妹様とご一緒されていた時に、私の働くお店にいらしたのがきっかけで
料理を気に入ってくださった彼は週に2回ほど顔を出していただくようになった

「お待たせしました!」

狭い店内からはみ出た道路に面するテーブル
そこが彼の定位置
頭と両手に乗せていた料理を笑顔で置いた

「ごゆっくりどうぞ」

頼まれる物は毎回変わる
けど味は気に入ってもらえたに違いない
普段は王宮からなかなか出ないマスルール様が、こんなに来てくださるんだから

「セレーナちゃん、水貰えるー?」
「はい、今お持ちしますねー」

うっとりと眺めていたいけどそうもいかない
昼食時はどこだって忙しい
私が彼を見れるのは、料理を運ぶ時だけ

席に案内するのも注文を聞くのも別の子
ばたばたしてたらいつの間にか帰ってしまわれてる
だから運ぶ時はとても嬉しい
女性店員の中で重たい物をいっぺんに持てるのは私しかいなくて本当に良かった

「セレーナこれ3番ね!」
「は…い!?」

カウンターにどさっと出されたのは膨大な大皿
私の頭を合わせたって3つが限界なのに
それに沢山乗ってるし、落としたら給料から減らされちゃう
とはいえもたもたしてるわけにも行かないから乗っけて歩き出す

「っと、すみません、通りますー」

テーブルの隙間を縫うように裸足で練り歩く
慎重に慎重に歩いていたら、足裏に痛みが走った
けど目的地はすぐそこだったから確認するより早く皿を置いた

「お待たせしました、当店特性昼食満腹セットです」

笑顔で皿を出すけど凄く足裏が痛い
厨房に戻って見たかったのにカウンターにはまた次の大皿があった
少しくらい、運んでくれてもいいのに

心の中で文句を言ってテーブル番号を聞き運ぶ
今度は18番。マスルール様がいるテーブルに近い
現金だけどそれだけで大喜びで向かった

「どうぞ、お待たせしましたっ」

声音も弾むのが分かる
ちらりと彼を見ると、運んできた料理は全て平らげられていた
今日は2回見れてとても良い日

「…えっ」

目が合うと手招きされた
お水のおかわりだろうか
急いで近寄る

「あの、何か」
「…血が出ている」
「あっ。す、すみません!」

痛みを感じていた右足の裏から血が流れていた
よくよく見れば、私が歩いた後に点々と血痕がある
飲食店にあるまじき行為にサッと血の気が引いた

「申し訳ありません…!あの、お代の方宜しいので、その」

マスルール様に運んで来た時には血が出ていなかったけど
でも不衛生に感じることに変わりはない
嫌気がさして店に来なくなったら、私がとても困る

「…靴は履かないのか」

おろおろする私の足元をマスルール様がじっと見て呟いた
つられて私も見たけど、彼だって靴を履いていない

「大皿ばかり運ぶので無い方が安定するといいますか…」

ごにょごにょと言い訳をする
本当はお金が無いだけなんだけど
唯一持ってる靴はあまりにもぼろぼろで、いっそ履いてないほうがマシと言われたぐらい

「……勘定を頼む」
「え、いやそんなっ」
「頼む」

押し切られてしまって代金を頂いた
話していたせいか大皿が溜まっていて、厨房から私を呼ぶ声がした

「はい!今行きますっ。あの、マスルール様いつもご来店いただき有難うございます!良ければまたいらしてください」
「…ああ」

頷いてくれてほっとした
笑顔で礼をして、急いでカウンターに戻る
いつも通りピークが過ぎるとよろよろと奥にある椅子に座った

「うわセレーナ痛そう」
「あー…もう血は止まってるし、大丈夫。忙しかったから痛み気にならなかったし」
「救急箱持ってきてあげるよ」

怪我は細かな塵や埃を纏ってかさぶたになってた
どこかにガラスの破片でも落ちてたのかな
後で掃除しなきゃと思いつつ、傷口を消毒する

「いらっしゃいませー」

お昼時を過ぎてからのお客さんって珍しい
店内から聞こえる他の子の声を聞きながら足に包帯を巻いた
その声はどんどん大きくなっていった

「ああ、マスルール様そんな…っ」

慌てる店長の声に顔を上げると、ドア付近にはマスルール様がいた
ぽかん。っていう効果音がぴったりなぐらい私は口を大きく開けて、持っていた包帯をころころ床に落とした
それを彼は拾い上げて私の傍に寄ってくる

「…」
「え、きゃっ」

しゃがみ込んで包帯を近くに置いた
と思うと私の素足を掌で掴む
私の足は決して小さい方じゃないのに、マスルール様の手に持たれるとまるで子供みたい

「きっ汚いですから、あの」
「…血は」
「あ…止まり、ました」
「そうか」

マスルール様がごそごそと何かを取り出す
それは包帯だったり薬瓶だったり、どこにしまってたんだか色々と出てくる
そして最後に平坦で飾り気のない、でもとても綺麗な赤色の靴を取り出した

「履いておけ」
「でも、」
「返されても俺には履けん」

ならば妹様にと言おうとしたかったけど、先に靴が私の足に履かされた
私の足に合わせたかのように履き心地が良い
久しぶりの靴の感触に思わず頬が綻ぶ

「次からこれを履いて仕事しろ」

じっと真正面から見て言われたけど勿体無くてこんなの仕事中に履けない
私が少し戸惑ったのを見越したのか、マスルール様はしゃがんだまま体を近付けて、耳元に顔を寄せた

「履かずに足を怪我したら、舐める」
「…えっ?」
「分かったら大人しく履いていろ」

言葉の意味が理解できなくて慌てふためく私の頭をぽんっと軽く叩いて立ち上がる
店長がしきりにお辞儀して、他の女の子達が羨ましげに靴を触ってきて
人込みに飲み込まれ掛けた時普段の力を存分に使って掻き分け逃げ出した

もう大分遠くに見えるその後姿に向かって叫ぶ

「マスルール様!良ければまたいらしてください!」

大声で放ったそれはちゃんと届いたのか
振り返った彼の顔が少しばかり笑っている気がして、私は何故だか泣いてしまった

華麗なステップなんて踏めないけれど
明日も貴方のために精一杯の笑顔と料理をお届けします









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