八人将のお給料は結構ある
にも関わらず、マスルールが使った形跡は殆どない
ようやく最近見たのはパパゴラスの餌代と、モルジアナちゃんと出かけた時の出費ぐらい

「おかしい…」

収入と支出が釣り合わない
どこかに必ずお金があっていいはずなのに
この部屋には金どころか物すら無いじゃないか

「仕事放って何をしているんですかセレーナ」
「ジャーファルさん。…あ、ジャーファルさんはお給料何に使ってます?」
「唐突にまた…そうですね。主に書籍になりますね…?」

何故語尾が上がる
私の質問に頭を抱えだした
八人将って皆お金に対して無頓着なのかな
いやいや、ピスティはよく買い物行ってるし…シャルだって飲みまわってるしなあ
ヤムライハはきっと魔法のための材料だな、うん

「しかし何故それを貴女が気にするのですか?」
「あー…いえ、ちょっと」

口が裂けても理由なんて言えるか
恋人の財布の中身など別に監視する趣味はない
…恋人ならばの話

誰にも言っていないが先日結婚らしきことを仄めかされた
料理も掃除も人並みにしかできないのだが、それでもいいならと返事もした
ただ付き合ってるのと結婚するのとでは天と地ほどの差がある

「うーん…将軍の奥さんトコ尋ねようかな」
「いいから早く仕事しなさい」

追加の書簡をたっぷり置かれてしまった
はあ、やれやれ。1つ手にとって広げて見る
数字ばかりが並んでいる
私の仕事は行政の資金をやりくりしたり、不正がないか調べたりするのだ
なので家計簿とかをつけるのは結構好き

だがしかし、マスルールの場合は元が見つからないから付けようがない

これじゃあ面目丸潰れである
何としてでも今日中には見つけて帳面つけてやる
思い立ったらすぐ行動。さっさと仕事は終わらせて、終業の鐘と共に探しに出た



「…ない」

部屋を荒らしてみたけど見つからない
お給料を貰って懐にしまって、ええとそれから…?
駄目だ、この時点で金の行方が分からない

この場所はもう諦めて王様に聞こう
理由を尋ねられたら誤魔化そう
とぼとぼと向かっていると、マスルールとモルジアナちゃんの姿を見つけた

本人がいるならそっちに聞いたほうが手っ取り早い
急いで2人のもとへ向かう

「マスルール、あのさ!」

息を切らしながら近寄った私を何故か抱き上げる
違う違う。いつもみたいに取りたい書物があるから抱き上げてくれじゃない
降ろせとアピールしたらすんなり降ろしてくれた

「こないだのお給料どうしたの」
「…使った」
「嘘!ていうか何に?いやそれは良いけど全部使ったわけじゃないでしょ!?」

問い詰める私の傍で何故かモルジアナちゃんがおろおろしてる
視界の隅っこに映ってるんだけど、ああ可愛いなー

「―――忘れた」
「パパゴラスに脳味噌突っついてもらってこい」

頭悪いことは分かってたけど、記憶力まで低下してるとは
腕を伸ばして頬を緩く抓っていると明るい声が聞こえた

「おーいマスルールくんやーい」
「ピスティ。どうしたの?」
「あり、セレーナも一緒か…あれ、来てるよ」

あれって何?
なんて聞こうとしたらピスティが風のように居なくなったぞ
マスルールの野郎も居ない。王宮の廊下にヒビ入れて
怒られるの私なんだぞ分かってるのか馬鹿旦那

「…あの」
「なにモルジアナちゃん」

それまでおろおろと傍観していたモルジアナちゃんが口を開いた
本当に可愛い子。思わずハートマークを飛ばしてしまう
少し引かれたけど、彼女に案内されてとある宿屋へ向かった

「マスルールさんの買った物の一部です」
「わぁ…商人からこんだけ買ってたのか。そりゃ無くなるわ」

宿の部屋一室借り切って、そこに大量に溜め込んでた
綺麗な布とか糸とか布とか糸とか…そればっかじゃないか
こんなの何に使うんだよ。ベッドカバーでも作るんですか

「ま、これで収入と支出が釣り合うわ」
「どうしてそれを調べてるんですか?」
「そりゃ結婚するんだし家計簿のひとつやふたつ…」

口が滑るとはこういうことだ
モルジアナちゃんを見ると頬を少し染めて「おめでとうございます」と呟いた
ああ可愛い!じゃない、違う待って待って

「確定じゃないのよ!あくまでも、あくまでもね」
「はあ…」
「他の人には内緒にしてね…?」
「…わかりました」

良い子で助かる
何か独り言を呟いたのが気になるけど、まあこの子ならバラさないしいいか
2人で宿を後にして王宮へ戻る



それからしばらくの間、私は仕事に追われていた
王様が難民を連れてきてくれたおかげで全体から予算見直しをしなくちゃいけなくなったのだ
あっちこっちから書簡を引っ張り出しては考え
作り直しては削り、配分し論議し

何とか今日それがひと段落ついた
皆ぐったりと机に伏せている

「数字が踊ってる…やばい、幻覚見てる」

一生分の数字を見たぞ
椅子に座って天井を見上げているとマスルールが目の前に現れた
良いタイミングだ。部屋まで運んでもらおう

「ます…っ」

私が頼むより先に抱き上げてくれた
なんて良い夫なんだ。あ、まだ違ったっけ
もういいや。良き旦那に恵まれて私とても幸せです

ベッドに降ろしてもらうとすぐに眠った
翌朝目覚めるとやけに体が重たい
まだ眠い頭で必死に起きて、顔を洗おうと鏡を見る

「なっなにこれ…!」

着ていたはずの官服はどこかへ消えて
代わりに見たことある布や糸のドレスが身を纏っている
王様じゃないんだから寝ている間に裸になって
なんてことは有り得ない。あっても服着ない。持ってないよこんなの

混乱して思わず自分の頬を叩いた
結構音が響いたせいか、廊下を走る音と共にマスルールがやってきた
私を見て驚いた表情をしたと思うと肩を落とした

「どういうことマスルール。私夢遊病でもなった?」
「…なってない。とりあえず脱げ」
「えっ、やだ、自分で脱げるから脱がすなこらっ」

マスルールの怪力じゃ脱がすというより破るに成りかねない
どうにか追い出して自分1人で脱いでいく
この布どこかで見たんだよな。この糸も

「――あれこのドレスって…」

私の故郷の花嫁衣装だ

シンドリアでは見かけなくなったからすっかり忘れてた
使われている布も糸も故郷の物によく似てる
そうだ、これはあの部屋にあった物じゃないか

「…マスルール入っていいよ」

部屋着に着替えてから中へ呼んだ
ドレスを掴もうとする手を逆に掴む
私を見て…観念したように瞳を伏せた

「用意してくれてたんだ」
「…ああ」
「一言ぐらい、言ってくれても良かったのに」

マスルールの性格上言えるはずがないと分かっていても
ついそう言ってしまう
案の定マスルールは眉を顰めて溜息を吐いた

「喜ばせてやりたかった」
「充分喜んだよ」
「…採寸して着せ替えるのを、頼んだ奴が忘れたせいだ」

むすっとした表情になる
きっと式の直前まで隠しておくつもりだったんだな
私のためにしてくれたことが愛しくて、そっと口付けた

「本当に良い旦那さんだよ」

思ったことを口にして笑うと首を傾げた
いつもいつも、私の想像の遥か斜め上を行くけれど
全部他人の為に行っているマスルールが大好きです

未完成のドレスと共に私達は密やかに誓った









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