信じたくないモノばかりこの世に溢れている

一国の王が酒に溺れたら節操ないとか
マギともあろうものが男の欲には忠実だとか
ああ、もう1人のマギは人格的にアウトだとか

でもそんなももうどうだっていい
私の目に今映る光景に比べたら、どれも可愛いものだった



「マスルール君が女の子とデートしてた?」
「有り得ないわ。見間違いに一票」
「…どう見間違えるの、あの赤い髪を」

元気がない私を、ピスティとヤムライハがいつもの居酒屋に連れてきた
最初は世間話をしていたけど、酒を飲んだら涙が少し出て
問い詰め宥められ経緯を話した

「セレーナ大好きオーラが服着て歩いてるような人間が?」
「そうだよ、シャルとの態度の差なんか面白いぐらい違うじゃん!」
「あの馬鹿はアレで正しい扱い方よ」

私だってそう思いたかった
女性のお友達とか、侍女の買い物手伝いとか
他国の皇女様の付き添いみたいなんとか

「…でも、キスしてた」

えっ、と2人が息をのむ
そう。確かにキスをしてた
頬でも額でも手の甲でもなく、唇に

「その後どうしたの…?」
「どうもしてない。私は帰った」

元々私はその日頼まれ事で市街地に行ってたから
用は済んでいたし、何より見ていたくなくて逃げるように王宮へ帰った
その日以来表面上は私達は普通に接している
感情が互いに顔にあまり出ないから、今日うっかり8回溜息を吐かなかったら2人にもバレなかったと思う

「何ソレちょっと焼いてくるわ」
「ヤムライハ目が怖い!セレーナ、…別れるの?」
「…わからない」

別れたいかと聞かれたら別れたくない
じゃあ、これから先2人でずっと一緒にとも思えない
涙がまた出てきそうになって酒を煽った

傍に居た子はとても可愛かった
髪も綺麗に結わえていて、服だってふわふわしていて
男心擽るというのだろうか
守りたいと思わせるような女の子だった

「私も、ああなりたかったな…」
「セレーナ…」
「…思ってるだけじゃダメでしょ」

ピスティの強い声が聞こえた
思わず顔を見ると、いつもの笑顔とは違う真剣な表情

「セレーナはいつも取り繕いすぎだよ。仕事に差し支えでるからって感情も付き合いも薄いし。本当は私達と居る時みたいにちゃんと笑ったりできるのに、どうしてそれを他に出さないの?何もしてないのに願うだけじゃ一生手に入らないよ。そんなんじゃ、マスルール君取られて当たり前じゃん」
「…そんなの、分かってるよ」
「分かってないよ!セレーナ影で何て言われてるか知ってる!?美人なのに髪ろくに梳かさないしお洒落もしないし、シャルですらヤムライハより酷いって言ってるんだよ?」
「剣術バカ殺す―――じゃなくて、ピスティ落ち着きなさい」
「だって…」

ヤムライハに宥められてピスティは泣き出した
笑ったり怒ったり泣いたり、忙しい子
でもそれが私はとても羨ましかった

「…分かってるよ、そんなこと」
「だからっ、分かって「自分が一番分かってる!!」

店中に響くかの勢いで叫んだ
目からは涙が溢れてとまらない

「お化粧だって可愛い格好だってしたい、けどそんな暇今はないし、しなくてもいいってマスルール言ってくれた!感情だってお互いに乏しいから代わりに手繋ぐとか、そういうので表そうって約束だってした!」

本当は、本当はあの時追いかけて問い詰めたかった
どうしてキスなんてしたの
私にはもう飽きたのって聞きたかった

「聞きたかったけど、でも怖くて、臆病者なんだよ私!ああしたら嫌われる、こうしたら嫌がられる。そればっか考えて何も出来ないし何もしない!被害妄想に陥って行動に移せなくて自己嫌悪しての繰り返しばかり…悔しい、悔しいよ…」

ぼろぼろと見っとも無く泣き喚く姿
第三者が見たらどう思うだろう
汚くて、可愛くなくて、そう考えると今の涙も引っ込みそうになる
肩を震わせ必死に涙を止めようとする私をピスティが引っ張る

