足首まである長い髪を彼は簡単に持ち上げる
お世辞にも上手いと言えない手付きで、それを束ね上げる

「…できましたけど」
「ありがとうございます。ごめんなさい、こんなこと頼んで」

予想以上にぼさぼさの頭だけれど構わない
お礼を言うと、何か言いたそうな表情をされた
それは一瞬で消えていつもの無表情に戻るのだけれど

「俺なんかより先輩達に頼んだほうが良かったんじゃ」
「髪の毛って意外と重たいから…マスルールさんが適任だと思って」

適任、という単語に少し目尻が動いた
この言葉は的確じゃなかったかも
その証拠に彼は頭上にはてなマークを浮かべてる
重たいといってもたかが髪の毛
シャルルカンさんでも出来るだろうし、モルジアナちゃんならもっと上手いと思う

でも、私にとっては彼が一番適任だから、仕方ない

「はあ…まあ暇だからいいんすけど」
「ご、ごめんなさい…食客だからって甘えすぎですよね」

無表情すぎて彼の言葉はたまに真意が読み取れない
王であるシンドバッドが私を呼んでくれていなければ、多分、彼はこんなことしてくれない
上司の客人に部下が無礼を働くなんて出来ない
そんな隙に付け込むしか出来ない自分が、ちょっと情けない

「おや、此処に居たんですかマスルール」
「ジャーファルさん」
「マスルールが黒秤塔に居るなんて珍しいと思ったら、セレーナも一緒だったんですね」
「本を読む時に邪魔だから髪を束ねてもらいたくて…」

嘘は、言ってない
真意は他にあるのだけれど
ジャーファルさんは私の髪を見てなるほどと頷いた
あの頷きは確かに邪魔になるのと、紛れもなく彼が束ねたものだという納得だと思う

「では行きますよマスルール。やることはたんまりありますからね!」
「え…っ」
「それじゃあセレーナ、彼は返してもらいますね」

ジャーファルさんに呼ばれて彼は一礼だけして背中を向けた
私は思わずその大きな背中に向かって手を伸ばす
ぎゅっと衣服を掴むと、少し驚いた顔をして振り返った

「あ、明日も暇だったら束ねてもらえませんか…?」

聞きたいことや言いたいことは沢山あるけれど
全部飲み込んでその一言を搾り出した
驚いた顔はまたすぐ無表情に戻った、けど大きな手が束ねた髪を撫でる

「俺で良ければ、明日も暇ですから」









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