎて捲くし立てかけたのを、ごくん、と飲み込む
代わりに私は営業スマイルじゃない、本当の笑顔で告げた

「お礼をしたいので名前と番号を教えてくれませんか!?」




少女漫画にしてた




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