(※未来捏造)



見知らぬ土地の見知らぬ祭で
旅一座にいて踊り歌う私を、彼が見て
舞台から私も彼を見て
一夜だけの愛を過ごした。それだけだったの



「母さん、ひとつ聞いてもいい?」
「どうしたの改まって」

髪を撫でると少し言うのを躊躇った
赤みがかかった茶色の髪
先日私が切ったら、多少不恰好になってしまった髪

「俺は母さんの本当の子供…?」

上目遣いに尋ねる瞳には不安が宿っていた

「なんでそう思うの?」
「…だって、全然似てないから」

ぶすっと頬を膨らませた
特徴的な目元が伏せられている

「ばかね、アンタは私の大切な一人息子。口元とかそっくりじゃない」
「母さん…じゃあ、もうひとつ聞いてもいい?」

子供なら誰しも思うこと
本当にこの人の子供なんだろうかなんて、可愛い不安
屈みこんで目線を合わせて頬を撫でてあげる

不安の色はまだあったから、また可愛い不安を言うのかと思って首を傾げた

「ふぁなりす、ってなに?」
「…どこでそれを聞いたの」
「家に帰ってくる途中、道端のおじさんに言われた。俺を見て"坊やはファナリスか?"って…」

極力表情を変えずに話を聞く
この子はとても繊細で鋭い
少しでも顔色を変えれば気付かれてしまうから

「ファナリスっていうのはね、とても強い少数民族のことよ。でもアンタは違うわ。そのおじさんにはなんて返したの?」
「よく分からなかったから違うって答えた」
「そう。ならいいの」

ぎゅっと小さい体を抱きしめる
そうよ、この子はファナリスじゃない
強大な力を持ち合わせていないから

「買い物に行ってくるから留守番しててね」
「はーい」

尋ねてきた男性が気になる
今日は外に出さないでおこう
そう思って1人置いて家を出た

帰ってきて迎えてくれたのはあの子じゃなく、荒され静まり返った家だった

「そ、そんな…っどこに行ったの、誰かっ誰か―――!」

旅一座に居た頃に行く先々で見た奴隷を思い出す
そんなはずない。あの子が連れていかれるはずがない
今まで大切に大切に育ててきた、私と彼を繋ぐ唯一の子
買ってきたものを玄関に放り投げて私は街へと駆け出した



「…はぁっ、――っ」

逃げる、逃げる
どこでもいい
掴まったらきっと連れてかれる

路地裏はダメだ
もっと、もっと人の居る所へ

「待ちな!」
「っ、」

転びそうになった
必死に耐えて足を踏み出す
母さんの帰りを待っていたら、突然あいつ等が家に押し入ってきた
俺に"ふぁなりす"かと聞いたあのおじさん達が

一体何だってんだ
隙をついて逃げ出したけどすぐ追いかけてくる
ダメだ、追いつかれる。誰か、誰か!

曲がり角に人影が見えた
もう誰だって良くて、とにかくその影に縋り付いた

「たっ助けて…!」
「…?」

振り返ったその人はとても大きかった
母さんよりも、よく行く店のおじさんよりも
そして俺と同じ目元をしていた

「んぁ…?ファナリスがもう一匹いるじゃねぇか」
「高く売れるなコレは」

もたもたしていると沢山人がやってきた
こんなに居るなんて。もうダメだ、どうしよう
母さんに会えなくなるなんて嫌だ!

