膝の上に座って擦り寄ってきゃっきゃして
なんてしてみるのは、やっぱり性に合わない

「セレーナいいの?シンドバッド様行っちゃうよー」
「私の分もどうぞ王といちゃいちゃしてきて」
「本当に?ありがとう!」

いつもお店によくいらっしゃる王は、宴の時にはもっと酷い
普段も3人ほど常に傍にいるけど、今日は7人も傍にいる
友人もいそいそとその近くに行ってしまった

シンドバッド王はとても良い方で素敵だけれど
あの酒癖だけがどうしてもダメ
ご一緒に飲むのは構わないけど、酔って何度手を出されかけたか
そんな危機的状況にわざわざ飛び込む勇気はない

少し離れた場所でにこにこしていると、友人に呼ばれた
シンドバッド王の膝を獲得した彼女は機嫌が良い
私を紹介してくれて、何かをねだっている

「そうだな…よし、マスルール来てくれ」
「…?はあ、なんすか」
「此処に座れ。で、コレをあげよう」

ひょい、すとん。
いとも簡単に持ち上げられたことにも驚いたが、何よりマスルール様の膝に座らされたことにぽかんとする
マスルール様も困った表情でシンドバッド王を見た

「俺は別に…」
「王の勧めが受けられんのか!」
「…酔ってますよね、シン」

見ると確かに顔が赤い
近くには大量の空いたビンがある
あれだけ飲めば酔いもするか

何を言っても無駄だと悟ったのか、マスルール様は私を座りやすい位置に移動させてくれた
ご厚意に感謝して改めて向き合う
時折お店にはいらしてたけど、あまり近くで顔を拝見したことはなかった
が、これはなかなか、整っている
私が何もしないのを不思議に思ったのか、尋ねてきた

「苦手でなければ致しますが…というか、私が苦手なのです」

最後のほうをこそっと言うと、まじまじと私を見つめてきた
特徴的な目元に思わず魅入ってしまう

「…飲みますか」
「いただきます。あ、お注ぎしますね」

杯にお酒を注ぐとすぐに飲み干された
体格がいいだけに、次々とビンが空いていく
見ていて気持ち良いぐらいの飲みっぷりだ

「マスルール様お強いですね…新しいのお持ちします」

膝から退いて新しいお酒を用意しようとしたが、降りるどころか動くこともできない
私の腰をしっかりとマスルール様が抱いていた
ぱっと見上げると目が合ってしまった

「あの…?」
「良い匂い…」
「あ、香を焚いて纏っているので、え、」

首筋に顔を寄せられて、思わず身が強張る
香りを嗅いでいるのだろうか、息がかかってくすぐったい
実際には何十秒ぐらいが何十分にも感じてくらくらする

「―――ぁっ」

腰にまわされていた腕が背筋を這って
思わず声が出てしまった
それを聞いてマスルール様が顔をあげた
変な声を出してしまって顔が真っ赤なのに、なんでこのタイミングで顔を上げるんだ

「…」
「…」

沈黙が痛い
何か話さなければと思えば思うほど口が開かない
ふと杯が目に入って、お酒がないことを思い出した

「あ、私っ新しいの持ってきます…!」

今度は簡単に膝から降りることができた
火照った顔を冷ますように走る

香を嗅いだだけ
それだけ、それだけだから

言い聞かせながら酒瓶が置かれたテーブルを見る
量の多い物を選んで持って帰る
…足取りが重たい
それでも頑張って戻ると、マスルール様の膝の上には別の子が乗っていた

「あ…」

声を出したのはマスルール様
私は酒瓶を手に立ち尽くしていた
女の子が私を見て笑顔で近寄ってきた

「ありがと新しいの持ってきてくれて!…それと退いてくれて」

前半は明るく大きな声で
後半は暗く低く囁くように
引っ手繰られるように酒瓶は持っていかれた
やることの無くなった私は、礼をしてその場を去るしかない



賑やかな宴を尻目に酒を飲む
店にいると売り上げのために客の取り合いはあったけど、まさか本気で狙っているとは
シンドバッド王とかシャルルカン様とか…その辺は聞いたこともあったが
いやはやまさかマスルール様狙いもいたのか

さっきまで自分が居た場所を見上げる
おかしいな。あそこで飲んでたのは私なんだけどな
結果的にはパシらされ、奪われてるのはなんでなんだろう

このもやもやした気持ちはなんだろう

虚しくなってきて一気に酒を飲み干した
1人で飲んでいると、酔った奴らがやってくる

「俺達と一緒に飲まない?」
「酌してよ、おねーさーん」

…イライラしてきた
普段はこういうことないんだけど
酒が入ると人間駄目になるよね

あまりにもしつこいから一発殴ってやろうと振り返ると、マスルール様が立っていた
変な叫び声と一緒に椅子から落ちる

「え、えっ?」
「…」

地べたに座る私を抱き上げて、私が座っていた椅子に腰をおろされる
そしてさっきと同じように私を膝に乗せた

「マスルール様…?どうして此方に」
「べたべたされるのは苦手なんで」

そう言ってまた首筋に顔を寄せる
息が吹きかかって、変な声をあげそうになる

「――もう少し、このまま…」

いつの間にか腰を抱かれていて
少し引き寄せられて腕の力が強まる
囁くような声があまりにも扇情的で、私は頷いてしまった

どきどきする
心臓の煩さが聞こえていないだろうか

周囲は太鼓や花火が鳴り響いているにもかかわらず、私の耳には彼の息遣いしか聞こえない
思わず背中に回した手に、マスルール様が驚いて顔を上げた
しまった。と慌てて手を離す

「す、すみません。…べたべたされるのお嫌いでしたね」
「…いや」

また首筋に顔が埋まる
くすぐったいと感じながらも、先程までのもやもやが消えていることに気付いた

ふわり、とマスルール様から匂いがする
外れにある森の匂い
それが私の香と混じって不思議にも優しい香りになっていた



「あの、宴終わりましたけど…マスルール様?」

盛大な歓声と共に宴は終わりを告げた
なのにこの体勢から全く動こうとしない
酔っている人間はともかく、意識がちゃんとしている面々が、私達を見て何か噂話をしている

「マスルール様…っ、あ…」

そこで息遣いが変わっていたことに気付く
私を抱き締めたまま、器用にも座って寝ている
重さがそれほど掛かっていなかったから気付かなかった
…ううん、それ以外にも気付かなかった理由はあるけど

「セレーナ…あっららー」
「ちょうどいいとこ来た。誰か呼んできてくれない?」

友人がにやにやと笑みを浮かべながら近寄る
助けを求めたのに呼びに行かず、私の耳元に唇を寄せた

「さっきねシンドバッド様におねだりしたの」
「そういえばしてたね。それが?」
「"あそこに居る彼女綺麗でしょう?でも彼氏が居ないのでシンドバッド様誰か紹介してやってください"ってね!」

彼女は笑顔でそう告げた
間を置いて私が理解し、真っ赤になった顔を見てもっと笑う

「マスルール様はそのこと知らないから、後はがんばれ!」
「ち、ちが…っ」

私が動くとマスルール様が身じろいだ
会話を聞かれたくなくて、私は口を噤む
その隙に彼女は笑顔のまま手を振ってその場から逃げていった

「…違わない、と言えなくもない…んだよねぇ」

子供のような寝顔で眠る彼が愛しいと
気付いてしまったらもう後には戻れない









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