私の両親は随分早くに亡くなったと聞いた
それからはどうやって生きてきたか覚えていない
毎日這い蹲って、毎日泥に塗れて、…いたような気がする

だって今はとてもふかふかな布の上で
お腹が空けば沢山食べることができて
寝て起きたら服を変えることができているから

「セレーナ、今日の服は白色でね。豪華な刺繍もあるんだよ」
「白…よくわからないけど綺麗なんだ」
「ああそうさ!アンタの髪にとてもよく似合う色だよ」

元気な声に微笑むと着替えさせてくれる
私は、目が見えない
生まれた頃は見えていたらしい
でも物心つくより早く見えなくなった

だから私は両親の顔を知らないし、自分がどんな姿でどうして生きてきたかも分からない
ある日寒さに凍えながら眠り、気付いたらもうこの柔らかい布の上にいた
文字通り何があったか分からず困っていたら、この元気な声の持ち主が面倒を見てくれるようになった

「ねぇルシアさん。私の眼は何色なの?」
「…アンタの眼は燃えるような赤い色だよ。あの方にそっくりさ」
「あの方っていうのはルシアさんが言う、私の大切な人?」
「そうだよ。さ、こっちの腕を上げておくれ」

触られた方の腕を上げる
ルシアさん曰く、私はその人に拾ってもらったんだとか
毎日食べれるのも毎日着替えれるのも、言葉を教えてもらえたのも、皆その人のおかげ

どんな人なんだろう
私の眼と同じ、赤い色を持っている人
赤ってどんな色なんだろう

「さあ次は髪の毛だね。花を飾るんだ」
「今日は沢山するんだね」

櫛で梳いてもらう以外にしてもらうことは滅多にない
優しい手が髪を纏めていく
最後に口紅と目元に飾りを付けてもらった

「凄く綺麗だよ、セレーナ」
「ありがとうルシアさん。今日は何かあるの?」

そう尋ねたらルシアさんは黙ってしまった
何故かすすり泣く音がして、思わず立ち上がって歩き出す
気配だけで彼女に抱き付いて見えない目で見つめる

「どうしたの、私何かいけないことを言ってしまった?」
「…そうじゃないんだよセレーナ。アンタは…此処から出て行かなきゃいけないんだ」

そんな。驚きのあまり声が出ない
血の気が引いて床にへたり込むと、ルシアさんが抱き上げてベッドに戻してくれた

「よく聞いておくれ。悪いことじゃないんだ。あの人が迎えに来るんだよ」
「でもルシアさんとはもう会えないの…?」
「それは…」

悲しい、寂しい空気が流れてく
すすり泣く声が大きくなっていって、私の膝にルシアさんが突っ伏しているのか温もりがある
私も悲しくて寂しくて涙が落ちていく

「泣くんじゃないよ、化粧が落ちてしまうだろう?」
「ルシアさんこそ泣いてるよ」
「あたしはいいのさ。あっ、」

会話の途中でルシアさんは膝から離れた
声につられて顔を上げるけど、私には分からない
静かになった部屋に足音だけが聞こえる

誰か来たんだ。この人が私を連れていってしまうんだ
そう思うと身が強張る
突然頬に何かが触れた

「…あの、誰、ですか?」

触れている人は答えない
先の微かな動きから掌だということが分かった
それが離れて、足音が遠ざかっていく
扉の閉まる音と向こうから僅かに聞こえるルシアさんの声

そして聞き慣れない人の声

あれがルシアさんの言っていた、拾ってくれた人なんだろうか
確信が持てなくて私は立ち上がって扉のある方向へと歩く
この部屋ぐらいなら、どこに何があるか分かってる
扉の取っ手に触れたからそのまま耳をくっつけた

「―――だから、セレーナを連れて行くんだ…」

低い声にどきっとする
やっぱりあの人が私を連れて行くんだ
会いたかったけれど、ルシアさんとは離れたくない

「お願い、ルシアさんも一緒に連れて行って…!」

扉を開けて叫んだ
勢い良く開けたせいか取っ手から手を離してしまい、こけそうになる
それを誰かが強く、優しく抱きしめてくれた
手を付いたのが筋肉みたいでルシアさんはこんな位置にはないから、あの人だ
背が大きいと分かったから上を見る

「今日綺麗にしてくれたのはルシアさんなの!毎日美味しいご飯をくれて、着替えもさせてくれて、私お母さんもお父さんも知らないけど、きっといるならこんなんだってとても幸せだから、だからお願いします…!」
「セレーナ!我侭言っちゃいけないよ!」

ルシアさんの怒る声がする
その声に驚くと、上から微かな笑い声が聞こえた

「…ああ。いつかは連れて行く」
「本当に?あっ、でも1人じゃ私何も出来ないからやっぱり一緒が」
「今は駄目だ。お前だけじゃないと」

どうして後が良くて今が駄目なのか分からない
反論しようとしたらルシアさんが突然笑い出した

「あっはっはっ、セレーナも勘違いしてたんだね。やだね私が変に伝えたから…」
「どういうこと?」
「この方はね、今日宴があるからアンタを連れ出してやりたくてあたしに頼んだのさ。それをあたしがうっかり嫁…いや、とりあえずアンタは今日ちゃんと此処に帰ってくるよ」
「――本当!?なんだ、よかった…」

さよならするわけじゃなかったんだ
嬉しくて笑うと、頭に何かが乗せられた
頬に触ったのと同じ大きな手が優しく撫でる

「早とちりしてごめんなさい。…ええと」
「マスルール様だよ、セレーナ。教えてなかったかい?」
「初めて聞いた。マスルール様、ありがとう」

答えてはくれなかったけど空気が優しくなった
大きな掌が私を抱きかかえる
低い声が「行ってくる」と言ったから、私も真似してルシアさんに言った



「…本当にセレーナは綺麗になったねぇ。やっぱり、いつかは嫁いでいっちゃうのかね」

ただいまと告げる場所に大切な人が増えるのは、もう少し、先のお話









「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -