これで自由ね、貴方も私も

彼女はそう微笑んで去った
女の身でありながら剣奴だった彼女
名前なんて知らない
ファナリスではなかったがどこの民族かも知らない

ただ、時折話しただけ
幾度、剣を交えただけ

勝敗はつかず終わるたびに彼女は「さよなら」と俺に告げた
また会うのにと自分の運命を罵りながらそれを聞いていた
それはあっさりと無くなった



彼女は今どこに居るんだろう
何をしているんだろう
知りたくとも知る術はない

強かった
そしてかっこよかった
鎖は貴金属に見えるほど
伸ばしっ放しの髪も擦り切れた服も
一度剣を握れば豪華な物に見えた



「あ、いたいた。マスルールくんジャーファルさんが呼んでるよー!」
「…ああ」

どうして突然彼女のことを思い出したのか
別れて以来一度も考えもしなかったのに

「何か用っスか…?」
「頼まれ事をしてくれませんか?今日来賓があるので対応してほしいのです」
「…俺がですか」
「シンが今にも逃げ出しそうなので私は持ち場を離れられないのですよ」

粗相のないようにと念入りされて向かわされた
港まで客を迎えに行く
地平線の向こうに夕陽が沈む

赤い、紅い、炎のような夕陽

「マサーアルカイルヤ」
「…?」

振り向くとベールで顔を隠した女性が佇んでいた
口元だけは見えて微笑んでいる
その背後には男が2人居て、この女性が客なんだと分かった

王宮まで案内して無事に大広間に案内する
彼女が、――ふと思い出したから女性が彼女かもしれないと淡い期待を抱いたが、違った
そうそう都合よく事は運ばない

「おいマスルール見たか?あの姫さん凄いキレイだなー」
「はあ、先輩は相手にされませんよ」
「お前もされてなかっただろうが」

顔なんてよく見えなかった
それはこの人も同じだろうに
いい加減雰囲気で美人と決めてはしゃぐのは止めてほしい

のろのろと中庭でパパゴラスに餌をやる
俺がシンと出て行くあの日
前の晩に彼女は確かに俺の元に来た

でも何を言っていたか思い出せない

どこか別の言葉のようだった
不思議な単語の羅列で
碌に読み書きできなかった俺には理解できなかった
…今言われても多分理解できないと思う

薄暗い部屋に来て
いつも通りの微笑を携え
けれどどこか遠い瞳をしていて

「…さよなら」

そう、そう確かに彼女は言った
闘技場でしか言わなかったそれを彼女が告げるものだから
俺は常々思っていた言葉を口にしたんだ

また会うのに、と

その後だ。彼女が何かを言ったのは
何だったかさっぱり思い出せない
一字たりとも覚えていないのは逆に凄い

「夜、冷える、ますね?」

また勝手に背後に女性が佇んでいる
夕方と同じ格好で
違うといえば後ろに男が居ないぐらい

片言のシンドリアの言語で此方に話しかけてくる
たどたどしいそれを聞き流しながら、彼女の言葉を思い出す努力をする
返事をしない俺に飽きたのか女性は立ち上がった

「さよなら」

その言葉だけがやけに流暢で
思わず俺は返事をした

「また会うのに―――ですか」

取ってつけたような語尾に、ああ、粗相をしたなと思う
先輩の言うことが正しいならこの女性は姫だ
しかも反論までして。バレたらジャーファルさんに怒られるかな

気を悪くするかと思いきや、彼女は微笑んだ
口元だけしか見えないからこそそれは鮮明に映る



「イン シャーカダル」



綺麗に弧を描いて放たれた
やっぱり理解なんて出来なかったけれど、俺の腕は迷わずベールを取り女性を捕まえた

「…大きくなったね」

あの頃使っていた言葉が耳に届く
頬に手が滑る
女性とは思えないぐらい豆があって、無骨な手
長く居たが触れられたことは一度も無かった

「八人将だなんて驚いた」
「…姫、と聞いた」
「あの後私もあそこを去って、拾われたの」

拾われたということがどういうことかは教えてくれなかった
ただ、髪を撫でる手が気持ちよかった

「さあ、そろそろ帰らないと」

遠くから聞き慣れない声がする
きっと、あの後ろに居た男達だ
護衛か何かなんだろう

名残惜しかったけれど互いに手を離した

「さよなら」
「ああ…また、な」

意地でも「さよなら」と言わない俺に彼女は微笑んだ
同じように「イン シャーカダル」と言って
風に乗るようにどこかへ行こうとする

「当たり前だ」

どうしてこの言葉が出たのか自分でも分からない
目を見開く俺よりも、彼女はもっと驚いた顔をして
そして…微笑んで去っていった



―――イン シャーカダル(もし運命が望むのなら)



貴方はあの時もそう言ったのよ
きっと、覚えていないだろうけれど
燃えるような恋に私は確かに落ちていった









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