好きとか嫌いとかいう感情が果たして彼にあるのだろうか

森の中で眠っている姿からはそれは分からない
瞳を開けた時も上手く読み取ることができない
基本的に彼が感情を表すのは、マイナス的なものの時が多い

例えばシャルルカンにくだらないこと言われた時とか
ピスティに余計なことを喋られた時とか
街の子供に尊敬の眼差しを向けられてる時とか

苛立ちとか困惑とかそういうものは割りと素直に出ている
但しその反対属性は全くと言っていいほど出てこない

美味しい物を食べていても表情は特に変わらない
敬愛する王に褒められても反応はすれど顔は変化なし

「…うーん」

隣に寝そべってみる
私達どうして恋人というカテゴリーにいるんだろうか
何となく波長があったから傍にいて
私がぽつりと好きかもと言ったら、そのままそうなったような

流れに身を任せたともいう

会話してれば気分は穏やかになるし
喋らずとも隣に居れば今日も平和だなと思えるし
でも、それだけなんだよね

燃え上がるような恋とか
何事にも代え難い愛とか
そういう物は私達には存在していないと思う

「あ、終業の鐘」

今日もよくサボったと起き上がる
起こすか起こさないか悩んで、結局そのまま置いてきた
彼と一緒に帰ると目立ちすぎてサボりがバレるからな

「セレーナどこへ行ってたんですか!」
「うげっ、…あー、すみません今からします…」

小姑にも程があるだろと内心で悪態を吐いた
そのクーフィーヤの中に目玉100個ぐらい持ってんじゃないの
見張りを付けられて仕事を終えると、夕方どころか真夜中になってた
飲みに行ってた組も、もう帰ってきてるかな

「んーっ、はぁ…」

伸びをしながら廊下を歩く
ベッドに入ってさっさと寝よう
だらだら部屋へ向かう私の耳に可愛い声が聞こえた

「マスルール様、好きです」

よもや王宮内でこんな恋愛小説みたいな光景に出会うとは思ってもみなかった
罪悪感に蝕まれつつも、私は柱の陰に隠れてそれを眺める
そこに居たのは勿論マスルールと、侍女らしき女性

「…悪いが」
「セレーナ様のことは存じ上げてます!お綺麗な方ですし、聡明で気さくな方で私自身とてもお慕い申し上げております。とてもお似合いだとも思っております。…でも、それでも私は貴方様のことが好きなんです。国王陛下にお見せする忠誠心も、気取らないそのお姿も、圧倒的な強さも全て私には輝いて見えるのです」

歯の浮くような台詞
とは、笑えなかった
足元は凍りついたかのように動かない
この先は聞いちゃ、見ちゃいけない予感がして仕方なかったのに

「…マスルール様が、好きなんです…ご迷惑でも、この気持ちをお伝え…したくて」

ぽろぽろと彼女の瞳から涙が零れる
見ちゃいけないものほど、脳裏に色濃く残る
泣いてしまった彼女を見る彼の瞳は、困惑しながらもどこか優しくて

ずるずるとその場にへたり込む
泣き声が次第に止んで、走り去る音が1つだけ聞こえた
私はどうにか立ち上がって柱の陰から彼の元へ近付く

「やっ」
「…」

彼は特に驚いた素振りは見せなかった
多分、気付いてたんだろう
香は付けていないけど、大半の人間は匂いがあるって言ってたから
だから私も努めて明るく振舞う

「さっすが色男、モテるねー」
「セレーナ」
「可愛い子だよね。綺麗な言葉を使って必死に伝えてきて」
「…俺は」
「別れよっか、私達」

笑顔で告げると彼は目を見開いた
それも束の間の物
あっという間に不快感を露わにして私を見下す
半歩、先に出て振り返る

「私きっとマスルールのこと、好きじゃないと思う」

居心地が良かったから傍に居た
煩わしい仕事や人間関係のことを考えなくて済んだから
体のいい、逃げ場だった

だって私は彼女みたいにすらすらとマスルールの好きな所、言えたりなんかしない

「友人としては物凄く良いんだけどね。恋人って枠組みは違うと思うんだ」

彼女の真剣な言葉を聞いて私は負けたと感じた
恋って、そういうものなんだ
命のやり取りはしないけど真剣勝負そのもので、私は彼女に負けた

「…彼女はお似合いとか言ってたけどさ。私には2人のほうがお似合いだったよ」

一生懸命に伝える彼女と一生懸命に聞いてた貴方と
普通の小説なら彼女がお邪魔虫みたいな扱いを受けるんだろうけどね
私には本当のヒロインはあっちで、私こそが初回から登場する邪魔者としか思えなかった

