「…居ない」

朝目覚めるとセレーナが居ない
昨夜あれだけ「無理」だとか「だめ」だとか言ってたわりには、俺より早く目覚めて動き回る元気はあったらしい
一度起き上がって辺りを見渡すが当然姿はない
匂いも近辺には居ないらしく残り香しか嗅ぎ取れない

不貞寝してやろうかと思ったが、此処は自室
ずっといるとジャーファルさんとかが探しに来る
ジャーファルさんなら良いが、煩い先輩だと今の俺の格好だとか、散らかりまわった服だとか、諸々をとやかく問い詰められるに決まってる

脱いだ服を再度着ようと手を伸ばしたら、傍にきちんと畳まれた私服があった
そういえば俺は今日非番だったなと今更ながらに思い出す
折り畳まれたそれを広げて、ごそごそとベッドに座ったまま着替える

部屋を出ると太陽はもう大分高くなっていた
廊下を闊歩すれば、珍しい俺の格好に何度か振り返られる
執務室に来て扉を開くとジャーファルさんが頭を抱えていた

「…ジャーファルさん」
「ああ…なんですか。用事は手短にお願いしますというかシンを知りませんかもう頭が痛くて痛くて動く気すらしないのですが、このままでは永遠に帰ってこないといいますか私の隣に積まれている書類が一向に減らず、むしろ高々とその山脈を築き上げていくわけでして。歴史というのはこうやって作られていくのだと思えば感慨深いのですが、しかし「…探してきます」

普段からそれなりに喋る人だが、息継ぎもせずに此処まで喋るのは相当きてる
ふと周囲を見れば他の文官も似たり寄ったりな表情だ
この状況で「セレーナ知りませんか」とも聞けず、適当に探してくる約束をして出た

仕事だとか言っていたからてっきりこの近くにいると思ったんだが
昼前だし食堂にでも居るかもしれない
そう思って向かってみたが、居るのは腹を空かせた武官ばかり

「おっ、お前今日非番?」
「珍しいね私服だなんて!」
「…はあ」

鬱陶しい2人に捕まった
食事をするか喋るかどちらかにしてほしい
殆ど聞かずに相槌を打ちながら、武官達を見る
体格の良い奴だらけだから、セレーナの細い体は目立つと思ったが見つからない
やはり此処には居ないらしい

「でな、あっおいどこ行くんだよ!」
「シャルよ、マスルールくんは殆ど聞いてなかったぞ」
「てめっ、戻って来い!」

何か後ろで誰かが叫んでいるがどうでもいい
黒秤塔へ向かってみたが、扉を開けて3秒で閉めた
インクの匂いだとか意味の分からない単語の会話だとかで頭が痛くなった

此処には居ないと決め付けて中庭へ行く
銀蠍塔には武官ではないからさすがに居ないだろう
赤蟹塔も同じ。緑射塔が一瞬頭を過ぎったが、セレーナの知り合いで緑射塔に居る奴は仕事で日中はいないはず

ごろんと庭に寝そべって空を見上げた
折角の非番だというのに、やることは普段と変わりない
しばらくそこで寝ていたが、ふと目覚めた時にうっかり「セレーナ」と呼んで隣を見た

勿論そこには誰も居ない

1日、いや半日顔を見ていないだけなのに
ここまで依存しているのかと自分でも驚いた

太陽は傾き始めている
妙に虚しくなって自室に戻ろうと上半身を起こす

「マスルール」

日差しを遮るように影が現れた
見上げるまでもなく、それがセレーナだと分かる
立ち上がる動作と一緒に膝裏に腕を回して抱き上げた
小さく、悲鳴が上がった

「びっくりした…」
「セレーナ」
「おはよう、マスルール」

「よく寝れた?」とセレーナが笑う
首を横に振ると眉尻を下げて見るからに落ち込んだ

「非番って聞いたからゆっくりしてもらおうと思ったんだけど」
「…そうか」
「何かしてたの?」
「お前を探してた」

本当のことを言っただけなのにセレーナは頬を染めてはにかんだ
そしてどこか申し訳無さそうに謝ってきた
意味が分からず問うと、持っていた小箱からピアスを取り出した
それは、俺が付けているのと同じ銀色の丸い物

「お揃いが欲しかったから、ちょっと買いに行ってたんだ」
「仕事は」
「実はお休み。恥ずかしいじゃない、お揃い買いたいだなんてさ」

俺の腕に抱き上げられたまま、器用にセレーナは今付けているピアスと取り替えてそれを付けた
耳元の髪の隙間からピアスが煌く

「似合う」
「本当?ありがとう」

聞かれるより早く答えたからか、少し驚いた顔をした
すぐに嬉しそうに笑って部屋に戻ろうと言う

「帰ったらゆっくり寝ようか」
「ああ…体力はあるみたいだしな」
「…?―――あっ!待って明日は本当に仕事…!」
「セレーナ」

真意に気付いて騒ぎ出した口許を軽く塞いだ
数秒経って離すと、すっかり大人しくなる

「明日は勝手に居なくなるな」
「…ん、じゃあ一緒に出勤しようか」

それはそれで先輩に何か言われそうだと一瞬躊躇ったが
セレーナが幸せそうに「一緒、か」と呟くから、まあ先輩なんて無視してれば良いかと問題は投げ出すことにした






















(シン今までどこに…!)(セレーナと出かけてたんだ。いいだろー)(じゃあ次はこの書類とデートしてください)




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