抱きしめると折れてしまいそうだから

そう彼は言って私に触れようとしない
それがどんなに酷いことなのか分かっていない

「マスルール」
「はい、なんスか」

呼べば、振り向いてくれる
頼めば、キスしてくれる

でもどんなにせがんでも抱きしめてはくれない

何でも力で片付けてしまう癖を私は知ってる
大理石のテーブルだって簡単にひっくり返せる
屈強な男を何十人も一瞬でなぎ払えてしまう

代わりに細やかな動きは苦手

動きだけじゃなくて思考とか感情も
部下としては痒い所に手が届くというか、上手く立ち回ってる
けど個人になると途端にそれが疎かになる
疎かを通り越してまぬけでもある

言ってくれたことは彼なりの最大限の思慮だとは思うのだけど

この一言で私がどれだけ苦しむか
そこまで頭はまわらなかったらしい
先に告げられてしまったら、ねだれない

「何でもない。呼んだだけ」

変な人。とでも言いたそうな顔
その変な人と恋人な貴方はもっと変な人

「もう寝るね。部屋に帰るよ」

扉に手をかけてゆっくりと開く
呼び止めてくれたっていいのに
帰ると一言告げたら最後、おやすみなさいの台詞以外は聞けない

「セレーナ」



そう思ってたから不意打ちなんて



扉を持つ手を強引に引き剥がされて、痛いなんて叫ぶ隙も無いまま、体は捩らされて唇は塞がれた
背中は硬い金属の扉に押し付けられて顔の横には大きな掌がある

「…おやすみなさい」

唇が離れてすぐ、そう呟かれた
顔の横にあった掌が扉を開いて、私は一目散に部屋から出た

ずるい。ずるくて、やっぱりまぬけ
どうして此処までしておいて帰しちゃうの

廊下を走り抜けながら掴まれた腕を見る
うっすらと跡が付いていて、痛みと温もりが残ってる

「折れなかったじゃない、ばか」

踵を返して走り抜ける
扉を叩くと金属の音がした
頬を染めた顔を見て、やっぱりまぬけだと思った

「腕の中で、壊してほしいの」

両手をのばしてねだる私の顔も真っ赤で
まぬけ同士お似合いなんだと、抱きしめられながら呟いた









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