「そこまで言えるなら頑張れるよね!」
「ぴす、てぃ…?」
「お勘定置いてくねー。いこっ!」
「アンタまた嘘泣きしたわね。セレーナはマジ泣きだったのに」

ヤムライハの言葉にぽかんとする
舌を出してウィンクをするピスティ
困惑する私を2人はピスティの部屋に連れてきた

「これセレーナに似合うと思って買っといて正解だったよ」
「え、ええ…?」

綺麗な衣服に化粧道具
促されるままに椅子に座ると、ヤムライハに髪を梳かされた
傍ではピスティが私の顔を使って化粧道具の使い方を教えていく

「ほら、できたわ」

鏡に映った自分はとてもじゃないけど私と思えない

「自信を持ちなさいセレーナ。貴女は綺麗なんだから」
「取られたなら取り返せ!やらなきゃ、何も変わらないよ」
「…マスルールは嫌わないかな」
「現状が駄目だからこうなってしまったんでしょう?うじうじしたってよくならないわ」

俯く私の背をヤムライハが真っ直ぐに伸ばさせる
鏡の中の私が、微笑んだような気がした

「――頑張ってみる。駄目かもしれないけど、やらないよりはマシ」
「セレーナは仕事あれだけ頑張れるんだから大丈夫だよ」
「アンタはもう少し仕事をがんばりなさい」

酷い!と頬を膨らませるピスティに私は思わず笑った
久しぶりに笑った気がして、その日はそこでまた飲みなおした
翌日酔い覚ましに水を飲んでから自室の鏡を見る

「えっと…ココがこうで…」

ピスティは簡単にやってのけていたのに
自分がやってみると難しいことこの上ない
悪戦苦闘しながら、ようやく見れる顔になった。と思う
始業の鐘が遠くから聞こえて、慌てて仕事場へ向かった

「遅れてしまい申し訳ございません…!」
「セレーナどうし…ったんですか?」
「昨夜飲みすぎてしまい不注意で寝過ごしまして…本当に申し訳ありませんジャーファル様」
「いえ、まあ貴女が遅刻するのは珍しいですが、今日は珍しいこと続きですね」

お咎めは無くすぐさま席について仕事をするよう命じられた
ジャーファル様の言葉に引っ掛かりながらもいつも通り業務をこなす
今日は人に話しかけられることが多かった

終業の鐘が鳴り響く
机の上にはまだまだ書簡が残っている
残業確定かぁ…と椅子に座ったまま背伸びをした

「あのセレーナさん」
「はい」

隣で仕事をしている同僚に話しかけられる
何かと問えば飲みに行かないかと誘われた

「え…?」

長年一緒に仕事しているけどそんなことは今までに一度だって無かったから
聞き間違いではないかと思い聞き返してしまった
再度言われた言葉は紛れもなくお誘いだった

「あ…仕事がまだあるんで、すみません」
「なら手伝いますよ!」
「いえ、自分の遅刻によるものですからどうぞお気遣いなく」
そう断ると後ろから高い笑い声が聞こえた
振り向くとピスティがシャルルカン様と一緒に居る

「やー、それでこそセレーナだよ」
「変わるもんだなー。つーか噂まわるの早くね?」
「人ってそんなもんだよシャル。で、今日は会ったの?」

シャルルカン様が何を言ってるのかは分からなかったけど
ピスティの言いたいことは分かって首を横に振った
私は文官で彼は武官だから、ただでさえ会う機会はないのに加えて八人将でもあるから、会おうと約束しない限り会える事は滅多にない
それに、まだやっぱり怖かった

「中庭で見たよ」

ピスティがにこっと微笑む
けど私はまた首を横に振った

「残業がありますし、それに…もう少し頑張ってからにします」
「敬語やだなぁ。よしシャル飲みに行こう!」
「お?おお…」

去り行く2人に頭を下げて机に向き直る
一朝一夕ごときで頑張っただなんて言えない
仕事を黙々と進めていると、いつの間にか夜になっていた

「ふぅ…」

見回りの兵士が来るよりは早くに終わった
それまで残っているとジャーファル様に叱られてしまう
部屋に鍵をかけて王宮を出ると、見知った後姿が目に留まる

赤い髪、大きな体
確認するまでもなく彼だと分かる
声をかけようか悩んでいると近くにもう1つ影があった
それが、大きな影に寄り添うように歩く

「…」

絵画を見ているような気分だった
ここではない別の何かを
2つの影はそのままどこかへ消えていった
立ち竦むことしか、できなかった

家に戻ると悔しさが込み上げてくる
悔しい、悔しい
寄り添う影もそうだけど、あの女の子は私を見た
そして笑ったんだ。勝ち誇った瞳で

「っ、ああもう…!」

枕に盛大に八つ当たりする
髪を解いて化粧を落としてベッドに埋まる
悔しい、情けない、悔しい
ぐるぐると感情がまわってくる









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