「…奴隷商人か。お前を狙ってるんだな」
「俺っ何も悪いことしてない…!」
「分かってる。そういう奴らだ」

低く怖い声が聞こえて見上げると、険しい顔をしてた
俺の視線に気付いたら抱き上げてくれた
今度は優しい声で話してくれる

「掴まっていろ。必ず帰してやる」
「うん…」

背中に回されて落ちないよう必死に掴まる
大きい兄ちゃんとあいつ等が地面を蹴ったのは同時だった
だけど、吹っ飛んだのはあいつ等だった

「つ、強ぇ…!」
「馬鹿野郎何してんだ!早く捕まえ…!?」
「…殴られたいか、蹴られたいか。選べ」

一瞬。本当に一瞬だった
ちょっと地面を蹴っただけですぐ偉そうなおじさんの前に来た
質問してたけど、兄ちゃんは3秒と待たずに踏みつけた

「兄ちゃん強いんだね」

背中から降ろしてもらって見上げる
凄い。道端には沢山人が寝そべってる
これ全部1人で倒したなんて

「もしかして兄ちゃん"ふぁなりす"って言うやつ?」
「…お前は違うのか」
「違うよ!母さんが違うって言ってたから」

きっぱり言うと髪をわしゃわしゃ撫でられた
俺の赤茶の髪。あんまり好きじゃないけど、兄ちゃんの色にちょっと似てる
そのまま耳元で匂いを嗅がれた

「確かに少し違うな」
「兄ちゃんも匂いで人が分かるんだ」
「お前も分かるのか?」
「母さんが近くに来たら分かるよ。凄く優しい匂いがするから、俺大好きなんだ」

嬉しいことも悲しいことも
母さんに何でも言った。一緒になって喜んだり泣いたりしてくれたから
皆は俺に父さんがいなくて可哀想って言うけど、全然寂しくなんかなかった

「どんな母親だ?」
「えっと…髪が綺麗で凄い美人で…あっ、踊りと歌がめちゃくちゃ上手なんだよ!昔旅一座に居たんだってさ」

沢山母さんの自慢をすると、肩を掴まれた
ちょっと痛くて顔を顰める
けど兄ちゃんはそんなこと気付いてなくて、俺の顔をまじまじと眺めた

「…今は何をしてるんだ」
「お、俺が生まれたから旅一座辞めて、この街の領主様の所で働いてるけど…」
「―――そうか」

肩が離される
大きな手がまた頭に乗った
気をつけて帰れと言われて、お礼を言ってから手を振って走る
急いで帰らないと母さんに怒られる



「…どうして…っ」

見つからない。どこを探しても、誰に聞いても
凄い物音を聞いたり逃げる後姿を見た人はいたけど
肝心のあの子の足取りが掴めない

もう連れ去られたの…?
ううん、あの子足は速かったから大丈夫、大丈夫に決まってる
そうだ。逃げるとしたら私が働いてる場所かもしれない
急いで領主様のもとへ向かう

「あのっ、此処に…!」

飛び込んだ私に向かって領主様はしっ!と人差し指を口元に当てた
誰か来客がいるの?
ああ、それどころじゃないのよ
私の大事な子が、もう客なんて放っておいて

「領主様!」
「セレーナ落ち着きなさい、丁度お前にお客様がだね…」
「そんなのどうだっていいんです!私の子が、あの子が…っ」

不安が押し寄せてきて泣き崩れてしまう
早くあの子を探してほしいと言わなきゃいけないのに
言葉が引っ掛かって上手く出てこない

「どうでもよくないんだぞセレーナ。実はあのシンドリア王国のだな」
「俺が話します…」

領主様の声を遮って男の声がした
涙で前がよく見えないけど、立派な甲冑が辛うじて捉えれる
顔を上に向けるにつれて私の目は見開かれた

「…あなた、は」

一夜限りだからと、名前も聞かなかった
知らなかったからこそ愛しさは募ってせめて名前ぐらい聞けば良かったと何度後悔したことか

「アイツなら今頃家に帰ってる…」
「なんであの子のことまで、夢、なの?」
「夢じゃない」

逞しい腕が私を抱き上げる
あの日と同じように、優しく私を包み込む

「…子供できてたんだな。すまなかった、何年も」
「いいの、いいんです。私が産みたいと思い育てただけだから…!」

それ以上は何も言えなかった
伝わる温もりさえ、現実とは思えなくて
子供のように泣きじゃくる私を抱いたまま、彼は領主様に何かを尋ねる

「家に行ってもいいか」
「…私の?」
「ああ。お前の……、名前教えてくれないか」

尋ねていたのは私の家までの道のりだった
さっきまでの不幸が嘘のように変わっていく
期待、してもいいの?

「…セレーナ。セレーナ・アイオス」
「マスルールだ。…良い名前だな」

もう夢でも構わない
何度も何度も名前を呼んで抱きしめる
少し頭を下げて領主様に挨拶すると、彼は、マスルールは私の家に向かって歩き出す

「―――名前、着いたら教えてくれ」
「え…?」
「…アイツの父親だから、名前を呼んでやりたい」

きっと、あの子も喜びます
その言葉は言えずにただただ嬉し涙を流しただけだった









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