「友達に戻らない?別に今と何が違うってワケでもないし」

戯れにしていたキスが無くなるだけ
手を繋いで店を巡ることができなくなるだけ
たった、それぐらいのこと

「周りに何か言われたら私が上手く言っとくし」
「…」
「大丈夫。マスルールの格下げるようなことは言わない」
「…」
「あ!勿論彼女のことも下げない。約束する」
「…」
「――だからさ、…何か、言ってよ」

その時の私はどれだけ情けない顔をしてたんだろう

必死に笑って必死に喋って
でも彼の態度は先程とは打って変わってた
私の言葉なんかまるで無い物のような反応

「セレーナ、俺は」
「彼女が好きっていうのは本人に伝えてあげた方が喜ばれるよ。女ってのはそういうものだから」

笑う私を見る瞳は、何を考えているか読めなかった
腕が伸びてきたと思うと一瞬にして背中が壁に当てられる
見慣れたはずの顔が今日はとても恐かった

私は、紡ぎだされるであろう言葉を聞きたくない
分かってるフリをしてるんだ
物分りの良い女を演じているだけだから、だから早くどこかへ行ってほしい

「…行ってほしくないか」
「違う、自惚れないでよ」
「好きだと言ったら」
「だからその台詞は本人に言いなさい。きっと喜ぶから」

至近距離での迅速な駆け引き
いや、単純な押し付け合い

敗者にこれ以上優しくなんてしないで
負けを認めたんだから、無様な姿を晒させないで

「お前に」
「…ぇ?」
「セレーナに言えば、喜ぶのか」

どう答えたら良いか分からなくて私は俯いた
今このタイミングで言われたって素直に喜べるような、そんな馬鹿で可愛い女じゃないことぐらい知ってるでしょう

「私、アンタのこと、好きなんかじゃない」
「…俺は好きだ」
「馬鹿にしないでよ…彼女に心揺り動かされたの見抜けないほど、鈍感じゃないから」
「ああ…でも他は鈍いな」

好きじゃないって言ってるんだから早く諦めて
お願い。私が私であるうちにどこかへ消えて
身勝手な我侭だってことぐらい、自分が一番よく分かっているから

「さっきの侍女の言葉を聞いた時、俺はこれを言ってほしかったんだと思った」
「何その惚気。デリカシー皆無」
「…最後まで話を聞け」

睨みあげると口元を塞がれた
振り解こうともがいたけれど、力の差を思い知らされるだけだった
静かになった私を見下ろしたまま話は続く

「言ってほしかったが…無くてもいいと思ってた」
「…」
「隣にお前が居て、他愛ない話をしたり昼寝をしたり、それで俺には充分だ」
「…」
「お前が俺を好きじゃなくても…傍に居れたらそれで良かった」
「…」
「…何も言われないのは、意外と堪えるな」

口元から手が離れた
でも私は何も言わない
言えなかった。彼が何を考えていたのか知って、自分の醜さがより一層際立ったから

「ああいうの、言ってほしいんだ」
「…ああ」
「私には――やっぱり言えないよ。マスルールの良い所なんてあんなすらすら言えない。言葉に上手く表現できない」
「セレーナはそれでいい」

冷たい壁から背中が離れる
真正面から抱き締められて、痛いぐらいの優しさが胸に突き刺さる
涙を出すのはあまりに卑怯すぎて我慢した

「言わなくてもちゃんと分かってる」
「…違う、自惚れないでよ」

背中に回された腕に力が篭もる
好きなんかじゃないんだ。本当に
でも、私は間違いなく彼を愛してる

それがあまりにも日常に溶け込みすぎて気付いていなかっただけで

森で寝そべっている時が気取らなくて済んで
隣を見たら涎垂らして寝てる姿が馬鹿みたいで
そんな空間がずっと続けば良いと思ってた

言葉にしたら陳腐すぎて伝えきれない気がして
ふわふわと空気中に漂っているそれに酔いしれてた

「…行ってほしくないか」
「行く気も、ないんでしょう?」
「離す気も、ないんだろう」

互いの背中にある腕は微塵たりとも動かない
瞳を閉じて口付けを交わして、私はごめんなさいと呟いた

今はまだ渡したくないから
次の機会に真剣勝負をしましょうか









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