「アリババって童貞なんだろうか」

至極真面目な顔のまま彼女はそう言った
私はというと、手にしていたお盆を落としそうなのを耐えて、どうにか聞き返した

「シンったらもうすぐ18の男の子と14のうら若き乙女を同室にさせてるじゃん」
「ああ…モルジアナのことですか」
「それで手を出さないっておかしいと思う」

おかしいのは貴女の頭のですよ
そう突っ込みたいのを我慢して、お茶を出した
彼女はしれっとした顔のままそれを飲む

文武両道、見目麗しく人望も厚い
シンからの寵愛を受けつつもそれを鼻にかけることはなく、気さくで自由な彼女
食客ではあるが私達八人将と同等の立ち位置にいる

そんな彼女の唯一の欠点と言えば発言や行動が上品ではないこと
気さくで自由と言えば聞こえは良いが、実際には奔放すぎて手におえない

先日も突然やってきたと思えば、ヤムライハの胸について延々語り
謝肉宴では酔っ払って脱ぎ出す始末
今も茶を飲む姿だけ見れば絵になるが、足は開かれ太股あたりが露わになっている

「少しは気をつかってください、セレーナ」
「ジャーファルしかいないし」
「それは貴女から見えていないだけで、他の者も居ます」

ふーん、と興味なさそうに鼻を鳴らす
自室のように寛いではいるが、此処は私達文官の仕事場
私もこの話に付き合っていないで仕事に戻らねばならない

「コップはそこにでも置いててください」
「ねぇ、アリババってホモなのかな。じゃないと説明がつかないんだけど」
「…本人に聞いてください」

自分の机に戻って見れば、彼女は他の文官を捕まえて何か話している
おそらく、先程から話題になっている"アリババ君は童貞か否か"についてだろう
周囲に聞こえないように小さく溜息を吐いた

「幸せ逃げるぞ?」
「――コップならそこに」
「片付けた。あのさ、マスルールって童貞?シャルやシンは違うだろうけど、アイツだけはどうにも分からないんだよね。スパルトスは勝手に童貞にしといた」

机に顎を乗せて彼女は笑いながら尋ねる
その笑顔だけ見れば、本当に本当に綺麗なモノだというのに
近くに居た部下達も気まずさからか変な空気が漂っている

「…セレーナ、いい加減に」
「本人に確かめてくるのが早いか」
「そうしてください」
「実践すればすぐ分かることだしね」

はっ?と顔を上げた時にはもう彼女の姿は無い
きっちり閉めていた筈の扉が開けっ放しになっている
私は、今度は盛大に溜息を吐いて後を追いかけた



「マスルール、童貞か否かテストしてやるから部屋に来い」
「…はあ?」
「今語尾を上げたな。私先輩だぞ」
「セレーナ!!」

王宮中走り回ってやっと見つけたと思ったら
案の定彼女は考えを行動に移していた
しかし1番目がマスルールで良かったと言うべきか
これがシンや彼女に好意を寄せている者だったら洒落にならない

「貴女も王宮の者なんですから品格を持ってですね…」
「それシンに言ってシンが実行したら私もする」
「屁理屈を捏ねないでください!」

自分だけ叱られるのは納得がいかないと
まるで子供のように拗ねた表情を見せる
普段ならば可愛いと思えるそれも、今は100%そうとは思えない

「もう持ち場に戻ってください」

咄嗟に腕を掴んでしまった
離すのも不自然で、そのまま来た道を引き返す
背後から文句を言う声が聞こえたと思うと、それは次第に大人しくなって代わりに腕を離してほしいと告げられる

「あ…、すみません」
「ジャーファルって意外と力あるよね。痛い」

掴んでいた手首をぷらぷらと振って笑う
嫌がっていたわけではないことに、ほっとする自分が居る
そんな私を見越したかのように彼女は私の手を握った

「持ち場まで連れてってください、ジャーファルせんせー」

にこにこと屈託の無い笑顔でそう言う
手を繋いだごときで胸を高鳴らせている自分が馬鹿みたいで
熱くなった顔を背けてまた歩き出す

「そういえばジャーファルって童貞?」
「…知ってどうするんですか」
「気になるじゃない」

彼女の持ち場である黒秤塔までの道のりがとても長い
投げかけてくる言葉の声音は、いつもと変わりがなくて
どうしても読めない行動に少しだけ振り返って彼女を見た

僅かに向けた視線が彼女のモノとぶつかって、綺麗な笑顔のまま言葉が紡がれる

「好きな人のことって気になるじゃん」

歩んでいた足が止めて私は目を見開いた
驚く私を見て、彼女はまた子供みたいに笑い声を上げるそれは悪戯が成功した後のような表情で

「――確認しますか」

私は瞳を細めて笑みを消し、抑揚の無い声で言った

「…えっ?」
「セレーナがその身をもって確かめれば、すぐに分かりますよ」

言葉の意味を理解した瞬間、今度は彼女が目を見開いた
それはすぐに泳ぎだして先程の私のように顔を真っ赤にさせて

「っ、あ!アリババ天才、通りすがるのホント天才!」
「えっ、な、なんですか!?」

繋いでいた手を振り払って彼女は駆け足で向こうからやってきたアリババ君に抱きついた
戸惑う彼は私を見て助けを求めたけど、私は微笑むだけでその場を後にする

意味もなく仕事を中断してまで貴女にお茶を淹れますか
理由もなく後を追って煩く言葉を投げかけますか

貴女が仕事場にやってくるのと同じ理由で
そしてそれよりももっと狡く、自分でも酷いと思うぐらいのこの感情を

自由な貴女に恋焦がれ、鎖で絡め取りたいと願うのはなんて滑稽なんだろうか




さんそちら、自由な方へ




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